第26話 獣人の国

「そこの馬車、止まれ」

 レッドが馬車を停めた。

「中の奴出てこい」

 ついに国境にたどり着いた所で、国境を守っている兵士に呼び止められた。

 仕方がないな。俺が出るか。他の奴らが出たらトラブルになるからな。


「ひぃ、こ、こいつは変人鬼人のアルバートだ。殺されちまう、逃げるんだ」

 

 俺が外に出たら兵士が逃げてしまった。警備しなくていいのか? 勝手に通るぞ。

 それにしても変人鬼人って何だよ。酷い通り名を付けられたものだ。


 国境を閉ざしている扉を押し開ける。人の手で開けられるものでは無いのだが、今の俺なら余裕だ。


「変人鬼人ですって、アル様。プッ――」

 レッドに笑われた。俺のせいじゃない。

「頑張って広めたかいがありました。結構お金使いましたから」

 発信源はお前か。


 ついに獣人たちの国に入った。さてここからどう進めばいいのだろう。困ったときのレッド頼みだ。

「レッド、この先はどう行けばいいんだ」

「誰の所から行きますか?」

「近い所からで」

「皆、違う方向なんですよね。北東にライカ嬢のいた集落。北がセツナ嬢、北西がミリア嬢になりますね」

 本当に詳しい。

「お前、詳しすぎないか。誘拐した時にいたんじゃないだろうな」

「ギクッ――というのは冗談です。今から14~5年も前の事ですよね。私はその頃は10歳くらいですよ。家でパンを焼いておりましたね」

 絶対嘘だ。この国に来たこともない奴が場所を知っているはずがない。こいつが嘘を吐くのはいつもの事だ。気にしても仕方がない。

 さて、誰の所から行くか。セツナの所は2番目として、ライカかミリアからだな。ここは生まれたばかりで誘拐されたミリアからかな。小さい順でいくか。

「じゃあ、北西からで」

 行先は決まった。後はレッドに任せるとしよう。

「承知しました。2か月ほどかかりますので、ゆっくり行きましょう」

「そんなにかかるのか」 

「はい。この国は広大ですからね」

 これは思った以上に時間がかかりそうだ。

 じじい。すまんな。帰るのは遅くなりそうだ。二人目ができるかもしれんしな。


「ミリア。お前の国から向かうことにしたから」

 馬車の中に戻り、行先を皆に伝える。

「別にいつでもいい。帰らなくてもいい」

 そんなこと言うなよ。親御さんは心配してるはずだ。生まれたばかりの我が子が居なくなるなんて、悲しすぎる。俺はレイ君が居なくなったら泣いてしまう。連れ去った奴を八つ裂きにしてしまうだろう。

「まあ、そんな事言うな。それでもここから2か月くらいはかかる様だ」

「ゆっくり行けばいいのよ、初めての国なんだから。楽しみながら皆の里を回りましょ」

 アイシャが間を取りもってくれる。

 そうだな。獣人の国なんて来ることになると予想もしていなかった。冒険者なんだから、旅を楽しまないといけないな。流石、元ギルド長。

「よし、行先は決まった。今日の晩飯の食材を取りに行くか」

「あなた、待って。その前にお話があります」

 な、何だ改まって、アイシャの傍に3人が集まっている。嫌な予感が。ミリア並みの危機察知能力に目覚めたか。

「なにかなー。また今度にしないか?」

「大事なお話です。座りなさい」

 はい。観念しました。大人しく座ります。

「あなた。いつになったらライカちゃん達と結婚してあげるんですか?」

 やっぱりその話でしたか。そんな気がしてました。

「いや、俺はこいつ等とはそんなつも――」

「なぜですか。こんなにも貴方に尽くしてくれてるのに――何が不満なんですか」

 いや、不満とかじゃなくて、いい歳したおっさんがこんな若い子3人も――ダメでしょ。

「いや、不満とかじゃな――」

「不満がないならいいじゃないの。じゃあ、結婚してあげなさい」

「いや、そんな――」

「いいわよね」

 よくない。俺はこいつ等には手を出さないぞ。俺は師匠なんだから。

「駄目だ。親御さんの許可も無いのにそんな事はできない」

「分かりました。それじゃあ、許可を貰ったらいいのね。聞きましたからね」

 しまった。また言わされてしまった。


「ライカちゃん、やったわね。これで約束は果たしたわよ」

「はい。奥様、ありがとうございます」

「いいのよ。一緒に頑張りましょうね」


「それでは、師匠。私はこれより親の許可をとって参りますので、少々お側を離れます。失礼いたします」

「お、おい。待て」

 行ってしまった。何という行動力。行先は分かってるのか? 

「あら、ライカは先に行ったのね、私はどうしようかしら。師匠、どうしましょう」

「そ、そんなに急がなくてもいいだろ」

「そうですね。それじゃあ前払いということで今晩からよろしくお願いしますね」

「……やっぱり先に行くか? 俺は極力ゆっくり行くから」


 だんだんと俺の退路が断たれていく。アイシャを味方に付けた時点でこいつ等に軍配はあがっている。


 俺は無駄な足掻きをできる限り続けるだけだ。

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