第49話 正義の味方

「神聖なギルドで不逞な行為は許せんな」

 やっぱり絡まれてしまった。今回は暑苦しそうな奴だな。

「何の事だ、俺はこの人に宿のば――」

「きゃー。やっぱり私の事を宿に連れ込んでどうこうするつもりだったのね」

 宿の場所が知りたいだけなんです。全然狙ってないです。

「レッド、お前のせいだからな」

 倒れているレッドに文句を言ったのだが、いない。あの怪我でどこに消えた? まさかブラフだったのか。

「貴様、やはり不埒な事をしようとしていたようだな。この剣聖ヴォルフ・アインルフトの住む街でいい度胸だな」

 剣聖だと。こいつが9人のS級冒険者の一人だというのか。全然強そうに見えない。サーシャでも勝てそうなんだけど。


「ヴォルフ様だぞ。これで安心だ。あんな変態、成敗してくれる」

「そうよ。ヴォルフ様がいれば、あんな変態なんて」

 外野の声が俺の心を抉る。変態、変態言いやがって、いいだろう。このヴォルフ何某くんを痛めつけて、絶望の淵に落としてやろう。

「おい、ヴォルフ何某。俺の邪魔をするなら、相手になるぞ」

「ほう、S級冒険者の私に喧嘩を売るとは、命知らずな奴だ。成敗してくれる」

 ヴォルフが腰の剣を抜き、構える。こいつ本当に剣聖なのか、構えが隙だらけなのだが。

 ハッ。危ない。俺が気を抜いた瞬間、縦横斜めから無数の斬撃が降ってきた。何だと、あの構えからどうすればこんな鋭い斬撃が……。

 なっ、うわ、気持ちわるっ。剣聖の動きが気持ち悪い。まるっきり素人の動きなのに、凄まじい剣戟を放ってくるのだ。

 ヴォルフの剣戟をギリギリ躱して、距離をとる。

「私の剣を躱すとはなかなかやるな」

「いや、お前の剣じゃないだろ。お前、その剣に操られているだけだろ」

 な、何故わかったって顔されても、どう考えても動きがおかし過ぎるわ。

「ふふふ、よくぞ聖剣レーヴァンテインの能力を見破ったな、だが、それだけでは私を倒したことにはならないぞ。私は正義の味方。誰にも負けないしない」

 それ、聖剣じゃないぞ、人を操るのは魔剣の類だぞ。

「いいぞ、ヴォルフ。頑張れ」

「ヴォルフ様頑張って、貴方だけが頼りなのよ」

「ヴォルフ様、かっこいい」

 人気者だなヴォルフ。羨ましいぞ。

「さあ、かかって来るがいい。このヴォルフ様が成敗してく――」

 勢い勇んでいたヴォルフ君のどてっ腹にライカの飛び蹴りが炸裂し、ヴォルフ君が吹き飛んでいった。

 せめて最後まで言わせてあげて……。


「あれは! 変態アルバートの側近よ」

「まさか、人ライカか」

「ヴォルフ様は大丈夫なの」

 ライカの異名も変に伝わってる。裸族だから、間違っちゃいないけど。

「旦那様に剣をむけるとは、万死に値します」

 ヴォルフ君が、突き破ったギルドの壁から現れた。ライカの一撃を受けて立っただと。

 いや、あれは気を失っている。剣の方が体を動かしているのか。

「正義は負けない。私は剣聖ヴォルフ――ヴォルフ――ええい、剣聖ヴォルフだ。私は何があっても皆の為に負けない」

 魔剣の奴、名前覚えて無かったんだな。間抜けな奴め。

 だが、ヴォルフ君が気を失ってしまった以上、これで魔剣の思いのままに動けてしまう。構えが達人のそれと同じになっている。油断はできないな。


 ヴォルフ君というか魔剣が俺に斬りかかってくる。ライカが蹴飛ばす。今度はライカに斬りかかっていく。俺が殴り飛ばす。

「貴様ら卑怯だぞ。正々堂々と一対一で戦え」

 それ以上やるとヴォルフ君死んじゃうぞ。既にボロボロじゃないか。そろそろ本気でやるか。

 ヴォルフ君が斬りかかってきた瞬間、魔剣の刀身を掴む。

「バカが、指を切り落としてくれる」

「できるかな」

 刀身を掴んだ手に力を込める。刀身からパキッと音が鳴る。

「や、やめてくれ。折れてしまう」

「だったら、ヴォルフ君を解放しろ」

「する。するから止めてくれ」

 ヴォルフ君が魔剣から手を放した瞬間、その場に倒れる。安心してください。死んでませんよ。


「キャー――。ヴォルフ様が負けてしまったわ」

「この街はおしまいだ。変態に蹂躙される」

「やめて、私には心に決めた人がいるの」

 ヴォルフ君が倒れたことで、ギルドの中は再びパニックになり、中にいた冒険者や職員さん達が我先にと出て行ってしまった。


 そして誰も居なくなった。じゃねえよ。この街はどうなってんだよ。

「おい、魔剣」

 返事は無い。只の剣の様だ。そりゃそうか。誰かの体を借りないと話せないわな。

 魔剣の刀身を掴む。

「ふはは、バカめ。これでお前の体は頂いたぞ」

「誰の体を頂いただって、お前は指一本動かせないだろ」

「何。動かない。何故だ」


「ぷ。おっさんの一人芝居。まじさいこー。おもろー」

 トウカが噴出して笑っている。仕方がないだろ。こうしないと話が出来ないんだから。


「俺にたたき折られるのと、地中深くに封印されるのと、俺達と共に来るのとどれを選ぶ」

「1個しか選ぶのないじゃないか……」

「よし、余計な事をしたら、次は叩き折るからな」

「はい」

「お前の仕事は今日からは包丁して食材を切ることだ」

「……」


「トウカ、この包丁をお前にやろう」

「おっさん。これさっきの一人芝居の魔剣だろ。いらねーよ。やべー奴じゃん」

「トウカなら使いこなせるはずだ。お前以外料理できないんだ」

「お前、不憫な奴だな。あーしがちゃんと使ってやるから安心しな。但し、あーしの体を勝手に使ったら――折るよ」

 鞘に仕舞われている魔剣がカタカタと震えている。暫くは大人しくしているだろう。


 えっ、どうなってるんだ。

 取りあえず、騒動が終わったのでギルドの外に出てみて驚いた。ギルドの周りを多数の騎士たちが取り囲んでいた。


「お前たち、大人しくしろ。ヴォルフ氏殺害の罪で逮捕する」

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