王城会議③
会議室を出た途端、僕――アンドレアス・グランドーニは待ち構えていた副団長に捕まり、人気のない廊下に連れていかれた。
「
「はっはっは、もうしわけない」
「せめて棒読みをやめろぉ!」
耳の下で揃えた黒髪に大きな丸眼鏡をかけた、いささか口の悪い女性――我らが副団長ナーシャ・マルキーニが僕の胸ぐらを掴みあげる。
「深夜に入った緊急連絡、詰め所に転送されてきた王国騎士の保護に聴取、蘇生した王国騎士の送還の手配に、冒険者たちへギルドを通した報奨金の手配、冒険者ギルドとの情報共有!
極めつけは古代精霊と契約した伯爵令息の聴取! そしてそれら全ての報・告・書っ!!
さっきの会議に間に合わせるために非番の騎士たちまで駆り出したんですよ!!
誰かさんが! 私に宿直押し付けて! 神殿で修行をしている間に!!」
「大変申し訳ございませんでした」
「よろしい!!! 残業代はキッチリいただきますからね!」
言いたい事を言い切って落ち着いた彼女は、眼鏡の位置を整えてコホンと一つ咳払い。
「それで、会議の方はいかがでしたか?」
「途中までは中々面白かったよ。歩きながら話そうか」
僕はナーシャを後ろに伴う形で廊下を進みながら、会議の内容を掻い摘んで話す。
「――でも宰相殿が軌道修正しちゃってからはいつも通りさ。お偉いさん方、まあだ対岸の火事だと思っていらっしゃる」
「……実行犯は民間人及び、王国騎士と神誓騎士を明確に狙っていました。昨日の件はどう考えても、王国への宣戦布告に思えましたが」
「死者は一人も出なかったし、『神』だなんて言われてもピンと来ないんだろ。まあ一番の理由は、平和ボケかなあ」
暴虐王ロマーネルの亜人迫害から三百年余。諸外国とは良好な関係を保ち、大規模な内乱も精霊災害も起きていない。
数十年単位で魔獣の
「――ぬるいなあ。戦はとっくに始まってるのに」
王都を半包囲する形で物資を襲撃。王都の物流を滞ってきた所で、デカい騒ぎを起こして騎士団を野営地におびき出す。
そして『神』の力を宿した人間に騎士達を襲わせ、殲滅できればそれでよし。討たれても『神』が受肉して戦力増強。どちらに転んでも得しかしない。
そこまで計算してるような敵に、ただひたすら後手に回っている。
よろしくない。全くもってよろしくない。
「筆頭魔術師殿も、事態を重く見ているが故の提案だったのでしょうか」
「チャールズ・アドルナートへの叙勲だね」
そう、チャールズ・アドルナート。彼の存在が全てをひっくり返した。
地の神ゴルゴンを単独で退去させ、騎士たち二十余名を蘇生。王国騎士団並びに神誓騎士団への人的損害は一切なし。
敵からすれば完全に計算外だろう。何せとっておきの手札を一枚失くした上に、こちらに何の損害も与えられなかったのだから。
「いきなりでビックリしたけど、言ってる事は理に適っているよ。敵の計算を狂わせる『とっておきの手札』を、放っとくなんて勿体ない」
僕が敵の立場なら、絶対に失敗の原因を調べる。恐らく三日もしない内にチャールズ・アドルナートの存在に辿り着くだろう。
だから今、まだ敵に捕捉されていない内に、チャールズ・アドルナートを手放さない体制を作り上げる必要がある。
スフォルツァ女史の提案は、こちらとしても願ったり叶ったりだった。
「ここに居たか、グランドーニ卿」
「――おや、スフォルツァ女史。どうされたんですか?」
噂をすれば何とやら。後ろからかけられた声に振り向けば、
ナーシャはスフォルツァ女史に会釈してから、僕の背にまわって待機した。
「すまないな。会議室を出た時に声を掛けたかったんだが、宰相に捕まった」
「そりゃあ突然あんなこと言い出しますもん。お小言の一つ二つは出るでしょうなあ」
「返す言葉もない。神官長に取りなしてもらってようやく解放されたんだ」
雑談をしている間もスフォルツァ女史はさりげなく周囲に気を配り、他に人がいないのを確かめてから口を開く。
「実は貴殿に頼みたいことがあってな」
「何でしょうか?」
「チャールズ・アドルナートへの面会は可能だろうか」
「……へえ」
僕はスフォルツァ女史の森色の瞳をジッと見据える。
何の見返りもなく、頼みを聞けと? という意志表示だ。王城で見返りなしの親切なんてしようものなら、『コイツはタダで何でもいう事を聞く都合のいい奴』と認識されてしまう。
会話するたびに腹を探り、個人の間での
僕の視線を受けても、彼女の瞳は揺らがない。少しの間、沈黙が流れる。
――まあ三百年以上ここに仕えてるんなら、このくらいで動揺はしないか。
僕は早々に根競べを切り上げて用件に入る。
「才能ある若き魔術師に随分なご執心ですねえ。理由を伺っても?」
「彼の古代精霊と、かつて契約していた男を知っている」
予想外の答えに思わず目を見開いた。後ろに控えるナーシャからも動揺が気配で伝わる。
「恐らくそいつが、チャールズ・アドルナートに魔術を教えた師だ」
規格外の魔術師、チャールズ・アドルナートの師匠。古代遺物と古代精霊をチャールズに託した張本人。報告によれば、チャールズは師匠から『自分の名前を貴族の前で出すな』と言われており、決して多くを語ろうとしない。
――チャールズ・アドルナートから聞き出せない情報を、スフォルツァ女史は知っているかもしれない。
今度は彼女が、僕の顔をジッと見つめる。見返りは出したぞ、と。
「……現在チャールズ・アドルナートは、神誓騎士団で身柄を保護しています。面会には僕らも同席させていただきますけど、構いませんね?」
「ああ、こちらとしても好都合だ」
『他の部署から横槍入れさせない代わりに、情報を
――
スフォルツァ女史の考えが読み切れず、一抹の不安が残る。
だが狙いが何であれ、断ると言う選択肢はない。彼女と対立する理由もないし、遅かれ早かれ、チャールズ・アドルナートとは直接話す必要があるのだ。
「わかりました。ナーシャ、エベルトに連絡。あと馬車一台」
「かしこまりました」
「スフォルツァ女史、詳しい話は馬車で」
「心得た」
こうして僕たちは馬車に乗って、チャールズ・アドルナートが居るフェルナンディ子爵家に向かう事となった。
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