第53話 トウカの闇
「トウカ、脇が空いているぞ。疲れているときこそ、全身に気を回すんだ」
あの日以来、トウカの元気がない。
サーシャも気にしているのか、よくトウカに絡みに行っているが、いつもの様にノリの良い返事はなく、曖昧な返事が帰ってくるだけだ。
これは、少し荒療治が必要かもしれない。
「ライカ、トウカの様子がおかしいのは気づいているか」
「はい、この所、私に絡んできませんから」
「だよな。この辺りに盗賊のアジトは無いか」
「あちらの方にそれなりに大きなアジトがありそうですね」
「どうなさるのですか」
「ちょっと、トウカをつれて討伐してくる」
「そうですか。逆効果になりませんか」
「そしたら、お前が殴って目を覚ませてやってくれ」
「トウカ」
反応がない。少し大きめに言うか。
「おいトウカ」
「あっ、おっさんどうしたの」
どうしたのじゃないよ。お前がどうしたの。
「修行に行くぞ。付いてこい」
「あーし、そんな気分じゃないんだけど」
気分とか関係ない。師匠が修行だと言ったら、強制連行だ。トウカを丸太の様に抱えて、走り始める。
「ちょ、おっさん。待って。怖い。この速度で後ろ向きは怖い。漏れる。漏れるから降ろしてー」
トウカの叫びを無視して、目的の場所近くにたどり着いた。トウカは涎を垂らして失神していた。
「トウカ、起きろ。着いたぞ」
「あれ、おっさん。私どうして――」
混乱しているのか記憶が曖昧の様だった。
「――あっ、思い出した」
どうやら思い出したようだ。
痛っ。トウカに顔面を殴られれた。師匠の顔面にグーパンチ入れるなんて酷くない?
「マジで怖かったんだからな」
漏らしてないから、目の前で下着のチェックをするのはやめなさい。
「トウカ、あそこに盗賊のアジトがある」
「へー。それで」
「全員殺してこい」
「へ。おっさん。冗談だよな」
「いや。本気だぞ。盗賊は皆殺しが原則だ。俺の弟子なら殺れるはずだ」
少々厳しいがこれもトウカの成長の為だ。この世界で生きる以上、いずれ殺らなければならない時がくる。
「おっさん、嫌だよ。あーし、人は殺したくない」
「放っておいたら害悪にしかならない連中だ。トウカが今殺しておかないと他の弱者をこいつ等は殺すぞ。お前は昔に誰かに全てを奪われたんだろ。お前が殺らなかったせいで他の人が親や恋人を殺されるかもしれないんだぞ」
トウカが、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「トウカ。お前は逃げたら駄目だと言うが、何で駄目なんだ? 逃げたら駄目なら戦えない人はどうすればいいんだ。戦えないのに無理矢理戦って死ぬしか無いのか」
トウカに気付いてほしい、別の道がある事を。逃げてもいいし、逃げる以外にも道があることに。
「トウカよ。お前にとって俺は頼るに値しない男か?」
俺は師匠だぞ。頼っていいんだぞ。
トウカが、ハッと何かに気が付いたような顔を見せた。そうだ。それでいい。
「おっさん。分かったよ。あんたの言いたかった事」
そうそう。逃げ出したいくらい辛いときは、人に頼っていいんだぞ。さあ、助けてと言うが良い。
トウカが腰の剣を抜き、アジトの方へかけていく。
「レーヴァン。あーし、目を瞑っとくから、盗賊全員やっちゃって」
「よし来た。相棒。久々の食材以外を斬れるチャ〜ンス。やってやるぜ〜」
あれ、あれれ。思ってたんと違う。そこは師匠を頼ってよ。
「おっさん、終わったよ」
そうね。レーヴァンテイン君、随分とはっちゃけてたね。この三月の間、包丁として食材しか切ってなかったもんな。
俺の想定とは随分違う結果になってしまったな。
「おっさん、あーし、分かったんだ。おっさんが負けたって良いって言って理由」
ほうほう。それはよかった。
「泥を被ってでも生き抜いて、何を使ってでも最後にぶっ殺せばいいってことだよな」
ちがーう。そうじゃない。それはライカ理論だ。俺の考えと違う。
「違うぞ。そうじゃない」
「もういいって。あーし、分かってるから」
分かってない。決して分かってないぞ。
「おっさん。あーし、あっちの世界でさ、ある人のせいで苛められてたんだ」
苛め? 何だろうか。
「そうか。それは大変な事なのか?」
「今の生活を思えば、大した事じゃない。でも当時の私には耐えられなかった。あいつのせいで全てを失った」
それがトウカの抱える闇の一端か。
「トウカ、俺は一度人生のどん底を経験している。それこそ、残飯を食べて生きていた。それでも今は幸せ――――ある程度幸せだ。負けたってやり直せる。絶対勝つ必要なないさ。逃げたっていい。周りの人に頼ったっていい。最後の瞬間まで諦めなければいいんだ」
「そうだね。私もあの時、諦めなければ失わなかったかもしれない。もう大切なものを失って、後悔したくないんだ。私を強くしてくれよ。どんな理不尽からも何もかも守れるくらいに……」
「してやるさ。トウカは最強に成れるさ。俺が育ててるんだから」
「本当か。だったら私はおっさん、じゃなかった師匠に付いていくよ」
「おう、任せておけ。それよりも話し方が戻ってるぞ。いいのか?」
「うん。もういいの。強がるのはおしまい。強がらなくても良いように強くなるし」
久々に自然なトウカらしい笑顔が見れた。うん。思った方法と違ったけど、解決できてよかった。
それじゃあ育ててみようか。最強の弟子を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます