第33話 神獣
「娘、わが子達を随分と殺してくれたようだな」
体が震える。何だこの巨大な狼は?
「我の強さが分かるのか。大したものだ」
言葉を話す時点で普通の狼ではないが、この狼らしき者の放つ圧力に蹴落されそうになる。
こんなのは怒ったときの師匠以外に感じたことはない。
こいつには勝てない。本能でそう感じてしまった。
「お前は何者だ?」
「ほう、我を前にして立っていられるだけでも大したものだと言うのに、更に言葉を返すか……」
狼らしき者が私の目を見つめてくる。全てを見透かされているかの様だ。私の今の恐怖すらも。
「娘よ。お主、我の血をひいているな。この先の里の者か。何故人間の匂いがする? まあ良い。今回はこちらから仕掛けたようだし、特別に見逃してやろう」
「質問に答えなさい。貴方は何者だ」
「不敬な奴だ。我は神狼じゃ。今はそれでいいじゃろ。
こいつを連れて行け。これが一緒にいれば、これ以降、我の眷属に襲われることは無くなるだろう」
狼は足元から何かをくわえてこちらに投げて寄越した。
「これは?」
「先日生まれた、我の眷属じゃ。お主の同類じゃな。お主の元に居れば強く育つじゃろう。見逃してやる代わりにそれを育ててみせよ」
私の手元には手のひらより少し大きい位の子犬? 子狼? が丸まっている。これを育てるの? それで見逃して貰えるなら好都合だが……。
「これを育てればいいのね。厳しく育てるから死んだら、それまででいいのよね」
「それで構わんぞ。我の域まで育つのは稀じゃからのう」
「これの名は?」
「そんなものは無いから好きにつけろ」
生き物を育てるのは初めてだが、師匠が私を育ててくれたように鍛えてみせよう。
「期間は?」
「特にない。その者の好きにさせればいい」
緩い約束だな。この狼にとってはどうなろうと別に構わないということか。
「最後に我から質問があるのだが、いいか?」
取り敢えず頷いておく。
「お主は我の眷属なのだが、すでに支配から外れている。にもかかわらず、その強さは異常だ。その強さをどうやって得た」
「その理由は一つしかないな。師匠への愛だ。私は愛する師匠のために強くなった。強くしてもらった」
「ふはははは。愛か。お主もあの方と同じことを言うのか。面白いな。我にも早く番ができれば分かるかな。今後の楽しみが増えたぞ。
娘よ、それでは達者でな」
狼は音もなく消えてしまった。
今日は運が良かった。この山にあんな化け物がいることに気が付けなかった。一歩間違えば死んでいた。
私はまだまだだな。もっと強くならなければ。
「おい、お前は雄か雌か、どっちだ」
私の問いにこてんと首をかしげるワンコ。可愛いらしいのだが、困ったものだ。
「ちょっと見せてみろ」
ひっくり返してお腹を確認する。うん、付いてるな。男の子か。
名は何にしようか。私は考えるのが苦手だ。名前は師匠にお願いしよう。
こんな雷が降りしきる山の中で珍妙な同行者ができてしまった。しかも子供ときた。大幅な速度低下につながる。
「お前、ちょっと、ここに入っていろ」
子狼を胸の間に押し込む。谷間から頭をちょこんと出して大人しくしている。
これなら少しくらいは早く移動しても大丈夫だろう。
「では、行くぞ」
子狼に出発を告げてから、再び走りだした。目的地まではあと少しだ。
あの娘、名前を聞いておけばよかったかな。
神狼である我の前で平然と立っている眷属など、これまではいなかった。あれはかなりできる者に育てられたはずだ。
あの娘の師匠とやらはどんな人物かの。一度戦ってみたいものだ。
我ら神狼や我らの血をひく者は育てられた者次第で、大きく成長が変わる。
実際に我を育ててくれたあの方は、この世界を支配するほど強かった。
あの方が亡くなられてから、笑ったのは初めてだ。まさか愛が強くなるための手段だとはな。あの方も愛は素晴らしいと語っておられたが、生涯、誰とも子を残されなかった。
次に生まれるときは人間に生まれたいとおしゃられていたから、今頃は人として転生されておられるかもしれない。
もう一度、お会いしたいものだ。我が主人よ。
あの娘に渡した子は立派に育ってくれるかな。我の番になれるくらいに強くなってくれればよいが……。我も愛というものを感じてみたい。
それは気長に待つとしよう。我には寿命は無いのだから。
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