道中②

「盗賊団、ですか」

「ええ、どうもこの先の野営地で毎日のように隊商が襲われるらしく」


 アドルナート領を出発してから四日目の夕方。王都手前の街の宿。その食堂の一角に、ナルバ殿を始めとした隊商の皆様、『黒鹿の角』の皆様、そして私とチャールズ坊ちゃまが集まって食事をしています。


 ナルバ殿は眉根にしわを寄せ、小さくため息を吐きました。


「この街から王都に向かうにはどうしても、手前の野営地で一泊する必要がありましてね。かと言って今から迂回するには時間がかかりすぎてしまいます」


 坊ちゃまと私はテーブルの置かれた地図を覗き込みます。


 地図の中央にある王都に至るまでの道は四つ。私たちが向かおうとしている道は『大陸公道』と呼ばれ、名前の通り大陸とスティーヴァリ半島を繋ぐ道になります。


 残りの三つは大陸公道から時計回りに『ノルド港街道こうかいどう』、『ロマーネル公道』、『マーレ港街道』です。

 それらの道の間は網目の様に多くの道で繋がっており、アドルナート領から王都までは、大陸公道とノルド港街道の間の道を通ってきました。


 今居る街から他の道へ進路を変更すると、王都への到着が最低でも五日は遅れてしまいます。

 しかも回り道した日数分の食費や人件費は、ナルバ殿が自費で賄わねばならなりません。そこまでの出費となると厳しいものがあるのでしょう。


「盗賊団の詳しい情報はありますか?」

「……大体の規模と、直近の被害だ」


 『黒鹿の角』リーダーのバーン様と、シーフのギデオン様の質問にナルバ殿が答えます。


「野営地に残っていた足跡の数から、最低でも二十人程度はいるとの事です。最後の被害は三日前で、三十人規模の隊商が皆殺しにされ、酷い有様だったと聞きました」


 ナルバ殿の言葉に部屋の中に重い雰囲気が漂います。


 隊商の皆様は自衛のための武器を扱えはしますが、戦いそのものが生業ではありません。『黒鹿の角』の皆様が居るので、数人程度の盗賊ならば問題なく撃退は出来そうですが、それ以上となると難しいでしょう。


 また野営地近くを根城にしているのなら、地の利も向こうにあり、暗闇に紛れて大人数で襲われたら逃げきれない可能性の方が高いのです。


「ただ、悪い話ばかりではありませんよ!」


 陰鬱な皆様を元気づけるようにナルバ殿が殊更に明るい声を出します。


「何とその野営地には、昨日から『アウレア神誓しんせい騎士団』が警備についているとの事です!」

「おお! あのほまれ高き黄金の騎士たちが居るのですか!」


 先程までの暗さは何処へやら、皆様の顔が一気に明るくなりました。


 アウレア神誓騎士団は王家直属の騎士団の一つで、その名の通り『神誓術しんせいじゅつ』の使い手たちだけで構成された騎士団です。


「『騎士団』じゃなくてですか? 随分思い切りましたね」


 チャールズ坊ちゃまが驚くのも無理はないでしょう。

 本来ならば、盗賊の討伐は王国の軍事を担う『スティーヴァリ王国騎士団』の管轄だからと言うのもありますが、それ以上に。

 

 アウレア神誓騎士団は、王国が保有する最強戦力だからです。


 スティーヴァリ王国では多種多様な神々が信仰されています。

 武神アールース、旅神メルキュリース、智神アルテネルヴァ、狩猟神ディルテミシア、等々。


 神誓術は、各人が信仰する神に『誓い』を捧げる事で、神々の力の一部を『加護』という形で顕現させる術です。


 武神の加護を得たならば、一騎当千の武者となり。狩猟神の加護を得たならば、一撃必中の射手となる。

 旅神の加護を得たならば、万里の道を一足に飛び。智神の加護を得たならば、神羅万象のことごとくを明かす。


 人間を超越した様々な力を行使できる神誓術ですが、誰でも簡単に使えるものではありません。


 まず、誓いを捧げられる神は生涯でただ一柱のみ。すでに誓いを捧げた神がいるにもかかわらず他の神にも誓いを立てた場合、神罰が下ります。

 罰の内容は怒らせた神にもよりますが、共通するのは『人間として死ねればマシ』と言う所でしょう。


 誓いの内容も神誓術の行使に関わってきます。捧げた誓いに反する行いに神誓術は発動せず、誓いを反故にすればこれもまた神罰が下ります。


 強大な力を手にする代わりに、生涯に渡って破れぬ誓約を課せられる。


 『アウレア神誓騎士団』は間違いなく、王国が保有する最強戦力でしょう。そして神誓術を使える人間だけという性質ゆえに少数精鋭。

 国外からの侵略などの余程の有事でもない限り表に出てこない戦力です。


「王都の物流にも無視できない影響が出ているとの話も聞きますからねえ」


 ナルバ殿がうんうんと、自分の言葉に納得する様に頷きます。

 過剰戦力とも言える采配は、王都の膝元での狼藉をよほど腹に据えかねているという事でしょうか。


 ……或いは、彼らを出さねばならない深刻なが起きているか。


「へー、なんかすごい騎士団だって! サインとか貰えるかな?」

「アローナさん、お、お仕事で来てるんだから迷惑ですよ」

「んもう、冗談よリオ!」

「……騎士がいるからって、仕事に手ぇ抜くなよ」

「あら、アンタでも冗談言うのね。ギデオン」

「皆、王都まであと少しだ。最後に気を抜かずに仕事をしよう」


 『黒鹿の角』の皆様が話し終わったのを見計らって、ナルバ殿が声を上げます。


「では皆さん、明日の出発に備えて各々英気をしっかり養って下さい!」


 こうしてこの日は解散となり、夜まで自由行動となりましたが……


「……なあ、アンタ今時間ある?」


 席を立った坊ちゃまに、ギデオン様が声を掛けて来ました。



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