第10話 到着
王都への旅を始めて8日目、何事もなければ今日中に王都へ到着する予定だ。
旅の途中とはいえ、朝の稽古は休まないし、休ませない。
今日の相手はミリアだ。彼女は他の二人に比べて速さは無い。その為、一見すると普通に剣術の稽古をしている様に見えるかもしれない。
だがミリアのパワーを忘れてはならない。訓練なので、お互いに身体強化無しで打ち合っている。それでもミリアの一撃をくらえば、俺は死んでしまう。
死の一撃が降ってくる、ギリギリで首だけ捻って躱す。当たれば首が飛んでしまう。俺も手を出さないとミリアの訓練にならない。躱すのに必死だが無理やり手をだす。ミリアの左肩に斬撃が当たるがミリアを動じない。全くダメージが入っていない。俺の貧弱な力では頑丈なミリアにダメージは入らない。
責めて躱すくらいしろよ。訓練なんだから。
基本スペックが違いすぎて泣けてくる。
ミリア相手でも死を覚悟して稽古をしている。いや、されている。
毎日死の危険に晒されている。冒険者全盛期よりも危機的状況だ。
毎朝思う、もっと普通の弟子が欲しい。
「毎日、精が出るのう」
「じじいはもう稽古はしていないのか。稽古の重要性はじじいに教わったんだがな」
「確かにのう。儂も年をとった。軽く体を動かすことはあっても、こんなにがっつり稽古することはもうできんわ」
ラングリットは60を越えている。人間でいえばとうにピークは過ぎている。じじいはそれでも凄まじい筋肉を維持しているので、鍛練はしているはずだ。
「それにしても凄まじい稽古じゃったの。お主、昔より速くなってないか?儂には嬢ちゃん達だけでなく、お主の動きも殆ど見えんかったぞ」
そんな筈はない。俺ももう30を超えている、どんなに鍛錬しても全盛期を超えることは出来ないだろう。
「そんな訳ないだろ。じじいが耄碌しただけじゃないか」
「儂はそんな歳ではない!」
怒って行ってしまった。いや、さっきもう歳だって自分で言ってたじゃん。
朝の稽古を終えて、セツナの作った朝食を食べる。いつの間にか鳥型のモンスターを狩ってきており、鳥肉を使った鍋料理だった。野草やきのこも現地調達しており、相変わらずうまかった。
5年前は毒きのこが入っていたり、味がしなかったりということもあったが、今では料理は全てセツナが担当している。
「うまいのう。行きは安いパンのみだったが、セツナ嬢ちゃんの作る料理は最高じゃ。こんな快適な旅は久々じゃの」
「お褒め頂きありがとうございます。ラングリット様」
じじいの言うとおり、通常旅の朝食というものは簡潔に済ます。危険だからだ。村や街に滞在したときだけしっかりとした物を取る。
こいつ等の場合、最初の旅で狩りの仕方を教えるために毎食しっかりとした物を食べていた。そのため、この朝食がデフォルトになってしまった。完全に俺の責任だが、うまい飯が食いたいので直させるつもりは無い。
「さて、そろそろ出発しようかの」
「ミリア、出発するぞ。早く乗れ」
「師匠、お待ちください。何故、またミリアなのでしょうか。今日こそは私が乗りたいです」
ライカが不満をぶつけてきた。ライカ達はあれからずっと外を走っている。確かに可哀想な事をしたかもしれない。
「ミリア走れるか?」
「大丈夫」
「セツナはどうする?」
「宜しければ馬車に乗りたいですわ」
「じゃあ今日はライカとセツナは馬車に乗っていいぞ」
「やった」「やりましたわ」
二人は馬車に乗れることを存外に喜んでくれた。
「……。師匠どうして外を走られるのですか」
走っているので会話は辛い。ライカの質問は無視する。ミリア一人で走らせるのは可哀想だ。誰か付き合ってやらんとな。
「師匠はそうやっていつもミリアを贔屓するんですから」
セツナも不貞腐れている。
仕方がない。ミリアは3人の中では一番小さいんだから。誰かが面倒を見てやらないと。
3時間くらい走ったときだった。
あれ、ミリアがいない! あいつ何処行った? いたーー。
はるか後方でうつ伏せで倒れている。やばい。何かあったのか。
ミリア救出のため急いで戻る。
「ミリア! 大丈夫か。何があった!」
ミリアが苦しそうに呻く。
「し、師匠。もう駄目」
「大丈夫か。何処かやられたのか」
「眠いzzz」
「……」
寝てしまった。馬車ははるか前方だ。どうするんだ。これ。
うー。辛いぞ。
結局、ミリアをおんぶして走ることになった。馬車は止まってくれる様子は無く、既に見えなくなっている。
ミリアのハンマーが重すぎる。こんなもんよく振り回せるな。家の納屋に眠っていたハンマーなので名前が分からない。ハンマーというより、金属の棍棒。親父のだろうが使っているのを見たことはない。丁度いいのでミリアにやった。
ミリアをおんぶして走っていると背中にやわこくてプニプニとした感触が伝わってくる。
普段ライカやセツナの物を見せられてるから気づかんかったが、こいつも成長してるんだな。
「師匠、ニヤニヤしてる。スケベ」
な、なんのことかな。
「起きたのなら、降りてくれ」
「寝言zzz」
いや、絶対起きてるよね。
何だかんだでそれから3時間くらい走ったところで王都が見えてきた。
遂に戻ってきてしまった。忌まわしい王都へ。外から見る王都の様子は俺が始めて冒険者として来たときと何も変わっていない。変わったのは俺の気持ちの方だ。ここにはいい思い出なんて無い。
いや、一つだけあった。
セルカは元気にしているだろうか。
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