新たな出会いと懐かしい再会
新たな出会いと懐かしい再会①
陽の光で程よく暖まった窓辺の机の上で眠っていた私――カンタリスは、外から聞こえる小鳥のさえずりで目を覚ましました。
外からの光が窓の形になって淡い色合いの絨毯の上に降り注ぎ、寝台の半ばまで伸びています。
「スー……スー……」
フェルナンディ子爵邸の客間。その寝台の中では、チャールズ坊ちゃまが穏やかな寝息を立てていました。
坊ちゃまと契約してから、こんなにもゆったりとした時間を過ごすのは何時ぶりでしょうか。
アドルナート領に居た頃は寝る間も惜しんで薬の研究や開発に取り組み、事業を安定させるために自分よりずっと年上の貴族や商人達との駆け引きや舌戦、そして金策に追われる日々でした。
それらの努力が実を結び、ようやっと自らの工房を建てられると喜んでいた矢先の追放。最初こそ憤りましたが、あの領のしがらみから解放された坊ちゃまのお顔を見るに、結果的には良かったのかもしれません。
私は窓辺の机を下りて、音を立てないように坊ちゃまの枕元に上りました。無論、坊ちゃまが目を覚ます様子はありません。
――昨夜は襲撃のせいで、寝る暇もありませんでしたからね。
野営地にて地の神ゴルゴンを退去させ、王国騎士団の蘇生も果たした坊ちゃまと私は、
城壁を守る兵士の詰め所に移動した後、神誓騎士団の副団長を名乗る女性から、野営地での出来事を始め、坊ちゃまが追放され王都を目指した経緯まで、事細やかに聴取されました。
そして聴取から解放された後、野営地で坊ちゃまに助けられた神誓騎士――エベルト・フェルナンディ殿のご厚意により、彼の生家であるフェルナンディ子爵邸に身を寄せる事に。
エベルト殿には上に二人の兄がおり、長兄のフェルナンディ子爵は、突然の訪問だったにも関わらずチャールズ坊ちゃまを丁重にもてなして下さりました。
朝食と風呂、着替えまで用意して頂き、昼食の用意が終わるまでこうして部屋で休ませて頂く事になったのです。
ふと、廊下からこちらへ向かって来る足音が聞こえました。足音は部屋の前で止まり、そのまま扉が叩かれます。
「チャールズ殿、エベルトです。起きてますか?」
坊ちゃまは何度か響くノックの音に身じろぎしましたが、目を覚ますには至りません。
『坊ちゃま、チャールズ坊ちゃま。起きて下さいまし』
「うぅ……んぅ、もう少し……」
『エベルト殿がお見えですよ、坊ちゃま。客の立場とは言え、寝たままのお出迎えは流石に失礼でしょう』
念話で直接頭の中に語り掛けながらザリザリと頬を舐めると、ようやく坊ちゃまは目を覚ましました。もそもそと半身をベッドから起こし、ふああ、と大きな欠伸をしました。
「返事ないんで入りますねー。失礼します」
同時にエベルト殿が、扉を開けて入ってきました。聴取の後、副団長殿から『坊ちゃまの監視と護衛』の任を請け負ったため、自宅ではあっても制服姿です。
「おはようございますエベルト殿……すみません、こんな格好で」
「いえいえ、昼寝中にお邪魔したのはこっちですし。長旅と徹夜でお疲れなのはしょうがないでしょ」
そう言ったエベルト殿の視線が、ベッドの上のもう一つの膨らみを捉えました。
溜息を吐いたエベルト殿はベッドの反対側に回り込み、ふくらみの下にいた人間を引きずり出します。
「何でチャールズ殿のベッドで寝てるんだ、ジャンニーノ坊や」
「んん~……まだ寝るぅ……」
呆れた顔のエベルト殿に襟首を掴まれて引き起こされた寝間着姿の子ども――神誓騎士のジャンニーノ殿は、寝癖でぼさぼさの頭のまま、夢うつつに船をこいでいました。
チャールズ坊ちゃまは瞼を半分閉じたままのジャンニーノ殿の髪を手櫛で梳きながら、優しく声を掛けます。
「ジャンニーノ、起きて。俺と一緒にお昼を食べよう」
「んぅ……お兄ちゃんとご飯……食べる~」
昨夜の野営地での一件以来、ジャンニーノ殿はチャールズ坊ちゃまを『お兄ちゃん』と呼び慕い、何をするにもベッタリ、といった状態でした。
坊ちゃまも坊ちゃまで、『兄として慕われる』という状況に深く感じ入るものがあるのでしょう……血の繋がっている弟がアレでしたから、尚の事。
「チャールズ殿は今日行きたい場所や、やりたい事ってありますかね?」
「そうですね……本来なら薬師ギルドで活動登録をしてから、商人ギルドで物件探しをする予定でいました」
食堂での昼食を終えた後、坊ちゃまの予定を聞いたエベルト殿は少し難しい顔をしました。
「まあお察しの通り、ちょっと予定を先延ばしにしていただく事になります」
「そうですよね……あれだけ首を突っ込みましたから」
エベルト殿曰く、今頃王城では昨夜の野営地襲撃の報告と今後の対応について会議が開かれているとの事。
当然、地の神の退去、並びに王国騎士団の蘇生に関わった坊ちゃまの存在も議題に上がっており、その処遇が決まるまでは神誓騎士団の監視下に置かれるそうです。
「でも、悪い様にはならないと思うよ。チャールズお兄ちゃんが居なかったら、オレたちも王国騎士も死んでたわけだし」
「団長もそれなりに話分かる方ですから、上手い事言ってくれてると思いますよ」
「神誓騎士団の団長殿、ですか。どういったお方なんでしょう?」
坊ちゃまの質問にお二人は顔を見合わせます。
「胡散臭いヘラヘラ系脳筋……?」
「修行大好き
「ホントにどういったお方なんです??」
「ウニャー……」
何ともよくわからない人物像に私たちが困惑していると、エベルト殿の通信魔道具が光ります。
エベルト殿は坊ちゃまに断りを入れてから退室し、ややあってから何とも言えない表情で戻ってきました。
「あー、チャールズ殿。うちの団長がこれから会いに来るんですが……」
「どうされました?」
坊ちゃまの問い掛けに、エベルト殿は何とも歯切れの悪い口調で答えます。
「……団長と一緒に、王宮筆頭魔術師殿がチャールズ殿にお会いしたいらしくて」
「王宮筆頭魔術師殿……ですか?」
王宮筆頭魔術師。
名前からして、この国で最も実力ある魔術師でしょう。坊ちゃまに会いたがるという事は、野営地で見せた魔術に関する事でしょうか?
「詳しくはこちらに着いてから説明するそうです」
「何だろうね? 王宮魔術師への
「
思わぬ来客の要件に見当がつかず、私と坊ちゃまは顔を合わせて首を傾げるしかありませんでした。
こうして私とチャールズ坊ちゃまは、神誓騎士団団長、そして王宮筆頭魔術師との顔合わせに臨むことになりました。
――この新たな出会いが、そして懐かしき顔との再会が、坊ちゃまを更なる波乱に巻き込むことになると知らずに。
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