三百年前の真実②
三百年前、灰死病の治療薬となる薬草を手に入れるため、暴虐王ロマーネルが亜人達の国に対して起こした『灰の戦争』。
「その『灰の戦争』で亜人国家侵略の先鋒にして主戦力になっちゃったのが、当時の神誓騎士団なんだよねえ」
ここで神誓騎士団団長のアンドレアス殿が溜息を吐きながら、チャールズ坊ちゃまの話に割り込みます。
「さっきも言ったけど、僕ら神誓騎士は天の神々と契約する事で肉体が変質する。魔法薬がほとんど効かない代わりに、病気なんかにも罹らないんだ。
他の人間が次々と死んでく中で神誓騎士たちはピンピンしてたもんだから、まあ反感を買うよね」
チャールズ坊ちゃまは私――カンタリスを膝に乗せたまま「なるほど」と頷きました。
「それで、批判を受けないために侵略戦争に積極的に加担した一面もあったんですね」
「チャールズくん、ちゃんと勉強してるねえ。偉い偉い」
調子を取り戻してきたアンドレアス殿が、ヘラリと笑いながら続けます。
「スティーヴァリ半島には『天の神々の神殿は、人間の国にしか建てられない』って法律があるからね。亜人たちの祖先は、かつて天より追放された地の四神の眷属。天の神々とは相容れない。
そして当時は人間の国より、亜人達の国の数が多かった……人間国より広い土地を統治していたから、天の神々よりも地の四神の神殿の方が多かったし、信者の数も比例した。
まあ要するに、天の神々の信者――正確には神殿の神官たちは、地の四神を信じる亜人たちが気に食わなかったんだ」
「争いの下地が、ロマーネルの即位前から出来上がっていたんですね」
アンドレアス殿の言葉に、チャールズ坊ちゃまが頷きます。
「……お前にとっては、『何を今さら』という感じかな、カンタリス」
「ニャッ!?」
突然のカテリーナからの名指しに、思わず坊ちゃまの膝から飛び上がりかけました。
……決して図星を指されたからではありません。ええ、決して。
カテリーナはフフ、と笑って、不思議そうに私を見ているチャールズ坊ちゃまとアンドレアス殿に向けて口を開きます。
「人と亜人の
「ニャッ、ウニャーオゥ!」
まあ、まるで私が教師の話を聞かない不出来な生徒の様ではありませんか。
確かに名前を呼ばれる前に欠伸をかみ殺してはおりましたが、それはあくまで坊ちゃまの膝の上が程よく暖かかったのと、朗々たる語り口が心地良さに拍車をかけたからです。
猫の姿である以上、仕方がないのですよ! と抗議の意味を込めてひと鳴きしましたが、カテリーナは微笑んだまま無言で頷き、話を続けます。
「ところでチャールズ。人間以外の人型種族が、なぜ『亜人』という呼び方をされているかは知っているか?」
「たしか……人の神グラーテが神となった後、『人間は神となれる優れた種族であり、精霊の子孫たちと区別されるべきだ』という考えの者達が、人間以外の人々をそう呼び始めたんですよね。
現在では単に『人間とは異なる種族』という意味で浸透していますが、個人に対して『亜人』と呼びかけるのは、種族の違いを無視する失礼な言動だとされています」
坊ちゃまの回答にカテリーナは目を瞬かせました。
「ああ、そのとおり……本当によく勉強しているな。昨今は貴族の子弟でも『人間以外の種族』という意味でしか習わないそうだが……」
「師匠仕込みです。『貴族なんて自分の都合の良い様にしか物を教えねえろくでなし』らしいので」
「あー……」
遠い目をして頷くカテリーナに、坊ちゃまも苦笑しながら頷き返します。二人の心中には同じ言葉が浮かんでいるのでしょう。
『全くもってあの男らしい』と。
「もう貴族嫌いなこと隠す気ないよね。チャールズくんよく弟子になれたなあ」
「私も奴が弟子をとるとは思わなかったよ……まあ、その話は後にしよう」
少しばかり逸れた話をカテリーナが戻します。
「薬草の輸出を亜人たちの国から断られた暴虐王は、チャールズが今言った理屈を引き合いに出して神殿と手を組み、神誓騎士を主力とした軍隊で各国へと攻め込んだ。
『神となれる崇高な人間種族を蔑ろにする、強欲で不届きな種族を断罪すべきである』とね」
「一応、
カテリーナに代わって、再びアンドレアス殿による説明が始まりました。
「灰死病が流行りだした当初は、
まあ治療に乗じて信者を増やしたいって打算もあっただろうけどねえ、とアンドレアス殿が付け加えます。
「けど、一回完治してもすぐ再発しちゃって。意味がなかったどころか、一度期待した分落胆も大きかったみたいでねえ。
その反動と、さっき言った体質の件も含めて酷い言われようだったみたい。暴動が起きて神殿が破壊されたって記録も残ってるよ」
アンドレアス殿がぬるくなった紅茶で唇を湿らせたのを見て、言いたいことを言い終えたと判断したカテリーナが再び話を引き継ぎます。
「各国も激しく抵抗したが、天の神々の加護持つ騎士たちの猛攻の前に、いくつもの国が文字通り消えた。
国を亡くした亜人たちも行く先々で人間に迫害され、僻地に隠れ住むことになった。
こうしてロマーネルは領地ごと手に入れた薬草を使い、灰死病の特効薬を国民全員に行き渡らせることに成功し、民からも熱狂的な支持を得て、盤石の権勢を誇っていたが……それも長くは続かなかった」
カテリーナは紅茶の入ったティーカップを目の高さにまで持ち上げました。
「暴虐王ロマーネルの生誕の祭りの日、彼は大衆の目の前で毒杯をつがれ、帰らぬ魂となったのだ……ロマーネルが最も信頼した、ただ一人の薬師によって」
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