過去1 転落

「只今より、グランスバルト王国第50回王立剣術大会決勝戦を始めます。

 出場選手、グランスバルト王国第一聖騎士団所属、レオナルド・ウィンザー、前へ。

 王都冒険者ギルドS級冒険者、アルバート。前へ」


 王都で開催される剣術大会の決勝戦が始まる。スキルと魔法禁止で純粋な剣術のみで勝敗を決するこの大会で俺は余裕で決勝戦まで進んだ。残る相手はいけ好かない野郎だが、確実に強い。気が抜ける戦いではない。

「やあ、アルバート君。君程度の実力でよくここまで来られたものだ。よほど相手に恵まれたんだね。残念ながらここまでだろうが」

「これはこれは、レオナルド様、貴族様にしては頑張っておられますね。準優勝おめでとうございます」

やはりいけ好かない野郎だ。


「両者、私語は慎むように。それでは、ルールの確認を行う。

一つ、スキル、魔法の使用を禁ずる。

一つ、故意に相手を殺したら負けとする。

一つ、審判の命に従う事。

一つ、審判への攻撃を禁ずる。

一つ、2回膝をついた時点で負けとする。一つ、膝をついて3秒以内に立たない場合は負けとする。

一つ、正々堂々と己の全てをかけて戦うこと。

以上。双方、何かあるか」

「ありません」

「俺もありません」

「それでは開始線まで下がりなさい」


「それではよろしいか。これより決勝戦を……始め!」


 レオナルドが剣を構え、ゆっくり2歩、3歩と近寄ってくる。相手は聖騎士だ。奴らの剣術は凄まじいが、型通りの道場剣術だ。慣れてしまえば躱すのは容易い。これまでの戦いである程度奴らの剣術にも慣れてきた。

 しかし、こちらはモンスター相手に磨いてきた剣術。対人には向いていない。結局は相手の方が有利。しかも彼奴は若干20歳にして、聖騎士隊副隊長を務める天才だ。油断はできるはずもない。

 くそ、普段使っている剣とバランスが違うから使いにくくて仕方ない。軽すぎる。

 こっちは相手の利き手とは反対へ向かうため右方向へ周りながら近づいていく。距離が残り1mとなったところで、こちらから斬りかかる。まずはけん制の斜め上方向からの斜め切り。当然受けられる。剣を弾かれた勢いを利用し、横回転切り。バックステップで躱された。余裕がありそうだ。

レオナルドが上段から斬りかかる。よし。これを待っていた。これを剣で受け流して斬りかかれば終わりだ。


「アルバート。これで終わりだ」

 こんな技程度で終わるわけがない。受けきって反撃だ。上段から剣が振り下ろされる。

 レオナルドの口角があがっているのが見えた。


 パキン。俺の剣が砕ける。なっ。


 ちっ。また、この夢か。

 王都の片隅にある汚い宿屋の一室で目覚めた。

 俺は右腕のあった所を左手で触る。そこには何も無い。あの決勝戦でレオナルドのくそ野郎に切り落とされた。

 痛みで気を失った俺は目が覚めると腕は無かった。剣に細工がされていたのだ。大会では国が準備した武具のみ利用可能だった。奴に優勝させるために、平民の俺に優勝させないために仕組まれたものだった。そして奴はその事を知っていた。だから笑ったのだ。

 しかも、斬られたあと、すぐ魔法を使えば腕を繋げることもできたはずだ。目覚めた時、俺の腕は無くなっていた。繋げずに治療されていた。これもくそ野郎の指示に違いない。


 俺は絶望した。片腕だとまず今までどおり剣が振れなかった。俺の相棒は大型の両手剣だ。片手では今までの速度では振れなかった。

 次に魔法が満足に使えない。魔法は魔力込め、指で魔法文字を描く必要がある。剣を持ったままでは使えない。そして片手しかないので、左右同時行使ができなくなった。

 S級冒険者として、もてはやされていた俺は手のひらを返されたように見捨てられた。冒険者資格ははく奪され、仕事はなくなった。

 見事に落ちぶれた。


 それから5年。俺は奴への復讐するために、王都へしがみついた。機会を伺い、レオナルドを殺してやる。その為だけにこの5年。泥水を啜ってでも生きてきた。

 だが、その機会は訪れなかった。奴は剣術大会優勝を期に聖騎士団団長に。第3王女との婚約、結婚。既に俺の手の届かない存在になってしまった。装備を売り払って作った金で雇った殺し屋は返り討ちにあった。

 もう俺に残されたのは満足に振るうことのできなくなった相棒のこの剣のみ。

 田舎に帰ろう。俺の復讐心は萎えてしまった。田舎で細々と弱いモンスターでも刈って日銭を稼いで暮らそう。


「世話になったな。セルカ」

 セルカはこの安宿を経営する女将だ。といってもまだ13歳のそばかすの残る少女だが。昨年母親が亡くなってから女将として頑張っている。

「行っちゃうんですか」

「あぁ。俺にはもう何も残っていない。田舎に帰って静かに暮らすさ」

「そんな。アルさんはまだ若いじゃないですか。諦めるには早すぎます。あんなに強かったんだから、今からだってやり直せます。ここに居てください。私が傍にいますから、宿代はいりませんから」

「ありがとな。セルカ。この街に残るのは辛いんだ。嫌でも奴の事が聞こえてくる。今日中にこの街を出るよ」

「そんな。母さんに続いて、アルさんまで」

「すまん。セルカ。今まで色々と世話をしてくれてありがとう。この恩はずっと忘れないよ」

「絶対また来てくださいね。私、ここで待ってますから。元気になって必ず来てくださいね」

「あぁ。気が向いたらな。じゃあな」

 もう来ることはないだろうがな。

 セルカが手を振って見送ってくれている。落ちぶれた俺に最後まで優しくしてくれた。ありがとう、セルカ。


 お前のお蔭で、何とか生きていられたよ。

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