野営地②
「フェルナンディ殿、ピアーニ殿! こちらでしたか!」
野営地の中央に居た俺――エベルト・フェルナンディに向かって間道側から一人の騎士がこちらへ走ってくる。
今回の任務で王国騎士団を取りまとめるオルランド総隊長だ。
「盗賊が出たの?」
俺の隣に立っていた同僚のジャンニーノが期待を隠そうともせずに問う。さっきまでの殊勝な態度は何処に行ったんだ。お願いだからもう少しお利口さんになってくれ。
「いえ、盗賊ではなく、隊商が一組。市街の方からです」
露骨にがっかりしたジャンニーノの頭に手を置いて黙らせ、報告の続きを聞く。
「規模と人数はわかるか?」
「はい。荷馬車が三、商人たちが十四、護衛の冒険者が四です」
「迂回の勧告は?」
「
舌打ちしそうになったのを辛うじて抑える。
襲撃者の情報もほぼ分からず、いつ襲撃が来てもおかしくない。ここに居る騎士たちを侮るわけじゃないが、敵の規模も襲撃の有無もわからん状況で、後ろに一般人を抱えたまま戦闘なんて冗談じゃない。
ハッキリ言って、邪魔だ。
ハァ、と溜息を一つ吐くと、総隊長の肩がビクリと跳ね上がる。
「お、追い返した方がよろしいでしょうか?」
「……いや、そういう訳にもイカンだろ。引き返す途中で襲われたらそれこそ洒落にならん。オルランド殿はどうだ?」
「自分も、同意見であります! 何より、民を守るのが我々の使命であります故!」
そう。騎士団の使命は国を守る事。身分の貴賤を問わず、この国に住まう全ての人間を守る事が存在意義だ。俺も彼も、見捨てると言う選択肢は取れない。
「結構だ、彼らを受け入れよう。隊商へは俺たちの方から話しておくから、各部隊への連絡と配置の見直し頼む」
「はっ! かしこまりました!」
オルランド総隊長は俺たちに敬礼し、すぐさま騎士たちに号令を掛けに行った
「ねえエベルト。ホントにただの隊商だと思う?」
「どういう意味だ?」
ジャンニーノの頭から手をどけて続きを促す。
「盗賊もさ、この数の騎士団相手に真っ向から仕掛けてこないと思うんだ。実際、昨日は襲撃なかっただろ?」
「……一般人のフリして、背後から奇襲か」
人数差がある相手に搦め手を仕掛けるのは常套手段と言っていい。
この野営地を襲ったのがタダの盗賊なら、騎士団にビビッてしばらく潜伏するか、狩場を変えて仕事をするだろう。
何せ騎士団に攻撃を仕掛けた時点で、国賊確定。この国に居るかぎり一生追われ続け、見つかった時点で殺される。
自分より弱い相手から金品を奪って暮らしている連中は、そんな割に合わない博打なんてしない。
だが相手の目的が『王国に対する攻撃』なら、話が変わってくる。
この半月に起きている、王都に向かう物資を狙った襲撃事件。食料や衣類と言った生活必需品を狙った同時多発的な攻撃を、お偉いさま方は『王国に対する敵対行動』と捉え、本腰を入れて調査を始めている。
この野営地で起きた惨殺事件も、一連の物資襲撃事件に関わるとされ、王国騎士団に加えて
その状況下で、『王国への攻撃』の一環で騎士団を襲うのは、アリだ。
襲撃を成功させれば、騎士団の人員的な意味だけでなく、士気の面でも大きな打撃になる。
敵――と見なしている何者かの目的は未だ不明ではあるが、有益な情報がない現状、怪しいと感じたものは取りあえず調べてみるのが良いだろう。
「ついて来い、お前の『加護』で確認する」
「了解!」
得意気な笑みを浮かべたジャンニーノを連れて、俺たちは隊商の元へと向かった。
◆
隊商の長はナルバと名乗り、王都に布や染料を卸しに向かう所だと言った。
「か、かの高名なアウレア神誓騎士団に
如何にも商人と言った恰幅の良い体格に人のよさそうな笑みを浮かべ、やや緊張した様子も見られるが、こちらの質問によどみなく受け答えをしている。
だが、野営の準備をしている御者や人足たちの挙動が妙だ。こちらを見た瞬間すぐに目を逸らしていく。
「……今説明した通り、現在この野営地はかなりの危険地帯となっています。万が一の際は、荷を捨て、騎士たちの指示に従って避難をお願い致します」
そう念を押すと、ナルバは首が千切れんばかりに何度も頷いた。ジャンニーノが何か言いたげに俺を見ている。早く自分に仕事させろってか?
警告が効いたのか、他にも理由があるのか、ナルバの顔は随分と青い。俺はなるべく朗らかな笑顔を意識して申し入れる。
「それと、この通り厳戒態勢ですので、申し訳ありませんが荷を
「は、はいぃ! それはもう、御存分にどうぞ!」
ナルバはそのふくよかな体型からは想像も出来ない速さで踵を返し、荷台の前へと向かった。
この挙動不審な反応。まさか、ジャンニーノの予想が当たったのか?
「ジャンニーノ、気ぃ引き締めろよ? ひょっとするとマジで……」
「いや、エベルトの顔が怖いからだよ」
突然の暴言にジャンニーノを見れば、クソガキ様は胡乱げな眼差しで俺を見上げていた。
「あの人がビクついてたのは、単純に、エベルトの顔が怖いからだよ。一日百人殺してますって言われて納得できる造形してるんだから」
「ったく、毎度毎度……こんなイイ男に何言ってんだ坊や」
「大丈夫? 鏡見る?」
「ふざけてないで仕事しろ。お前が言い出しっぺだろが」
ジャンニーノの暴言を無視してナルバの後を足早に追う。ジャンニーノは納得のいかない顔で俺の後ろを付いて来る。
「総隊長がビビってたのも絶対エベルトの顔だよ……ガチギレしたエベルト超怖ぇもん……オレは慣れたけど……」
「何か言ったか?」
「なんでもなーい!」
そんな無駄口を叩きながらナルバの荷馬車の前に立つ。
二頭立ての
「ところで、お二人だけで調査をなさるのですか? 荷はそれなりの量がございますが……」
心配そうな様子のナルバに、ジャンニーノが自信満々に応じる。
「何言ってんのさ。オレ一人で充分だよ、オジサン」
すっかり調子を取り戻したジャンニーノが、横並びになった荷馬車三台の前に進み出る。
調子に乗るな、と言おうか迷ったが、コイツも思うように仕事ができなくて鬱憤が溜まっていたのだろうと思い直してやめる。折角やる気になったのだから、わざわざ興を削ぐ必要もない。
ここからはジャンニーノの独壇場だ。
「【
古代語による宣誓と共に、ジャンニーノの身体が黄金の光に包まれた。
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