三百年前の真実⑤
地の神ゴルゴンを一般女性に憑依させて民間人を術者が『毒殺師の後継者』を名乗っていた。
チャールズからもたらされた情報に僕――神誓騎士団団長アンドレアス・グランドーニはたまらず両手で頭を抱えた。
「あー……チャールズくん。そういう大事な情報は昨日の段階で言――……えないか。『毒殺師』のことは」
「すみません……」
僕は顔を上げ、気まずそうに目を伏せるチャールズに、気にしていないとの意味を込めて手を振る。
チャールズ自身、師匠である毒殺師ボルジアから『自分の名を貴族の前で出すな』と厳命されていた。
いかなる文脈であれ、『毒殺師』の名を出すことでどんな不利益が自分にあるか分からない状態だったのであれば、黙秘を選ぶのも無理はない。
――ただまあ、ちょっと協力する部署が変わってくるからなあ。軍務局とか軍務局とか。
その辺りは後でナーシャと一緒に調整するとして。
「なるほど……そうなると、『これからの話』がますます重要になってくるわけだな」
「はー、やっと本題ですか」
スフォルツァ女史の口から、今日チャールズに会いに来た理由が改めて告げられた。
「チャールズ。私は昨夜の件の報告会議で、君を『銀級魔術勲章』へ推薦してきた」
「……はい?」
目を瞬かせ、唖然とした顔でスフォルツァ女史を見返したチャールズが、どういう事かと言わんばかりの視線を僕に向けてきたので、肩をすくめてこう言った。
「地の神ゴルゴンの退去と王国騎士団の救助の功績でもって、チャールズくんを『銀級魔術勲章』にしたいってぶちかましたの。この国のお偉方が勢揃いした前で」
「……あの、ちょっと……唐突過ぎて訳がわからないんですけど」
「理由はいくつかあるから、順を追って話していこう」
年相応の狼狽を見せるチャールズに、スフォルツァ女史が淡々と説明する。
「まず一つ目。スティーヴァリ王国全土を見ても、単独で地の神を地の国へ送還できる魔術師は私を入れても片手の指に収まる分しかいない。チャールズ、魔術師としての破格の素質と実力を持つ君には、是非王国の力になって欲しい。これは王宮筆頭魔術師である私の、掛け値なしの評価として受け取ってくれ」
人差し指を立てて話すスフォルツァ女史を、チャールズは真剣な目で見定めている。
「ふたつ目。神は送還もさることながら、召喚の難易度も同じように高い。召喚者――『毒殺師の後継者』は、綿密な準備と膨大な時間をかけて召喚に及んだと考えられる。
だがその神が、たった一人の魔術師に送還された――チャールズ、君にだ。
地の神ゴルゴンが送還された事は、向こうも既に気付いているだろう。そして遠からず、『毒殺師の後継者』は、君の存在に辿り着く――本物の『毒殺師の後継者』に」
気付けば夕焼けが、部屋中を紅く染め上げている。逆光を背負ったチャールズの顔から狼狽は消え、ただ決意を秘めた眼差しだけがあった。
――ああ、なるほど。だから召喚者について話さなかったのか。
チャールズは最初から一人で事件の黒幕と対峙する気だった――他でもない、本物の後継者として、誰にも邪魔をされないように。
そして同じ理由で、僕とスフォルツァ女史にだけ召喚者が『毒殺師の後継者』を名乗ったことを伝えたのだ。
『これは自分の戦いだ、邪魔をするな』という宣言。
多分、僕に
今更聞かないけど。
「脅威と見なして排除するか、利用価値ありと懐柔するか、いずれにしろ敵は君を狙ってくる。なら君をこちらに引き込んで、対抗戦力の一つとして数えたい。無論、君が争いを望まないならば、可能な限り取り計らおう」
そして三つめ、とスフォルツァ女史が三本目の指を立てた。
「私が君の叙勲を推薦した最大の理由。それは王宮筆頭魔術師カテリーナ・スフォルツァが君の後ろ盾になる、と周知させるためだ」
「……どういう事です?」
チャールズの怪訝な眼差しを、スフォルツァ女史は正面から受け止める。
「チャールズ、先程も言った通り君は魔術師としては規格外だ。昨夜の一件を聞き、君を魔術師として手に入れたいと考えた人間は少なくないだろう。
だから真っ先に私が手を挙げた……君を、ボルジアのようにしたくなかったから」
悔いの滲む声が、僕たちの間に溶けた。
「君の師匠がこんな事を聞いたら、腹を抱えて笑い倒すだろうとは思うがな。
チャールズ、私はボルジアに毒殺師になってほしくなかったよ。
たとえそれが彼の選択の結果だとしても、傲慢なくせに憎めないひねくれ者な私の無二の友人に、あの時代の罪を一人で全て背負ってほしくなかった」
スフォルツァ女史は、自嘲の笑みを浮かべながら続ける。
「でも、当時の私に手を差し伸べるだけの力はなかった。
暴虐王への
今更ボルジアに出来ることは何もないのは理解している。それでも私は、三百年前に
……これが一番の理由だよ、チャールズ。先の二つは、ハッキリ言って建前だ。罪滅ぼしに君を利用しようとする私を、軽蔑するかい?」
チャールズは怒りも、蔑みもしない。何も言わずにスフォルツァ女史を見つめ、静かに口を開いた。
「……どうして、俺に会う前から、俺の助けになろうとお考えになったのですか。俺が、カンタリスの力に奢って災厄をもたらす人間だったら」
「そんな人間に、ボルジアはカンタリスを渡しはしない」
チャールズが言い終わらる前に、スフォルツァ女史が間髪入れずに放った言葉に、僕は思わず目を見張った。
「カンタリスの存在。それこそが、ボルジアがロマーネルの杯に毒を盛った唯一にして最大の理由だからだ」
部屋にいた全員の視線が、チャールズの隣に集中する。
「ニャーン」
唐突に話題の渦中に投げ込まれた灰色の猫は、ソファにちょこんと座ったまま、事もなげにひと鳴きした。
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