第32話 ライカ激走
私は今、走っている。
遂に師匠が結婚してくれるって言った。その言葉を聞いた後からの記憶がない。気がついたら荒野を激走していた。
どうやら、また暴走してしまった様だ。気分が高まったときに度々起こってしまう。以前は師匠を丸焼きにしてしまった。あの時にもの凄く反省したはずなのに、また、やってしまった。
恐らく、親の許可がどうこう言っていたので、それが原因だろう。多分だが、一秒でも早く親の許可を取るために飛び出して来たと予想できる。
私ならたぶんそうなるはずだ。
もう、このまま、親の所へ行って、国を出る事と結婚の許可を取ってしまおう。だが、ここは何処だろうか? 私の郷はどっちだ?
うーん。困った。
こういった時は勘に頼るに限る。これまで勘に頼って生きてこれた。師匠に出会えたのも勘に従ってあの路地に隠れたからだ。私の勘は間違えない。
師匠、待っていてくださいね。あなたのライカは直ぐに戻りますから。
「はっくしょいー」
「師匠、お風邪ですか? 冷えてきたので気を付けてくださいね」
「別に寒くは無いんだがな。嫌な気配は感じたが……。それにしてもミリアの郷は何処にあるんだ。遠いな」
「アル様、まだまだかかりますよ。お暇ならこの馬車を引かれてはいかがですか? アル様が引いた方がはるかに早く着きますよ」
「俺に馬になれとお前は言うのか?」
「いえいえ、恐れ多い。御者の私としては馬の方が扱いやすいので、このままの方が助かります。アル様の相手は大変ですからね」
「こっちのセリフだよ」
師匠の元を離れて何日が経ったのだろうか。寂しい。師匠成分が足りない。早くお会いしたい。
こんなつまらない男たちの相手なんてしている暇はないのだ。
私の足の下には、先ほど叩きのめした男どもが黒焦げで転がっている。補給のために村に立ち寄ったのだが、いつもの如く絡んできた奴らだ。
昔の私だったら、有無も言わさず殴っていた所だが、私も成長したものだ。一応相手に一言だけ喋る猶予をあげた。
結果、碌な事を言わなかったので黒焦げになっている訳だが、こんなことに時間を取られている場合ではないのだ。
物資の補給は諦め、師匠から教わった様に食料は現地調達することにしよう。急がないといけない。
荒野を抜けた先は吹雪が吹き荒れる氷雪地帯だった。前が見えないのと、食糧となる動物やモンスターが少ないので、抜けるのに苦労した。
セツナに似た背中に羽根のある奴らが行く手を阻んできたので、悉く返り討ちにしつつ、寒いので一直線に全力で駆け抜けた。
より早く駆ける為に紫電の裏技を使ってしまった。師匠には止められているが、今の私であれば大丈夫だろう。
身体強化を解除し、雷の付与魔法を二重にかける。身体強化が無いので、体にかかる負荷が凄まじい。胸が潰れて痛い。本当に邪魔な胸だ。
しかし、師匠はこれが好きだから、あって良かったものでもある。悩ましい所だ。帰ったらたくさん揉んでもらおう。
速度は二倍以上に膨れ上がる。これでより速く走れる。
前方の大きな山脈を眺める。あの山脈が怪しい。ドラゴン級の強者の気配を感じる。あの山脈の先に故郷があると肌で感じる。あと少しだ。ようやくここまで来た。
山脈は雷が雨の様に降り注ぐ過酷な環境だった。当然、普通の動物は生息していない。モンスターの中でも。雷を得意にする奴らがこの山を支配している様だ。
山に入るなり、モンスターが襲い掛かってきた。
私は紫電を使っているので上から雨の様に降ってくる雷は効かない。しかし、相手もそれは同じだ。
そのため、モンスターと戦う際には通常の紫電へ戻す必要がある。怪我をするわけにはいかない。走れなくなってしまう。
こんな所でもたもたしている訳にいかないのだ。私には待っている人がいる。早く師匠の元に帰るんだ。
「レッド、やばいぞ。今、ライカの声が聞こえた」
「何も聞こえませんでしたよ。そんなに楽しみにしてるんですか」
「何を言っている! 逆だ! 逆。あいつがすんなり帰ってくるはずがない。絶対に。断言してもいいが、面倒事が増える」
「それは、とても楽しみですね」
「レッド、逃げる準備を始めるぞ」
「アル様、無駄な努力ですよ。逃げられるはずがありません」
狼型のモンスターとすれ違い様に剣を一閃。一匹目を上下に二分したが、残り七匹には逃げられてしまった。モンスターに手こずるのは久しぶりだ。
この群れを率いているリーダーは優秀だ。個を犠牲にしても群れを生かすことができている。
それにしても、この狼共、しつこい。いつまでも私を追って来る。私はこの山を越えたいだけだ。邪魔をするな。
「娘、わが子達を随分と殺してくれたな」
私の前に、とても巨大なしゃべる狼が現れた。
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