追放⑤
近衛兵たちと共に屋敷を後にした坊ちゃまは、王都への移動手段を確保するために薬師ギルドに向かいました。
道中特に何事もなく、昼前には薬師ギルドに到着いたしました。
「一体何を考えておられるのですか伯爵は!!」
坊ちゃまから追放と廃嫡のあらましを聞いた薬師ギルドのギルド長・ケミル殿は大変お怒りになり、薬師ギルドの応接室のテーブルに、力の限り拳を叩きつけました。
「ケミル殿、落ち着いてください。手を痛めてしまう」
「落ち着いていられますか! この領一番の薬師が追放だなんて!!」
坊ちゃまの制止にケミル殿が堪らないと言った風に頭を抱えます。坊ちゃまが困っていると、応接室の扉が叩かれ、商業ギルドのギルド長・マニーロ殿が通されました。
「これはこれはチャールズ様! その恰好は、採取帰りですか? 火急の様と伺い飛んできましたが……」
「マニーロ殿、実は……」
ケミル殿の隣に座られたマニーロ殿に、坊ちゃまがこれまでの事情を説明いたします。
「一体何を考えておられるのですか伯爵は!!」
坊ちゃまから追放と廃嫡のあらましを聞いたマニーロ殿は、ケミル殿の隣で大変お怒りになっておられます。地肌が透けて見える頭頂部を堪らないと言ったふうに両手でガシガシと掻きむしる程です。
「マニーロ殿、落ち着いてください。髪の、じゃない、お身体を大事に!」
「落ち着いていられますか! この領一番のお得意様が追放なんて!」
大分直截な表現に坊ちゃまが思わず苦笑いされます。
「ケミル様、マニーロ様。チャールズ様がお困りですので、その辺で」
坊ちゃまの後ろに控えていたカルロス殿に諭され、お二方はどうにか冷静さを取り戻されたご様子。マニーロ殿はご自身の両手に目を落とされ、しょんぼりとしたお顔をされております。
「ケミル殿、マニーロ殿。まずは急な呼び出しに応じてくれてありがとう。そして突然領を離れる事になってしまい、申し訳ない。ここに来た目的は二つある」
坊ちゃまはまず、アドルナート領を離れ王都に行く旨をお二方にお話ししました。伯爵家から乗って来た馬は屋敷に戻さねばならないので、王都までの移動手段を確保せねばなりません。
これは昼過ぎに王都に向かう隊商に同行させてもらえるよう、マニーロ殿に話を付けて頂く事になりました。
「もう一つは、俺が領を離れるにあたって『ウルバーノ領への薬草販売事業』について確認と引継ぎを行いたい」
坊ちゃまの言葉に、お二方の顔が引き締まります。
ウルバーノ領はアドルナート領から馬車で二日ほどの距離の、険しい山岳地帯にある領地です。
特筆すべきは、何と言っても領内に有する『ダンジョン』でございましょう。
魔力が多く溜まる土地や遺跡に、強大な精霊や魔獣、あるいはその眷属が棲みつく事で形成された特殊な領域。それらを総称してダンジョンと呼びます。
高濃度の魔力が渦巻くダンジョンでは外の自然法則が無視され、辺り一面が溶岩であったり、一年中雪と氷に覆われていたり。中には時間の流れすら無視するダンジョンも存在します。
懐かしいものですね。私がダンジョンを出てから一体何年になるのでしょう。
「領民たちからの薬草の買い付け量は例年通りです。出荷分は予定通りに確保できる見通しです」
「向こうの冒険者ギルド、商業ギルド、薬師ギルドでの価格調整も問題ありません」
「ありがとう。この調子なら、後は俺抜きでも問題はなさそうだな」
おや。物思いにふけっている間に、話し合いが進んでおりました。
さて、ダンジョンの中には様々な魔獣が棲んでおり、その魔獣を倒して取れる素材は高値で取引されます。
また濃い魔力を蓄えた金属や宝石が見つかる事も稀にあり、高値で売れるのは勿論の事、名うての職人に頼めば、この世に二つとない魔剣や魔道具を手に入れられます。
魔獣の中には襲った人間から手に入れた金品やアイテムをため込む性質のものがおり、ダンジョンの中にはかつての冒険者たちが遺した財も多く眠っています。
こうしたダンジョンの性質から、ウルバーノ領には一攫千金を狙う冒険者たちが多く集まり、彼らの滞在費や武器・装備品の購入費が領の主な収入源となっております。
その装備品の中には当然、傷薬やポーション類も含まれます。
坊ちゃまが領内で定着させた薬草栽培では、素人でも育てやすい傷薬や痛み止めの原料になる薬草を主に育てております。薬草は薬師ギルドで買い取っていましたが、年々持ち込まれる薬草の量が増え、在庫を抱えるようになっていたのです。
坊ちゃまはこの在庫を、商業ギルドを通じてウルバーノ領に卸し、新たな販路として確立することをケミル殿とマニーロ殿に提案。お二方の賛同を得て共に進めてきたのが『ウルバーノ領への薬草販売事業』でございます。
「チャールズ様。実はウルバーノ伯爵から『直接会って食事をしたい』と」
「……ほとぼりが冷めてからの方が良いな。マニーロ殿、謝罪の手紙を書くので持って行ってくれませんか?」
「お任せくだされ!」
「おい。紙と、ペンを三本持ってきてくれ」
ケミル殿が言いつけると、従者はすぐに上質な紙束と、ペンを三本持ってきました。
「私とマニーロ殿で、王都の薬師と商業ギルドに紹介状を書きますので、どうかお持ちください。慣れぬ土地でしょうが、多少不便は少なくなるかと」
「そりゃあいいな、ケミル殿。あ、チャールズ様。何かここでご入り用の物はありますかな? 書いている間に用意させますので」
「お二人とも、ありがとうございます」
坊ちゃまはマニーロ殿に王都までの分の水と食料を買う旨を伝えます。そしてケミル殿に向き合って言いました。
「ケミル殿、伯爵家への送金は来月から止めて下さい。それと、個人口座から全額の引き落としを。他の事業に関しても、引き続きよろしくお願いいたします」
「しかと承りました」
こうしてギルド長のお二方との会談を終えた坊ちゃまは、いよいよ王都に向けて出発なさるのでした。
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