アドルナート領からの追放

追放①


 朝早く父君から呼び出されたチャールズ坊ちゃまは、家令の先導でアドルナート伯爵邸の廊下を執務室に向かって歩いていました。


 私――毒精霊カンタリスは、坊ちゃまの胸元にあるアメジストのペンダント、『精霊の家』と呼ばれる魔道具の中で二人の話に耳を傾けます。


「父上から呼び出しなんて珍しいな。何か聞いているか?」

「それが、御用件を伺っても教えていただけなかったのです。申し訳ありません」

「ジョルジュのせいじゃないさ」


 家令のジョルジュ殿は小さく頭を下げると、再び前を向いて案内に戻りました。白が交じり始めた濃い灰色の髪に銀縁の丸眼鏡をかけた、五十半ばの中年の家令は、アドルナート伯爵家の金庫番として先代からこの家に仕えているそうです。


「ひょっとして、婚礼の件か? 日取りの相談とか」

「ミカエラ様の成人祝いの日程もまだ調整中なので、違うかと」

「……そうだった」


 ミカエラ様は、隣接するブレッサ=レオーニ伯爵家のご令嬢であり、チャールズ坊ちゃまの婚約者でいらっしゃいます。成人を迎えたらチャールズ坊ちゃまの妻として当家に嫁ぐ予定でございます。


 坊ちゃまは話を急ぎ過ぎた気まずさを誤魔化す様に、周囲に目をやります。壁に飾られた絵画や調度品は華美過ぎず、さりとて伯爵家の品格を損なわない絶妙な配置となっておりました。

 これらの差配は全てジョルジュ殿が行っていると、坊ちゃまから聞いた覚えがあります。


「そう言えば、見回りの衛兵たちは?」

「旦那さまが、手の空いているものは執務室に集めよとの仰せがありまして」

「……ますます何で呼び出されたのか、わからないな」


 廊下を歩いていると曲がり角から新しいシーツを抱えたメイドが歩いてきました。メイドはこちらに気付くと、壁際によって頭を下げます。

 坊ちゃまはジョルジュ殿に声を掛けて立ち止まり、メイドに話しかけました。


「おはよう、ハンナ。いつもありがとう」

「はい。おはようございます、チャールズ様」

「最近、寒くなってきたね。あかぎれの薬は足りてるかい?」

「はい。他のメイドや使用人も使うので、そろそろ少なくなってくるかと」

「わかった、後で多めに調合しておく。遠慮しないでね」

「はい。こちらこそ、いつもありがとうございます。チャールズ様もお風邪など召されませぬ様、ご自愛くださいませ」


 坊ちゃまとメイドのやりとりを、ジョルジュ殿は微笑んで見守っています。


「チャールズ様は良い主でございますな」

「去年成人したばかりだぞ。嫡男とは言え、家を継ぐのはまだ先の話だ」

「素質の話にございますれば、ご容赦を」


 そうして和やかに話をしている内に、私たちは父君であられるアドルナート伯爵の執務室に辿り着きました。


 無意味に大きな金のドアノッカーの片方をジョルジュ殿が叩くと、「入れ」と太い声と共に扉が開かれます。


 金箔をふんだんに使って飾り立てた大きな執務机に座っているのは、チャールズ坊ちゃまの父君であられるポンツィオ・アドルナート伯爵。その後ろには何故か、弟君のルチアーノ様がお立ちになっています。


 お二方の顔には笑みが浮かんでいましたが、そこに人を見下すような感情が込められているのは、遠目で見てもわかりました。


 その周囲に集められた衛兵と使用人たちの顔は一様に強張っており、この場のただならぬ雰囲気を感じ取るには十分でした。


 部屋の中央まで坊ちゃまを案内した家令のジョルジュ殿は、一礼して定位置である父君の斜め後ろに控えます。


 そして、父君は何の前触れもなく、唐突にこう言い放ちました。



「チャールズよ。其方を廃嫡し、領地からの追放を命じる」


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