第60話 神狼
「おい、あれはヤバいだろ」
「だから、そう申し上げておりますよ」
俺たちも全力で走っているにも関わらず、どんどんと差が詰まってきている。もの凄い速さであることが分かる。
まずいな。あれに勝つのは一人では無理だ。せめてライカかトウカがいてくれれば、逃げることくらいは出来たかもしれないが。
「なあ、レッド」
「私お手伝いはいたしませんよ」
だよな。聞いてみただけだよ。
くそっ。マジでどうしたものか。ライカよ、俺のピンチが分かるんだろ。今がその時だぞ。早く来い。
「覚悟を決めるか。簡単に殺られたりしないぞ。最低でも手足の一、二本は奪ってやる」
「おっ。久々にやる気になりましたね。まあ無駄ですけどね」
言ってくれるじゃねえか。まだ誰にも見せたことのない俺の本気を見せてやるぜ。
もう逃げるのは止めだ。殺ってやる。
迎え撃つために反転して地を駆ける。
最初の一撃にかけるしか無い。左足が砕ける覚悟で全力でぶつけてやる。生き延びるには犠牲が必要だ。俺はまだ死ぬわけにはいかん。左足一本、命に比べたら安いものだ。
相手が地を駆け、両手足が地面から離れた一瞬を狙う。
「ここだ。喰らえ」
俺の今の全力の一撃だ。空中にいる今の状態じゃ躱せないだろ。
俺の渾身の一撃が当たろうとする直前で相手が空中で急減速した。
俺の蹴りが空を切る。
「馬鹿な、どうやって」
なっ、魔法だと。
魔法は言語を操る人類のみが使用出来るのでは無かったのか。
それを神狼と呼ばれているとは言え、獣風情が使えるというのか!
不味い、体勢が崩れてしまった今、攻撃を躱す事ができない。
食われる!
体勢の崩れた俺を狼が前足で押し倒す。
くそ、動けない。何て、力なんだ。
すまん、アイシャ。俺はここまでの様だ。もう一度会いたかった。
ライカ、セツナ、ミリア。子供達を頼んだぞ。
トウカ、お前を最強にしてやれなかった。俺がいなくてもお前なら大丈夫だ。修行に励め。
皆、ありがとう。俺は楽しかったぞ。また来世で会おう。
狼の牙が俺をかみ殺そうと近づいてくる。
ベロン。ベロベロ。
うわップ。止めろ。うわ。くっさ。口くっさ。
「ハァ、ハァ、ハァ。やはり、ご主人様だ。ご主様、お会いしたかった」
急に何。俺、食われるんじゃ無かったのか? ご主人様って俺にこんな巨大な飼い犬は――一応一匹いるけど、あれは喋ったりしない。
そして離してくれ、全く身動きが取れない。
「ポチ、そろそろ離れなさい。アル様が困ってますよ」
「む、我の名を呼ぶお前は、ミケじゃないか。久しいの。息災じゃったか」
「そうですね。3024年ぶりですね。私は今はアルフレッドと名乗ってます。レッドと呼んでくださいね。それよりもアル様をそろそろ開放しなさい」
そうだぞ。そろそろ離れてくれないと重くて仕方が無い。
「うへえ。涎でベトベトだ」
勘弁してくれよ。こんな所じゃ風呂にも入れないというのに。
「おい、でかい図体を擦り寄せてくるなよ」
先程からでかい狼が体をスリスリしてくるからその度に体が押されて転けそうになる。体重差を考えてくれ。
「ご主人様、イジワルだな。これならいいか?」
狼はそう言うと、人型に姿を変えた。
「なんで子供なんだよ!」
そこには出会った頃のライカを更に子供にした様な女の子がいた。ライカそっくりだな。
「なんでって我はまだ子供だぞ。これでもちょっとは成長したんだぞ。ご主人様」
「そのご主人様ってのは何なんだよ。俺はお前のご主人様じゃねえぞ」
「ご主人様は、ご主人様」
駄目だ。全く説明になっていない。
「おい、ミケ、説明してくれ」
誰だって顔してんじゃねえよ。お前だよ、お前。
「レッド、お前だよ。全部知ってるんだろ」
「ポチが出てきてしまった以上、仕方ございませんね。そろそろお話する頃合いという事でしょうね」
やっとこいつから話を聞くことが出来るのか。
「でもよろしいのですか?」
「何がが?」
「こんな所でモタモタしていると――ほら、来られましたよ」
しまった。今はあいつ等から逃げている途中だった。
「あなた、見つけましたわよ。あら、誰の子ですか。ライカいつの間に3人目を」
「旦那様、こんな所におられたのですね。あれ。昔の私?」
「師匠。これどういう状況?」
ホントにどんな状況なんだろうな。裸の幼女を抱っこした俺に、素っ裸のセツナに血だらけのライカとトウカ。
カオスだな。
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