第2話

 「……あの野郎ぉ」

 曇天が神社から去っての晩になった頃。一人、ふくべの中に入った酒を飲む。外は暗く、日が沈み、時計の短針が八と九の間に差し掛かっている頃。

 不味くもない、そして上手くもない酒を寂しく喉に流す。ふと、飲む手を止め思考しだす。指の腹が卓袱台を軽く叩く。するとおもむろに懐中時計を取り出し、何時なのかと蓋を開く。長針が一〇時を過ぎる。

 「……この時間帯んだっけ?」

 此方からするの久々だな、と独り言を呟くと立ち上がり席を外す。がちゃがちゃと物音が聞こえてきた。音がしなくなったら戻ってきて、コードが見当たらない白く塗装された回転式ダイヤル固定電話機を持ってきた。どこか不気味さを持つが受話器を取り、紙切れに書かれた番号にダイヤルを回した。

 「繋がってくれ……、繋がってくれ……、繋がってくれよ」

 指をトントンと鳴らしまだかまだかと相手に繋がるのを待った。だが受話器からは言語が流れてくる。ドイツ語と英語の音声が交互に流れてくる。

 『申し訳ありません、この時間帯は現在終了となっております。ご利用者は翌日からお掛け直す事を推奨致します』

 「……嗚呼」

 媿龍院は受話器を戻しため息を吐く。との通信手段が、利用出来なかった。利用時間外だった。

 「明日の昼にするか。……ちょっと夜の散歩でもしながら整理しよ」

 そう言い瓢に栓をしてダイヤル式固定電話と一緒に卓袱台の上に放置、外へ散歩をしに出払った。


   ※


 暗い夜道を照すためのカンテラを灯す。夜の散歩ルートは中腹から麓まで降りてぷらぷら道なりに進んで途中で引き返えすというもの。

 媿龍院個人が考え事を整理したりするため、酒で火照った体を冷ますため、不満を少しでも発散するため、等々と。

 「それにしても、何で儂《ボク》の所に居候人を預けるだよ。もっと良い場所が……場所が………。──────────無い気がする」

 だから預けるようとするんだな、と府に落ちた。いや思い返してしまえば、此処は人間に取って踏み入れてはならない異界の地か地獄のもどき。一度踏み行ったのが子供だろうが躊躇せず、五臓六腑の臓物を引きずり出すか鉄斧か脇差で滅多滅多めっためったに差すか斬る、乱射か単射の鉄砲で穴だらけにするか。人間に対し卑下に、残忍に、排他にする。

 だが入居者は人間ではない。人間ではないが、時々園にしか現存しない動植物によって死んでしまうしまう。そして攻撃的。

 「預かっても大丈夫な所は少ないって。今思い返したら何だよ。売り喧嘩買い喧嘩する奴ばっかだな。組織内身内はちょっとギス付いた奴もいるから、心労でぶっ倒れるだろうな──」

 ぶつぶつと石段を下りていく。あーだったこーだったと記憶の引き出しから出てくるのは園の新入り──特に気弱やわな輩──にはきついのが出るわ出るわ、あーもう受けようかなでも厚かましいのだったらなーと独り言をしてたら麓へ。そして石段から下りて左に曲がる。


   ※


 「──ほう、これはこれは」

 月光に照される野原で書状に読んで感心する曇天。その傍ら、片膝を付き頭を垂らす黒スーツの縦に一本線が入った仮面の部下が待機する。

 「こ~れは、ボスの耳に入れて置こう。引き続き外園側で収集してくれ。まだ料理するための材料が不足してるから」

 こくん。頷くとゆらりと立ち上がりその場を去った。

 「うーん、この報告後は当分、園は五月蝿くなるね。内も外も忙しくなるぞ~」

 何だか若干愉しげな口調になる曇天。面の目元の眼がニヤケる。

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