第12話 東京奪還作戦④

 アヤメから無理矢理性知識を叩き込まれて、頭に直接流し込まれた衝撃的な映像に僕は暫く立ち直ることが出来なかった。

 しかし、何時までもここに留まるわけにも行かないのでどうにか余計な記憶を頭の片隅に追いやって無理矢理立ち直る。

 因みに、アヤメが見せてきた複数の映像に出て来たのは何処かで見た事の有るような大人の男女ばかり(中には高校生ぐらいの男女もいたが)だったので、どうやら先程の魔人の様子を偵察した時の情景を見せてきた訳では無いようだが、そうなるとアヤメは自身の力を悪用して常日頃から覗きを繰り返していたと言う事になる。


「・・・・・・一応聞くけど――」


「無いから。今度そんな事聞こうとしたら殴るからね」


 こちらの言葉を遮るようにアヤメは告げると不機嫌そうな表情を浮かべる。


 まあ、その言葉は真実なのだろう。

 何故なら、基本的にアヤメは僕と一緒にいることが多く、僕と一緒にいない時にも確実にリヴァイさんと行動を共にしているので1人になる事があまりないからだ。

 そもそも、アヤメは召喚している悪魔の五感を一時的に共有することが出来るため基本的に拠点防衛の見張り役を1人で任されることが多い。

 そして、常人ならば1体の悪魔から送られてくる感覚を共有するだけで精一杯の所を、アヤメは『聖杯カリス』の力で無理矢理脳の処理能力を増強して最大10体のまで共有を可能としているが、それでも数が増えるほど思考に付加かが掛かるので必然的に自身の戦闘力が大幅に低下してしまう。

 そのため、その戦闘力が低下しているアヤメを守る役目は僕達の中で最高戦力であるリヴァイさんか、『アイギス』と言う守りに適した神器を有する僕が担うことが主なのだ。


 因みに、アヤメとメイリンを二人きりにすると大抵碌な事にならないのでこの2人を組ませることは先ず有り得ない。

 最後に組ませた時は危うく日本列島から沖縄県が消え去るところだった。

 確か、本人達曰く『台湾から進行してきた戦力に、降伏を促すために圧倒的実力の違いを見せるだけのつもりだった』との事だが、もしもあと少しリヴァイさんが異様な魔力の高まりに気付いて止めに行くのが遅れていれば危ないところだった。


(それに、夜もほとんど僕の隣の部屋にいるか、何故か未だに時々は僕と一緒に寝ようとするから誰かに会ってるって事は無いだろうし。正直、最近はアヤメが同じベットに寝てると落ち着いて眠れなくなって来てたけど、あんな物見せられた後じゃなおさら一緒に寝られないよ!)


 再び映像が脳裏に浮かび、思わず赤面しそうになるのを何とか堪えながらも僕は早足に歩いて行く。

 そもそもこうやって大事な場面で空気を読まずに余計な事をしてしまうのはアヤメの悪癖だとは思うが、おそらくその根底はこうやって必要以上に力が入り過ぎていた僕の気を逸らそうと言う気遣いが有るのだろうと言う事は解る。

 現に、先程まで東京の思ったよりも酷い状況に僕の『憤怒』の根源となる感情、怒りが抑えきれない規模で膨れ上がるのを感じていたいが、それが先程の騒動の影響で多少楽になっている。


(それにしても、もう少しやり方がある気がするけどなあ)


 そん愚痴を心の中で呟いていると、不意にアヤメが「あっ」と言葉を漏らし、そのまま足を止める。


「ん? どうかした?」


「シドーに付けてた悪魔から通信が来た。・・・・・・どうやらドームの方にも魔人がいたみたいだね」


「獅童さんは大丈夫なのですか?」


「うん。と言うか、そこの魔人も大したことないから瞬殺だったみたい」


 藤岡さんの質問にアヤメは何て事無さそうにそう告げた後、「ただね」と言葉を続ける。


「何か、シドーからフジオカに伝言があるみたい」


「伝言ですか?」


「うん、そう。なんか、『少なくとも将彦まさひこ君は皇居にいる』、だってさ」


 その言葉を聞いた瞬間、明らかに藤岡さんの表情に安堵の色が浮かぶ。

 その反応から、その将彦君と言うのが誰かは分らないが間違い無く藤岡さんの親族の誰かなのは間違い無いだろう。


「ご家族の方ですか?」


 そう尋ねる僕に、藤岡さんは肯きを返しながら口を開く。


「ええ、私の孫の1人です。最後に会ったのは魔物が世界に溢れる前なので約4年程前になりますか・・・・・・最後に会ったのは12の誕生日の時なので、今は16になっているはずですよ」


 そう語る藤岡さんの顔は、今までの多くの人々を導く責任有る大人の顔では無く、孫の無事を喜ぶ1人の老人の顔だった。


「だったら、余計やる気を出して頑張らないとね」


 珍しく優しい言葉を掛けるアヤメに、藤岡さんは「ええ、そうですね」と力強い返事を返しながら、再び表情を引き締めて皇居のある方面へと視線を向ける。


「さあ、先を急ぎましょう」


 そう藤岡さんが告げたところで僕も再び視線を戻し、その後は無言で足早に皇居に向かって僕らは歩き続けた。

 途中、アヤメに天城さんの様子も探ってもらい、2人が順調に囚われている人々の避難誘導を始めた事を確認したりしながら僕らはやっと皇居前広場まで辿り着く。

 そして、直ぐ目の前に敵の本拠地を見据えながらも、不自然なほど静かな雰囲気により一層警戒を深めながら口を開いた。


「それでは、アヤメが皇居内に悪魔を召喚したのに合わせて藤岡さんが神器を解放。その後魔力で強化した脚力であそこの門を飛び越えるって段取りで良いですね?」


「ええ、問題ありません。しかし、この光景は事前に『八咫鏡』が見せてくれていたので知っていたことでは有るのですが、まさか本当に坂下門の前に見張りの1人もいないとは驚きました」


「まあ、この感じからするにそのジャスティスってやつはボク達の存在にとっくに気付いてるみたいだし、そいつがいれば他の雑魚が見張りに立つ必要なって一切無いんでしょ」


 そう告げながら、アヤメは集中するように瞳を閉じると口を噤み、暫くの沈黙を挟んで目を開ける。


「うん、この感じは間違い無く、そのジャスティスってのに今の他に力を裂いている状態のボクでは勝てないね。でも、とりあえずは他の雑魚がいる位置は把握出来たからその近くに悪魔を召喚するね。だけど、召喚が完了するまでに5分くらい掛かるからその間はお願い」


 アヤメはそれだけ告げると再び瞳を閉じて集中を始める。

 そのため、僕は直ぐに『アイギス』を展開し、『憤怒』の力を武装化で手甲と足具として纏う事で戦闘準備を完了し、アヤメを守るようにその前に出る。


「私には響史君達のように敵の強さを感じ取る事が出来ないで分りませんが、ジャスティスと言う男はそれほど危険は存在なのですか?」


「ええ、間違い無く。直接顔を合わせている訳では無いのではっきりとは分りませんが、僕も全力でやらなきゃマズいかも知れない相手ですね」


 そう語りながら、僕は皇居の奥へと視線を向ける。

 そこには、離れた位置に要るにも関わらずピリピリと肌に感じるほどの強烈な魔力の残滓が漂っていた。

 それに、僕の魔眼が捕えるその残滓の色は明らかに僕ら『原罪』の適合者、『アーマゲドン』由来の魔力を持つ者特有の赤黒い輝きを放っていた。


(この感じる魔力、僕らと同じ『アーマゲドン』由来で有るのは間違い無いけど何かが僕達のそれとは違う気がする)


 その違いが何で有るのかははっきりと言葉には出来ないが、強いて言うなら魔力の奥に見える神器の揺らぎが僕らの物とは異なるように感じる。

 確かに神器の揺らぎに似てはいるのだが、何か異質の異なる何かが根底にあるような感覚。

 そんな得体の知れない不気味な感覚が消えないのだ。


「・・・・・・気を付けて下さい。私が見た未来の通りならば、アヤメさんの合図で私が走り出したと同時にジャスティスが出て来ます。そして、そのまま真っ直ぐアヤメさんを殺そうとして来るので、『アイギス』を展開したまま決してその位置から動かないで下さい」


「分りました!」


 僕がそう返事を返した直後、突如皇居内に見知ったアヤメの魔力が数カ所同時に出現する。

 そして、その直ぐ後に僕の後ろから「今!」と言うアヤメの合図の言葉が響き、同時に藤岡さんが走り出す。


(さあ、来い!)


 そう身構えた直後、皇居から光の柱がこちらへと伸びてきて、そのまま目の前に展開していた『アイギス』の守りごと僕らの姿を飲み込んだのだった。

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