三百年前の真実④


「……さて、ここまでで何か質問はあるかな?」


 西日が差しこみ始めた応接間で、スフォルツァ女史がチャールズくんと僕――神誓騎士団団長アンドレアス・グランドーニに尋ねる。


「僕は、ここまでは問題なしだよ。むしろ、この先の方が怖いかなあ」


 僕はそう言ってスフォルツァ女史に向かって肩をすくめた。


灰死病はいしびょう』の流行と、特効薬となる薬草を亜人国が輸出拒否したことが発端となった『灰死戦争』と、それを主導し最期には毒に倒れた暴虐王ロマーネル。

 ここまでは、スティーヴァリ王国の貴族ならば全員知っている歴史だ。


 しかし灰死病の特効薬『ハオマー』の開発者でありながら、誰もに恐れられた暗殺者の存在を知る者は少ない。


 彼の王の腹心でありながら、彼の王に毒を盛った毒殺師ボルジア。


 この国でそれを知っているのは、王族と公爵家、あとはごく一部の侯爵家。他の高位貴族は噂を聞いたことがあるくらいで、子爵や男爵となると誰も知らないんじゃなかろうか。


「……俺も、ここまでは師匠から大まかに聞いていたので」

「ニャーン」


 そう言って張りつめていた息を吐いたチャールズくんは、すっかり冷めた紅茶を一息にあおる。隣に座っていたカンタリスもひと鳴きしたのを見て、スフォルツァ女史はこう問うた。


「結構だ。ではチャールズ、なぜボルジアは『自分の名を貴族の前で出すな』と命じたと思う?」


 ティーカップを置いたチャールズくんは、視線を上に彷徨わせ、自信なさげに答える。


「あー……国王を殺した罪で追及されるから?」

「三百年前の、すでに滅んだ王朝での罪をか」

「ですよね……すみません。正直なところ、よくわかりません」


「素直で結構だ。では、グランドーニ卿」

「え、あっ僕?」


 こっちに話を振られると思ってなかったので、随分と間の抜けた返事をしてしまったが、スフォルツァ女史は気にする素振りもない。


「この国ではなぜ、毒殺師ボルジアの名は禁忌とされているか。チャールズに説明してくれ」

「いいですよ。その前に、お茶のお替り貰っちゃいますね」


 通信魔道具を使い、再びエベルト経由で紅茶を頼む。

 そう言えばこの屋敷の主、フェルナンディ子爵がそろそろ城から帰ってくる頃かとエベルトに確認すると。


『もうすぐ戻ると思いますけど、厄介事に自分から首突っ込む人じゃないんで。俺からとりなしておきますよ』

「ありがとねえ。あとで子爵家宛てにお詫びの品送るよ」


 ちゃんと副団長ナーシャに選んでもらうから、と言うと魔道具の向こうでエベルトに呆れたような溜息を吐かれた。

 いいじゃないか、ナーシャはこういう付き合いを如才なく出来るんだから。適材適所だよ。


 届けられた紅茶で全員が一息ついたところで、話を切り出す。



「さて、どうして毒殺師ボルジアの名前をこの国で言ってはいけないか。理由はズバリ、『この国が王制だから』だよ」


「王制……? あ、そうか」

 チャールズくんはそう呟くと、顔を上げて僕を見据える。


「ボルジアの存在をおおやけにしてしまうと、輩が出てくるのですね」

「そゆことそゆこと」


 暴虐王ロマーネルを弑逆しいぎゃくした毒殺師。もしその存在を公にしてしまえばどうなるか。


「今の政治に不満のある輩が『毒殺師』にならって王を討ち、新たな王を据えようとするのさ――かつて悪名高き暴虐王の所業を止めた『英雄』のように、ね」


 暴虐王ロマーネル亡き後、亜人との関係修復のために彼の王の治世は徹底的に否定された。

 今となってはこの国に生きる全ての貴族に、ロマーネルは悪だと教えられる。

 彼の王の死は、この国の歴史において最も喜ぶべきことであったと。



 『毒殺師』の存在は、王に仕える者が王を討つことを正当化してしまえるまたとない前例だ。

 王制で王を討つことを許容しては、国は立ち行かなくなる。



 いかに平和な時代でも、敵を持たない王はいない。腹の底では今の治世を気に入らない連中が、笑顔を張り付けて王をたたえ、笑顔で挨拶をしてくる同僚が、明日には自分を蹴落とそうと企む。

 傍目にはきらびやかな王宮も、中に入れば醜い悪意が渦巻く伏魔殿なのだ。


 ゆえに『毒殺師』はこの国における最大の禁忌として、王を始めとした一部の者に密かに語り継がれ、過去に『毒殺師』の存在を公にしようとする者たちを陰に葬ってきた。



 毒殺師の後継者を、この国に生み出さないために。



「……英雄……」



 そして今。

 目の前に座る毒殺師の後継者チャールズは、不愉快さを隠すこと無くそう呟いた。


 この子爵邸で会ってからというもの、『チャールズは自分の感情をほぼ完璧に制御している』というのが僕の印象だ。

 見せたい顔を外に出し、見せたくない内心はおくびにも出さない。僕が強化回復薬ハイポーションを手に入れるための目論見もくろみを見抜いた時も、内心はどうあれ平静を装い、貴族らしい笑みを貼りつけ商談を進めていった。


 その彼が、ここへ来て初めて感情を露わにしている。


 自分の師が『英雄』と呼ばれたことへの苛立ちに、自分の師を良からぬ企みに利用する輩の存在への憤り。それらがない交ぜになった不快感に、端正な顔を歪ませていたが、僕と目が合ってハッとした表情になる。


「すみません、ボーっとしてしまって」

「いやいや。気にしないでねえ」


 僕は手をヒラヒラと振って、紅茶を一口含む。カップをティーソーサーに戻すと、チャールズが僕の顔を見ていた。


「? どしたの? チャールズくん」

「……グランドーニ卿、そして、カテリーナさん。お話したいことがあります」

「今かね? チャールズ」

「ええ、今」


 スフォルツァ女史はただならぬ様子のチャールズを見て、居住まいを正す。僕は彼に頷いて、続きを促した。


「地の神ゴルゴンを地の国に送還する前、彼の女神に召喚した術者について教えて欲しいと頼んだんです」

「ああ、調書で読んだよ」


 野営地から王都にやってきてすぐ、ナーシャがチャールズに聞き取り調査をし、書面にまとめられた証言の概要を思い起こす。


「たしか、『弱い人間を顧みない世界を変える為に、英雄になりたい』とか言ってたん……だっけ……」


 口に出して、はたと気付いた。さっきまでの話の流れからこの話題を切り出したということは。


「……術者は、地の神ゴルゴンにこう名乗ったそうです。『自分こそが、毒殺師の後継者だ』と」


 苦虫を噛み潰したような顔のチャールズから告げられた言葉に、僕は無言で天を仰いだ。



 ――完全に軍務局案件の厄ネタですねありがたくねえ!!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る