追放②


「チャールズよ。其方を廃嫡し、領地からの追放を命じる」

 

 私の主、チャールズ坊ちゃまの父君である、ポンツィオ・アドルナート伯爵は何の前触れもなくこのように仰いました。


「廃嫡に……追放? 父上、一体どういうことでしょうか?」


 当然、坊ちゃまは抗議いたしました。


 何せ坊ちゃまは当アドルナート伯爵家の長男。昨年成人を迎え、隣接するブレッサ=レオーニ伯爵家の令嬢、ミカエラ様との結婚を間近に控えております。

 だと言うのに突然の廃嫡と追放。私にも理解が到底およびません。


「決まっているでしょう! 兄上が伯爵家の財産を不当に着服しているからですよ!」

 

 父君の隣に控えていた弟君であるルチアーノ様が坊ちゃまを指さしながら叫びます。


 しかし、着服とは? 私は坊ちゃまの胸元に光るアメジストのペンダント、世間からは『精霊の家』と呼ばれる魔道具の中で、片時も離れずお仕え致していますが、全く存じ上げません。


「当家の財産を着服したなど、全く身に覚えがありません。父上、一体どこからそのような話が出たのですか?」

「惚けないで下さいよ兄上!」


 またもや弟君。坊ちゃまは父君にお聞きになっているのがわからないのでしょうか? 礼法は坊ちゃまと同じ教師に習っている筈なのですが……。


「兄上が当家の金で作った薬を売り、私腹を肥やしている事! 家の者は全員知っているのですよ!」


 坊ちゃまの目がスッと細められます。物わかりの悪い者に向けて良くなさるお顔。


「確かに薬作りを始めた頃は父上より出資していただき、調剤道具や薬草を買い付けた時期もございました。

 しかしながら、出資して頂いた分は既に父上にお返ししておりますし、その上で私の薬で得た収益の二分の一、月におよそ金貨五十枚を納めております。

 道具の調達や薬草の仕入れも、今となっては私が作った薬の利益で全て賄えます。一体何が問題になるのでしょうか?」


 出資? ああ……アレの事ですか。

 それならば、よく憶えておりますよ。


『伯爵家の嫡子が薬作りで内職だと? 私に恥を掻かせる気か!』

『いずれ伯爵家を継ぐというのに、何て意地汚い』

『嫡子の立場を利用して道楽三昧しようなど……弟が可哀相だと思わないのか?』


 など散々な罵倒の末、坊ちゃまの顔に銀貨を投げつけて


『そら、それでも拾ってとっとと失せろ』


 と、言い捨てていった事がございました。

 坊ちゃまが九歳の時、私と契約して間もない頃の話です。

 

 ええ、よく、憶えておりますよ。


「その利益が問題なのだ」


 父君がさも重要な事の様に仰います。


「其方は薬を売って得た利益の内、しか当家に納めておらぬではないか。伯爵家の人間ともあろう者が、恥ずかしいと思わないかね?」


 何を言っているのでしょうかこのハゲ。


「……お言葉の意味が、わかりかねます」


 あまりの仰り様に坊ちゃまも一瞬言葉を失くされました。ハゲもとい父君は、大きくため息をついて首を横に振ります。


「よいか?其方は伯爵家の人間だ。伯爵家の人間として、其方が得た利益は全て伯爵家に捧げるのが当然であろう。それを半分しか納めず、残りを己の道楽の為に使い込むなど、何と情けない事か……」

「父上の仰る通りです! そうだろう、皆!」


 そう言って弟君は周りの使用人と衛兵たちに同意を求めます。彼らが主人に逆らえない立場であるとわかった上で聞いているのでしょう。床に視線を落とす皆様方が哀れでなりません。


 先程坊ちゃまが申し上げた通り、薬作りにかかる費用は現在、坊ちゃまご自身がお作りになった薬の利益、および薬師ギルドに登録したレシピの特許料などで賄っております。


 つまり、アドルナート伯爵家からの金銭的支援は一切受けておりません。


 しかも坊ちゃまから売り上げの半分も上納金として受け取っておきながら、まだ薬作りを道楽と言っているのですか?


『資金は一切出さないが、稼いだ金は全て寄こせ』などとのたまう父君と弟君に、流石に坊ちゃまのまなじりが釣り上がります。それでもどうにか平静であられようと、声の震えを抑えながら淡々とお二方に反論なされます。


「薬師としての活動は伯爵家の事業ではなく、あくまでも私が個人で行っているものです。

 そもそも、伯爵家の財産を成すのは、専ら領民からの税収でしょう。私が売った薬の税も、薬師ギルドを通して伯爵家に納められておりますし、それに……」

「いい加減にして下さい兄上! 金に執着するなど、見苦しいにもほどがありますよ!」

 

 唾を飛ばして坊ちゃまの言葉を遮る弟君は、本当に見苦しゅうございます。


 そもそも、坊ちゃまが薬作りに口出しされない為に差し出している上納金は、一体何に使っているのでしょうか?

 私腹を肥やしているなどと、どの口でのたまっているのやら。


 弟君が大袈裟な身振りで坊ちゃまを糾弾しようとしたのを、父君が片手を上げて制します。


「やれやれ、そのように融通の利かぬ物言いばかりでは、領地の経営などとても任せられはしない。だが私とて、伯爵家の長子を廃嫡し追放するなどしたくはない」


 だからな、と父君は諭すようにこう仰いました。


「其方が薬を作って得た利益を、これからは全て伯爵家に納めよ。もちろん、これまで不正に貯め込んだ分もな。そうすれば、廃嫡も追放も撤回してやろう。

 なあに、其方はいずれ伯爵家を継ぐのだ。当主になれるならば何の問題も無かろう?」


 ……成程。当主の立場を盾に、上納金の額を釣り上げたいと言う腹ですか。


 そして父でありながら、実の息子を脅迫して搾取する事は、何の問題にもならないと。


 それはもう慈愛に満ちた満面の笑みを浮かべられる父君と、自分は何一つ間違っていない、兄の間違いを正してやったのだという達成感に満ちあふれた顔の弟君。暗い顔で床を見つめることしかできない使用人たち。


 とうとう坊ちゃまの顔から表情が全て抜け落ちました。


「……かしこまりました、アドルナート伯爵」


 坊ちゃまはニコニコと笑う父君と弟君に一礼し


「廃嫡と追放の命、謹んでお受けいたしましょう!」


 一切迷うことなく、そう言い放ちました。

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