第45話 異世界の勇者

「トウカよ」

 この少女の名前はトウカと言うらしい。

「それで、おっさん、どうする。あーしと一本いっとく? あーしはおっさんのテクに興味深々なんっすけど」

「せんわ」

 異世界というのは性が乱れているのか、遊び感覚でする様な事ではないだろう。それに気になることもある。

「トウカよ。聞きたい事があるんだが、いいか? 答えたくなければ答えなくていい」

「なーに。何でも答えてあげるよ。これまでの経験人数は――」

「お前、何で自分を偽っているんだ。本来のお前はそんな軽い感じの子じゃないだろ」

 俺の問いにトウカはハッとした顔を一瞬し、真顔になった。

「何で?」

「俺には子供が11人いるんだがな、中には表情から感情が読めない子もいるんだ。だから、人の内面を見ることに慣れてしまってな。お前は本当は大人しい子だろ。無理しているのが分かるぞ」

「そ、そんなのおっさんに関係ないだろ。無理なんかしてねーし、私は真面目な優等生なんかじゃないんだから……。バカにすんじゃないわよ」

 一人称が私になってますよ。お嬢さん。

「貴方はさっきから旦那様に失礼すぎますよ」

 不意に聞き覚えのある声が聞こえたと思ったら、トウカが吹き飛んだ。ライカ、お前急に何やってんの。あんな蹴りをいれたら、死んでしまうぞ。

「いたたたた。あーしにいきなり蹴りいれるとはいい度胸してんじゃねえか」

 トウカが蹴られた腹を抑えながら、出てきた。水浴びしてきれいになっていたのに、まだ泥だらけになっている。

 ライカに蹴られて平気だなんて、異世界人ってすごいな。魔法は訳の分からない使い方するし。

「アル様、トウカ様凄いですね。アル様がゲロッたあの蹴りを受けて、ケロッとしてますよ」

 そうね、密かに俺をディスってんじゃないか。こいつ。確かにゲロッたけどな。

「ライカの奴、紫電使ってるな。その蹴りを受けて立っていられるとはな」

「あれ、痺れますもんね。痛いですよね」

「そうな。あれ、痛いんだよな。丸焦げにされたこともあるし……」

 

「あーしに電気は通じないよ。さっきサーシャちゃんのお蔭で耐性できたしね」

 電気って何だ? 耐性ってことは、効かないことだから、雷は効かないということか?

「ライカ、止めろ、トウカは敵じゃない」

「そんな事はどうでもいいのですよ。旦那様を誘惑する女狐に仕置きをするだけですから」

 相変わらず、俺の言うこと聞いてくれないんだよな。

「父ちゃん、あの姉ちゃん凄いな。母ちゃんの蹴りくらって生きてるよ」

「パパ、トウカ姉ちゃん強いね。私もトウカ姉ちゃんみたいに強くなれるかな」

 二人がトウカの強さに目をキラキラさせて興奮を伝えてくる。お前達はまだ3歳だからな。それ以上、強くならなくていいよ。もっと子供らしいことを学ぼうな。


「ふーん、あんたはおっさんの奥さんの一人って事だね。でも一発蹴られた分はやり返させて貰うよ」

「一発と言わずにあと何十発もくれてやりますよ。女狐め」

 二人が拳を固めて、殴り合いに入ろうとした所で、俺が割り込んだ。


「いい加減にしろ、グハッ」

 ライカの拳を左手で受け止めたまではよかったのだが、トウカの拳は見事に顔面にめり込んでいる。片手ってこういう時、しまらないよね。かっこよく両方の拳を止めたいんだけどできないんだよね。

「旦那様!」「おっさん!」

「お前達、いい加減にしろ」

 ビシッと締まらなかったので、言い直した。ちょっと恥ずかしい。

「ライカ、敵じゃないと言っているだろ。突然現れて攻撃してくるなんて、お前は野盗か。反省しろ。トウカすまなかった。俺の妻が大変失礼な事をした。この一撃で許してはくれんだろうか」

 ライカの頭にゴチンと拳骨を落とし、頭を下げる。

「ライカもきちんと謝れ。子供たちが見ているんだからな」

「はい。トウカさん。突然蹴りをいれてしまい、すみませんでした。まさか、あの程度が躱せないとは思わなかったので……」

 おい、煽ってどうする。このバカが。

「いえ、いえ。いいんですよ。あんなカスの様な蹴り、全く痛くなかったですから気にしないでください」

 俺を挟んで二人がいがみ合う。もう好きにしてくれ。俺は殴られ損じゃないか。


「それじゃあ、あいつ等はこれから喧嘩するらしいから、俺達はそろそろ出発しようか」

 サーシャとバルスへ提案する。

「旦那様、どちらに行かれるのですか!」

「おっさん。こんなか弱いJKを森の中に置き去りにすんの!」

 か弱い? 絶対違うな。俺の方がか弱いわ。精神的にな。ジェーケーって何だ?

「いや、だってお前たちは俺のいう事を聞かないで喧嘩するんだろ。どうぞ好きに喧嘩してください。俺達は仲良く旅を続けるんで。それじゃあ、元気でな。ライカはアイシャの事頼んだぞ」

「け、喧嘩なんてしてないですよ、旦那様。ねえ、トウカちゃん」

「そ、そうそう。喧嘩なんかする訳ないよね。おばさん」

 ライカの拳がトウカの顔面を貫いた。取っ組み合いの喧嘩が始まってしまった。もう知らん。


 二人をおいて、出発することにした。

「おい、レッド。なんで普通に着いて来てるんだ」

「何をおっしゃるんですか。ボケとツッコミは二つで一つ。靴と一緒ですよ。二つあってはじめて使える物になるんです。私とアル様だってそうでしょ」

 違うわ。全力で否定するわ。

「もう、帰れよ。邪魔なんだよ」

「おや、宜しいのですか。私、今帰ったら、トウカ様との事をある事ない事いろいろと奥様方に喋ってしまいますよ」

 くっ、汚いぞ。レッド。やましい事は無いが、こいつは情報をねつ造するに決まっている。

「邪魔だけはするなよ」

「そんな事はした事はございません」

 どの口がほざいてやがる。


 一人旅のつもりが三日でこの状況だ。この先、どうなる事やら。

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