野営地の長い夜

野営地①


「ねーエベルトー。盗賊まだ~?」


 俺――エベルト・フェルナンディは、仮眠中に突撃してきたクソガキにハンモックの上から手刀チョップをお見舞いした。


「不謹慎な事言ってんじゃねえぞ、ジャンニーノ坊や。神誓騎士しんせいきしの自覚あんのか?」

いってえ~……今はオレたちしかいないじゃんか~……」

「普段から意識しろって話だ」


 野営地に張られた神誓騎士俺たち用の天幕の中には俺とコイツの二人しかいないが、外ではスティーヴァリ王国騎士団の面々が夜に向けた準備をしているのだ。


 クソガキ、もとい同僚のジャンニーノ・ピアーニはむくれた面で俺を下から睨んだ。耳の上にかかるフワフワとしたブロンドヘアーの下で、ヘーゼルの瞳を釣り上がる。最年少入団者と持てはやされているが、結局は十一歳のガキ。神誓術以外の諸々が全く足りていない。藍色の生地に黄金の刺繍が入ったアウレア神誓騎士団の制服は、成長を見越して仕立てているのか、袖が少し余っていた。


「俺らは王国騎士団あちらさんの仕事に横槍入れてる立場だ。迂闊な発言で士気を下げるな」

「はぁ~い」


 二度寝する気分でもなかったので、ハンモックから降りた。腰にくっ付いてきたジャンニーノをがしながら、外の空気を吸いに天幕を出る。


 見上げた空は黄昏色。残光が雲に薄紫の影を落とす空に、二つ三つの星が輝きだしていた。


 緑色の制服を着た王国騎士団の兵たちは、夕食の準備の真っただ中だ。今回派遣された中隊三つと俺ら二人、およそ五十人分の食材が忙しく刻まれ、炊き出し用の大釜に放り込まれていく。


 途中、準備に慌ただしく歩き回る何人かと目が合ったが、皆すぐに目を逸らしてそそくさとその場を離れていった。俺は溜息を一つ吐き、煮炊きの煙と慌ただしく歩き回る緑の兵たちの間を縫って、野営地の真ん中に向かう。


 王都ヴァニスに通じる大陸公道。そこに接する間道に沿って縦長に拓かれたこの野営地は、現在その三分の一ほどを俺たちが占領して駐屯している。


 野営地の中央で大まかな地形を改めて確認する。俺から見て左手には、大陸公道に向かう間道。右手には鬱蒼と生い茂る森がある。

 森を少し進むと、間道と平行に流れる川がある。川幅は狭いが水量がそこそこあって流れが速い。流れの中に剥き出しの岩場もあって、不用意に入れば流されて岩にぶつかって大怪我だろう。

 野営地の周りには、王国騎士団が設置した丸太の柵。それまでは申し訳程度の柵があったらしいが、度重なる襲撃で全て壊されてしまっていた。


「ねえエベルト。盗賊さあ、オレたちが怖くて逃げちゃったかなあ?」

「まだ二日目だろ、飽きるの早えぞ坊や」

「前の襲撃からは四日も経ってるよ? それまで三日以上の間隔は空けてなかったじゃん」

「三十人も殺して今更ビビるような連中なら、俺らの出番なぞねえさ」


 四日前、ここで野営をしていた隊商が、護衛も含めて皆殺しにされた。

 二週間ほど前から、『寝ている間に護衛が殺され、荷や馬を奪われた』と言った被害報告があり、近くの都市から兵を出して調べていたが尻尾を掴むことが出来ず、とうとう三十人もの人死を出してしまった。


 これが単に凶悪な盗賊の仕業だったら、王国騎士団の連中だけで十分だ。


での被害が大きくなる前に、ここの盗賊を捕まえて背後関係を吐かせるんでしょ?」


 そう、此処だけじゃない。王都に向かう旅人や商人達があちこちで襲われ出したのだ。

 ここ大陸公道の近辺はまだマシな方で、ノルド港街道とマーレ港街道、二つの港に繋がる街道周辺での被害件数は尋常じゃない。


 特に食料や衣類を扱う隊商の被害は後を絶たず、既に王都では品不足で物価が値上がりを始めている。放っておけば物流にも深刻な影響が出るのは明らかだ。


 お偉いさま方はこの状況を、『王都に運ばれる物資を狙った意図的な攻撃』と判断。俺たちアウレア神誓騎士団の派遣を決めた。


 こうして俺とジャンニーノがこの野営地にやってきた――まではよかったのだが。


「捕まえるにしたって、今のところ手掛かりほぼ無しだからな」

「『加護』が使えたらとっくに捕まえてるよ! でも……」

「まだ怒ってんのか、ジャンニーノ坊や」


 神誓騎士団は、その名の通り『神誓術』の使い手だけを集めた騎士団だ。

 己が信仰する神に『誓い』を捧げる事で、神々の力を『加護』として分け与えられる。

 一部とはいえ神の力。強力無比なそれらは人の手では成し得ない奇跡をいとも容易く実現する。


 ジャンニーノが誓いを捧げたのは智神アルテネルヴァ。智慧と探求を司る女神の瞳は千里を見通し、あらゆる真実を探し当て、神羅万象の悉くを明かす。

 その『加護』による索敵・調査能力は他の追随を許さず、例えば足跡一つからそいつの体格・年齢・職業・動きの癖から使う武器の種類まで解析してしまう。


 そう、どんな相手でも逃がさないのだ。


「王国騎士団の連中が余計な事しなきゃ、ちゃんと追えてた……」

「ジャンニーノ」

「……はぁい」


 ぶすくれたジャンニーノはそっぽを向き、つまらなそうな視線を地面に落とす。


 ――不機嫌になる気持ちはわからなくもねえんだが、こればっかりはな……


 四日前に三十人が惨殺された現場は、凄惨なものだった

 人の原型を留めた亡骸は一つもなく、辺り一面に血と肉の混じった液体がぶちまけられていたと言う。秋とは言え発見までおよそ半日の間放置されていたそれらが発する臭いで、近くの猛獣たちが集まってきていたと報告されている。


 当然ながら遺体は速やかに燃やされ、表面の土は削り取られて埋められた。集まっていた猛獣たちは王国騎士団によって討伐、あるいは森の奥に追いやられた。


 俺とジャンニーノの派遣が決まったのが三日前、到着したのが二日前だ。その時には既に野営地の整地が終わっており、襲撃者の手掛かりとなりそうなものは残っていなかった。一応森の中も調べてみたが、騎士団による猛獣狩りで周囲が踏み荒らされ、どうしようもなかった。


 いくら『加護』とはいえ、痕跡そのものが跡形もなくなるとお手上げだ。俺は急な要請だったししょうがないと割り切る事にしたが、ジャンニーノは納得しなかった。


 何せ坊やにとって、活躍の場を味方に潰されたようなものだ。


『なに余計な事してるのさ! せっかく来てやったのに!』


 王国騎士団から報告を聞いて開口一番、このクソガキ様はぶちかましてくれやがったのである。


 即座に叱り飛ばして謝罪させたが、放った言葉はなかった事に出来ない。

 幸い、王国騎士団の代表はその場で事を荒立てはしなかったが、それ以降、騎士達からは遠巻きに接されている。


 王国騎士団からしたら、その場で出来る最善を行ったのに、急に派遣されたクソガキに『余計な事』なんて言われたのだ。そりゃどんなにいい大人でも不愉快でしかないだろう。


 辛うじて邪険にされていないのは、アウレア神誓騎士団が『王国最強の戦力』であるから、というだけだ。


 俺がコッソリ溜息をつくと、不意にクン、と腕が引っ張られる。ジャンニーノのシミ一つない小さな手が、制服の袖を控えめに摘まんでいた。


「エベルトはまだ怒ってる……?」


 下を向いたままのジャンニーノが、か細い声で俺に問う。


 俺とジャンニーノは『加護』の相性の良さから何度も組んできた。ただ、俺からジャンニーノへの評価は『能力以外足りてないクソガキ』であるし、事あるごとに口酸っぱく本人に伝えている。正直、一緒にいて頭が痛いと思う事は今でもある。


 だがうるさく言ってきた成果か、はたまた一緒に居るうちに懐かれたのか。最近は割と自分の振る舞いが招いた事態を受け止めて反省できるようになってきた。


 少なくとも、やらかした後に俺にだけは殊勝な態度が取れるくらいに。


 ――全く、手のかかるクソガキ様め。


 俺は俯くジャンニーノの頭に手を置いた。


「わかってるなら、次はやるな」

「……ごめん、気を付ける」

「いい子だ、坊や」


 立ち上がると、飯が出来たのか、食欲をそそる香りが漂ってくる。一先ず腹ごしらえをしようと思い、ジャンニーノを連れて戻ろうとした時だった。


「フェルナンディ殿、ピアーニ殿! こちらでしたか!」


 間道側から一人の騎士がこちらへ走って来たのだった。



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