王城会議④
フェルナンディ子爵家に向かう馬車の中。僕――神誓騎士団団長アンドレアス・グランドーニと副団長のナーシャは、王宮筆頭魔術師のカテリーナ・スフォルツァ女史と向かい合って座っている。
「気になったんですけど、どうしてさっきの会議でチャールズ・アドルナートの師匠について触れなかったんです? 上手い事言えば、宰相からお小言貰わずに済んだんじゃないですか?」
チャールズ・アドルナートの銀級魔術勲章への推薦。彼の魔術を教えたのが、王宮筆頭魔術師のスフォルツァ女史の知己だと言うなら、強く反対できる輩はいないのではなかろうか。
「……『奴』は昔、色々とやらかした事があってな。能力だけはずば抜けていたが、ハッキリ言って人格も素行も褒められた者ではない」
僕の問いに、スフォルツァ女史はこれでもかと言わんばかりの大きな溜息をつく。こんなに困った顔の女史は初めて見た。チャールズ・アドルナートの師匠とやらはどうも相当な人物らしい。
「ふーん、探られたら却ってマズいと。でもそれ僕に話して大丈夫なんです?」
「なに。貴殿も、チャールズ・アドルナートへ余計な手出しをされたくないだろうからな」
何気ない風を装って告げられた言葉に内心で驚く。
――悟られている? なぜ?
顔には出さないが、少しばかり嫌な予感がした。
「へえ? まあ確かに僕の部下を助けてくれた恩人ではありますが、だからと言って受勲を後押しする理由にはなりませんよ?」
「ああ、貴殿は義よりも利を取る男だ。それも個人ではなく騎士団の利をな」
「――だから
スフォルツァ女史が、隣に座るナーシャに目を向ける。ナーシャは何も言わない。僕に判断を任せるようだ。
「……参りました」
僕は誤魔化さず、素直に両手を挙げた。完敗だ。隣で大きく息を吐いたナーシャが口を開く。
「どうしてお分かりになったんですか?」
スフォルツァ女史は報告書の改ざんを特に責めるわけでもなく、淡々と言葉を紡ぐ。
「最初に気になったのは相性だ。『邪視』の能力を持つ地の神ゴルゴンに、全てを見通す智神の加護は相性が悪すぎる。かなりの痛手を被る筈だろうに、報告書にはそれがなかった。
それから、王国騎士の転移。いくら旅神の加護とは言え、一度に二十人以上の転移などすれば、
そう思って報告書を読み進めていたら、懐かしい名前を見つけた」
スフォルツァ女史の顔がふ、と和らいだ。これもまた、王宮では見せない顔だ。
「古代精霊カンタリス。そして彼女と契約する薬師。これで思い出したのさ。彼女の力を借りて作る、とんでもない魔法薬の存在をな」
穏やかな顔のまま、彼女はどこか遠くを見るような眼差しで続ける。
「あの
過去に思いを馳せていた森色の瞳が、眼前の僕を捉える。
「――そんな代物を貴殿が見逃すはずがあるまいよ、グランドーニ卿」
「……僕って、そんなに野心家っぽく見えます?」
わざとらしく肩をすくめながら聞くと、スフォルツァ女史はフフフ、と意味深に笑う。隣の
「貴殿が野心家かどうかはさておき。あの
「いえいえ滅相もない。『賢女』殿のお願いですからねえ。それで、僕に一体何させたいんです?」
「意外とせっかちだな貴殿は。別に書類の事で脅そうなんて思っていないさ」
スフォルツァ女史は笑みを浮かべながら言った。
「ひとまず、チャールズ・アドルナートの叙勲の可否が決まるまでは、彼らに対して余計な手出しをされないように取り計らって欲しい。
もし仮に貴殿の後押しで叙勲が確定すれば、そうだな……神誓騎士団の『私設顧問』という形にでも出来れば、恒常的に
スフォルツァ女史の魅力的な提案は後でナーシャと考えるとして。
ずっと気になっていた話題が出て来たので、僕は思い切って聞いてみる。
「チャールズ・アドルナートを
「会議で話した通りだよ。先を見据えての戦力確保だ」
「そっちじゃなくて、貴女自身の目的が知りたいんですよ」
スフォルツァ女史が会議で銀級魔術勲章の推薦をしたのは、実力や今後の戦力としての期待も確かにあるだろう。
だがチャールズ・アドルナートの師が、彼女の知り合いであるとするなら、会議での主張をそのままの意味で受け取る事は出来ない。
『賢女』と呼ばれる知識と思慮深さを持つ彼女の性格上、『知り合いの弟子』というだけで
しかもチャールズの師は、スフォルツァ女史をして『人格も素行も褒められたものではない』という評価を下されているのだ。情だけで叙勲を提案したなんて事は断じてないだろう。
必ず、彼女個人の利がある筈だ。
「ご指摘の通り、僕は彼の薬が欲しい。彼を本格的に囲い込むなら、貴女の狙いくらいは知っておかないと足並みが揃いませんからね」
僕の目的は『彼に
そう判断して言葉を飾らず尋ねれば、スフォルツァ女史の顔に浮かぶのは、不敵な笑み。
――あ、ヤバイ。言わされた。
「子爵邸に着いたら、チャールズ・アドルナートを交えて話すよ。二度手間になるからな」
隣でナーシャが小さくため息を吐いた。どうやら、『スフォルツァ女史に協力する』という言質を取らされるように誘導されていたらしい。
彼女の良いように転がされた事を察した僕の心を知ってか知らずか、女史はフフフと声を上げて笑った。
「いくら私でも一人で出来ることには限界がある。貴殿の協力があれば、こちらとしても大変助かるよ。グランドーニ卿」
駄目押しの一言を言われた僕は、盛大に肩を落とした。
「はーあ、『賢女』殿には敵いませんねえ。まあ
こうして僕とナーシャとスフォルツァ女史は、フェルナンディ子爵邸に到着し、件のチャールズ・アドルナートとの対面を果たす事になった。
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