追放⑥
「では、チャールズ様。我々衛兵はこちらで失礼させていただきます」
ギルド長のお二方と会談を終えた坊ちゃまは、カルロス殿及び衛兵の皆様と薬師ギルドの前で別れる事となりました。
「今まで世話になったな。くれぐれも、身体には気を付けてくれ」
「チャールズ様も、どうか息災で」
「みんなも気を付けろよ。怪我や病気もそうだけど、酔い覚ましポーションはもう作ってやれないんだからな」
「コラ! 誰だそんなもんをチャールズ様に頼んだのは!」
カルロス様のお叱りに衛兵の皆様は一斉に顔を逸らしました。
「いいんだよ、カルロス。薬師の昇級試験に向けていい練習になったんだ」
「チャールズ様。下の物を甘やかし過ぎてはなりませんよ……特に倅は、すぐ調子に乗りますので」
「ああ。しっかり働いてもらうよ」
坊ちゃまは最後に、その場に居る一人一人の衛兵に声を掛け、手を握って別れの挨拶をしていきました。
「チャールズ様、どうか道中お気をつけ下され。貴方様に旅神メルキュリースの加護あらん事を」
「ありがとう、カルロス、皆。その身に武神アールースの加護あらん事を」
最後にカルロス殿ともう一度固い握手をし、衛兵たちとお別れする事になりました。皆様は坊ちゃまの背が見えなくなるまで、最敬礼をして見送ってくださいました。
衛兵たちと別れた坊ちゃまは、マニーロ殿が話を付けていた隊商の皆様の元へと向かいました。
隊商のリーダーであるナルバ殿は恰幅の良い如何にも商人と言った方で、物腰も柔らかく坊ちゃまとも和やかに挨拶を交わされました。
「チャールズ殿。お手数ですが出発前に、護衛の冒険者たちとも顔合わせをお願いします」
ナルバ殿が冒険者たちを呼びつけ、坊ちゃまを紹介します。
「こちらは薬師のチャールズ殿。王都に行かれるので、急遽乗り合わせる事になったんだ」
「C
追放の身である以上貴族とは名乗れないため、坊ちゃまはただ『薬師』とだけ名乗る事にしております。もっとも、坊ちゃまご本人は大変晴れ晴れとしたお顔でそう名乗られますが。
「初めまして、チャールズさん。B
大盾を背負った精悍な顔の剣士が坊ちゃまに一礼します。年下の坊ちゃまに対しても折り目正しく接してくる好青年です。
「弓使いのアローナよ! よろしく!」
アローナ様は長い金髪を後ろでひとまとめにした快活な女性で、何事にも物怖じしなさそうなお方です。
「ま、魔術師のリオです! よ、よろしくお願いします!」
リオ様は青い石のはまった短杖を持った、小柄な少女です。アローナ様とは反対に、人見知り気味なお方の様です。
「……ギデオン。シーフだ」
ギデオン様はこの辺りでは珍しいホビットの男性です。猫背の寡黙な方で、あまり他人と話すのが好きではなさそうな雰囲気をお持ちです。
坊ちゃまも皆様と一通り挨拶をしていると、魔術師のリオ様が坊ちゃまの胸元――いえ、私の居るアメジストのペンダントをジッと見つめていました。
「も、もしかして、『精霊の家』ですか?」
「わかるのかい?」
おそらく年下であろう小柄なリオ様に、坊ちゃまは腰をかがめて目線を合わせます。
「は、はい! とても、魔力が濃い石ですね……!」
「師匠から受け継いだんだ」
坊ちゃまは両手をペンダントの前に出し、私に呼びかけました。
「おいで、カンタリス」
私は精霊の家から抜け出して、坊ちゃまの両手に収まります。
「ニャアン」
「わあ! 猫ちゃん!」
私の姿にお喜びになるリオ様に、私がもう一度「ニャア」とご挨拶すると、ますますそのお顔を綻ばせておられました。
私の本来の姿は人型なのですが、昨今では人型の精霊はあまり見かけないものらしいのです。そこで悪目立ちせぬよう、人前に出る時は猫の姿になるようにしております。
私が生まれた頃はそう珍しくもなかったのですが、時代の流れなのでしょうね。
「あ、う、うちの子も紹介しますね。トニー! 出ておいで!」
リオ様が杖の先をご自身の掌に向けると、杖にはまった青い石から、小さな精霊がピョン、と飛び出しました。
「ケロッ」
「お、カエルだ。水属性?」
「はい! 戦闘と浄化、治癒も少しだけしてくれるんです! ちっちゃいけど、とっても頼もしいんですよ!」
先程の緊張した様子とは打って変わって、胸を張って相棒を褒め称える様子に、私も精霊として喜ばしくなります。
「カンタリスちゃんは土属性ですか?」
「そ。薬草を見つけたり、薬草の効能を引き上げてくれたりするんだ。すごく助けられてるよ」
主同士の話が弾むその下で、カエルのトニーは杖から飛び出した体勢のまま固まって、私をジッと見つめております。
もしや、主に似て人見知り気味なのでしょうか。
「ニャア」
「ケロォッ!」
トニーは私が声を掛けた瞬間、勢いよく真上に飛び上がったかと思うと、目にもとまらぬ速さで杖に戻ってしまいました。
どうやら、主以上の人見知りだったようです。
「え? と、トニー? どうしちゃったの? いつもはちゃんとご挨拶するのに……?」
「……喰われるって思ったのかな」
「ナァオ」
まあ、失礼な。抗議の為に手の中からスルリと抜けて坊ちゃまの肩に乗り、尻尾で背中を軽く叩きます。
「ごめんごめん、俺が悪かった」
「ニャー」
主と言えども許しがたい暴言ですね。王都に着いたら慰謝料として紅茶と菓子を要求いたしましょう。何せ国の中心ですから、アドルナートでは見られぬような絶品が目白押しのはず。心ない言葉で傷ついた私をしっかりと慰めてもらいますからね。
こうして『黒鹿の角』の皆様とのご挨拶もつつがなく終わり、私たちは馬車に乗り込み、一路王都を目指すのでした。
――この時、馬車に乗り込むチャールズ坊ちゃまの背を、ギデオン様が密かに目で追っていたことに、私は気付きませんでした。
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