三百年前の真実

三百年前の真実①


「三百年前の真実と、毒殺師ボルジアの所業所業かあ……スフォルツァ女史、これ完全に軍務局案件ですよね? 僕に聞かせても良い話なんです??」


「一応は神誓騎士団の取り調べというていだし、知っておかねば後々のちのちに遭うのは君だよ、グランドーニ卿」


 フェルナンディ子爵邸の応接間で、運ばれてきた紅茶を口にしながらぼやく神誓騎士団団長のアンドレアス殿に、ボルジアの友にして私――カンタリスの友、王宮筆頭魔術師のカテリーナが素知らぬ顔で返します。

 ちなみに紅茶は、長い話になると判断したアンドレアス殿が、エベルト殿を通して使用人に用意させました。


「あ、ウチと同じ茶葉だ」


 チャールズ坊ちゃまは飲み慣れた味に強張っていた肩の力を抜き、膝の上にいる私の首の下を揉んでいます。


「ウルルルルルルル……」


 ――坊ちゃまは相変わらず私を撫でるのがお上手でいらっしゃいますね。



 さて、この紅茶が出される少し前。


 神誓騎士団副団長のナーシャ・マルキーニ殿が、アドルナート領調査任務の説明を終えたと報告に来ました。


 その際アンドレアス殿が、『強化回復薬ハイポーションを一本につき金貨一枚で購入する』と伝えたのですが――……


『団長が我々を大切にして下さってるのはわかりますし、感謝もしていますが――……なぜ、言い値でホイホイ買ってしまってるんですか?

 

 市場の十倍を無条件で払うなんて、あくどい相手だったら髪の毛一本残らず根元からむしり取られて、羽目になりますよ? 予算の管理をしてるのが私なんですから、買い取り価格は一言相談して決めて下さい……ね??』


『大変申し訳ありませんでした』


 笑顔で淡々といさめられたアンドレアス殿が、部下であるはずのナーシャ殿に流れるように頭を下げ、チャールズ坊ちゃまを驚かせました。


 ……長らくあの父親を悪い見本として育ってきましたからね。


 因みに『かつらを作る』は、髪を切ってかつら屋に売る金策の事から転じて、『返しきれない負債を抱え、もはや自分の身を切って金策するしかないほど貧しい身に落ちる』という意味です。


 その後『神誓騎士団の治癒担当を交え、改めて価格について相談したい』と言い残し、ナーシャ殿は一足先にフェルナンディ子爵邸を後にしました。


 なおジャンニーノ殿は別室で反省文の書き取り。エベルト殿はその付き添い兼、ジャンニーノ殿がこちらを智神アルテネルヴァの加護で覗き見しないための見張り役をしているそうです。



 閑話休題。



「さて、チャールズ。スティーヴァリ王国の歴史について、どの程度学んできている?」


 カテリーナの問い掛けに、坊ちゃまが答えます。


「伯爵家に居たころに、家庭教師から教わりました」

「では暴虐王ロマーネルの時代について、憶えている範囲で話してくれ」


 そうして坊ちゃまが家庭教師から教わった知識は、まとめると次のようなものでした。


 ◆


 三百年前。当時のスティーヴァリ王国は人間のみが統治する国でなく、人間と亜人、各々の種族ごとに納められた領地が緩やかに結び付いた連合国家でした。

 人間の国、エルフの国、獣人の国、ドワーフの国、竜人の国など……それぞれの国は小さいながらも独立を保ち、貿易を通じて良好な関係を築いていました。


 しかしその関係を大きく打ち壊してしまう出来事が起こります。



「『灰死病はいしびょう』……当時は不治の病と言われていた疫病の流行です」



 この病に罹った者は、皮膚が灰のように乾いて崩れ落ち、やがて内臓まで同じように灰化して死に至ることからこの名が付けられました。


 現スティーヴァリ王国の北東部で最初の感染者が確認されてから、瞬く間にスティーヴァリ半島全土にまで感染が広がりました。


 『灰死病』の特徴は、保有する魔力マナの少ない者ほど死に至りやすいということ。


 このスティーヴァリ半島内で最も魔力マナ保有量が少ない種族は、人間でした。


 精霊を祖先に持ち、身体に多くの魔力マナを持つ亜人に比べ、魔力マナの保有量が少ない人間たちの『灰死病』による死者数は、およそ十倍にのぼったそうです。


「そしてこの病によって、当時の人間の国の王を始め、王族が相次いで身罷る中、運よく病魔をまぬがれた第四王子――後の暴虐王ロマーネルが王位を継ぎました」


 王となったロマーネルは、『灰死病』への対策を打ち出します。

 古代遺跡――今で言う、『ダンジョン』への探索です。


 当時のダンジョンからは、現在より多くの模倣遺物デミファクト古代遺物アーティファクトが発掘され、ごく稀に神薬エリクサーが出土した記録も残っているそうです。


 ロマーネルは何度も兵を出し、冒険者も含め合わせて五百人以上もの人間が探索に臨んだ結果、十三回目の探索にてついに、『灰死病』の治療薬の手掛かりを発見。


 しかし、更なる問題が浮上しました。


「薬の原料となる薬草が、人間国では採取できませんでした。治療薬の原料となる魔力を多く含んだ薬草は――亜人たちの国でしか採取できなかった」


 ロマーネルは亜人たちの国々に薬草類の輸出を求めましたが、各国はこれを拒否。

 人間よりも少ないとは言え、亜人の国々にも『灰死病』による死者が多く、輸出できるだけの量が確保できないと、輸出を断りました。


「これを聞いたロマーネルは、薬草確保を目的に亜人が治める各国に宣戦布告。――『灰の戦争』と呼ばれる侵略戦争に突入していきます」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る