第11話 東京奪還作戦③

 天城さんと獅童さんを途中で下ろし、敵に気付かれない程度の位置で運転手として付いて来てもらった自衛隊のおじさんに装甲車と共に隠れてもらったところで僕らは皇居前広場を目指して歩き始める。

 やはり、普段から【デスペラード】のメンバーが定期的に魔物の駆除を行っているため、東京都内は何処もボロボロの廃墟のような状態になっていても魔物の姿を見かけることは無かった。

 しかし、同時に人の姿も一切見ることが無く、かつて様々な人で溢れた首都の面影を一切感じ取る事が出来ない程、まるでゴーストタウンのような有様になってしまっていた。


「それにしても、人も魔物もいないからって見張りとか警備の人員もいないって不用心過ぎない?」


「まあ、【デスペラード】の構成員数がそこまでいないんだし、拠点を守るので精一杯なんじゃ無いかな」


「それでも、フジオカやタカシロ達の話しでは労働力として使われている人達が大きなホールとかに集められてるんでしょ? だったら、集団で脱走された時のために周辺の見張りにある程度の人員を割いても良さそうに思うけど」


「確かにアヤメさんの疑問はご尤もではあるのです、結局捕まっている都民は全員力を持たないただの人間です。もしも【デスペラード】の支配を苦痛に感じて逃げ出したとしても、結局逃げた先には魔物の跋扈する危険な世界が待っているだけですので、生きるためには力有るものに従わざる得ない状況なのですよ」


「インターネットとかもまともに使えないこの状況じゃ、僕達のように常人と魔人が共存する集落があるなんて事もなかなか知りようが無いですし、そんな状態で危険を冒してまで逃げ出そうとは普通思わないでしょうからね」


 そんな会話を交しながら比較的大きな道を歩いていると、不意に多くの人の気配を感じるポイントがある事に気付き、僕らは一度足を止める。

 そして、どうやらその地点に1人だけ魔力を持った魔人の気配も感じる事にも気付く。


「どうやら、暫く行った所に多くの人が囚われている施設があるみたいですね」


「ふむ・・・・・・それは大体どの辺りでしょうか?」


 藤岡さんに問われ、僕は気配のする方向を指指しながら口を開く。


「あっち側ですね。大体ここから・・・2、300メートルと言った感じでしょうか」


「それに、その地点から暫く行った先に大きな魔力の気配を感じるから、その施設は目的の皇居、って場所の近くみたいだね」


「なるほど。でしたら、おそらく東京駅やその周辺施設に多くの人が囚われているのでしょう」


「駅、ですか」


 正直、こんな世界になる前の僕は駅などほとんど訪れたことが無かった。

 そもそも、僕が住んでいた町には電車など通っていなかったのだし、遠出する時の移動手段など専ら親の運転する車だったのだ。

 それに、こんな世界になってからは最初の魔物の襲撃の際に人々が避難のために集中していた影響か、駅やバスターミナルと言った交通手段が集中する場所は魔物に襲われて廃墟になってしまっていたため、実際にどう言った場所なのかをこの目で見たことは一度も無かったりする。


「どうします? 先に寄って囚われている人々を解放して行きますか?」


「そうですね・・・・・・しかし、大事な戦いの前に響史君を疲弊させるのは得策とは思えませんが・・・・・・」


「そう言う事ならボクがやろうか? どうせ、そのジャスティスってやつとの戦いはサポートに徹するつもりだったし、そもそも既に何体か使っちゃってるし」


「でも、魔力の気配がする位置に他に5人ぐらい人の気配が有るから、慎重に行った方が良いじゃ無い?」


 現在、僕が感じ取っている魔力の気配は1人分では有るものの、その気配と重なるように5つの生命反応を感じる。

 しかも、魔力の気配を纏っている者以外から感じる気配は弱々しく、かなり弱っている事が窺えた。


「とりあえず、偵察のために気配がする位置に悪魔の部分召喚をやってみるよ」


 そう告げたアヤメに、僕は直ぐさま口を開く。


「でもそれって、普通に召喚するのに比べて大幅に魔力を消耗するんだろ? それに、どうしても召喚までに時間が掛かるから敵に察知される危険性も高いし」


「大丈夫。偵察のために目玉しか呼ばないし、この程度の雑魚なら気付けないと思うから」


 リヴァイさんの厳しい特訓により、アヤメは《アスモデウス》の悪魔の遠隔及び部分召喚が可能となっていた。

 その効果は、ある程度の座標を指定することで視界の届かない遠距離に悪魔を召喚出来、それも全身で無く目や耳と言った特定の部位だけ召喚が可能となったのだ。


「さあ、それじゃあいったい何をしているのか確認――」


 そう呟いたところで、突如アヤメの表情が凍り付く。


「アヤメ?」


 不安になり、僕はそっとアヤメに声を掛けるものの、その表情をピクリとも動かずに凍り付いたまま暫く無言が続く。

 そして、どれ程その無言の状態が続いただろうか。

 おそらく2分程度だったと思うのだが、突如アヤメは不機嫌そうな表情を浮かべ、ボソリと「魔人の男はもう殺した」と呟く。


「え!? ちょっと待って、決断が早くない!?」


 慌てて気配を探ると、確かに感じていた魔力の気配が消えている。


「それと、あの子達を守るために、今召喚している1体はあそこに置いてくから」


「えっ? いや、それは良いんだけど、いったいそこで何が――」


「別にキョージは知る必要ないでしょ!」


 何故かキレられた。

 その突然の事態に対応出来ないでいると、横にいた藤岡さんが神妙な面持ちを浮かべながらも口を開く。


「・・・・・・一応確認しますが、その保護した5人は女の子ですか? それとも、若しかして男性もいましたか?」


「・・・・・・全員私ぐらいの女の子だった」


「・・・・・・そうですか。では、この作戦が終了した後はキチンとケアの出来る環境を用意する必要があるでしょうね」


「お願い」


 2人の会話を聞きながら、どうやら藤岡さんにはアヤメが何を見たかを察する事が出来たのだと理解する。

 しかし、僕にはいったいアヤメが何を目撃してここまで怒りを滲ませているのかが想像がつかない。


(敵は魔人の男で、アヤメと年の変わらない程度の女の子が5人・・・・・・まさか!)


 そして、漸く僕もある可能性に思い至って口を開く。


「ごめん、僕にもやっと察しがついたよ」


「キョージ・・・・・・」


「傷を負ったり、命の危険性は大丈夫なの?」


「今のとこはとりあえず大丈夫。でも、中には酷く打たれたのか痣だらけの子や、火傷の跡がある子もいるから回復するのに暫く時間が掛かるかも」


「そうか・・・・・・ただ、体の傷よりも心の傷を癒やすまでが大変だろうね」


 おそらく、アヤメは魔人の男がその少女達に肉体的苦痛を与えている場面を目撃してしまったのだろう。

 今までの魔人による支配地域を開放する時にも、幾度となく力有る魔人が力の無い子供や女性、老人などに拷問やゲームと称して暴力を振るっていたのだと聞いた事が有る。

 実際にその現場を見た事は無いものの、その暴力によって命を落としたり体の一部を失ったのだという人達やその家族には何人も出会ってきた。

 そうした人々は一様に心に深い傷を負い、他人と関わるのを極端に恐れるようになってしまった人も少なくない。


「そうだね。それに、下手すると妊娠している可能性も――」


 そして、予想外のアヤメの言葉に僕はつい疑問の言葉を漏らしてしまう。


「え? 妊娠!? なんで?」


「えっ? なんでって・・・・・・なんで?」


「だって、妊娠って女性が子供を授かるって事でしょ? それって、愛し合った男女が思いを通わせる事で神様から授かるってお父さんが言ってたけど、今の状況で関係無いよね?」


 だって、今の話しの中に『愛し合った男女』なんて一切出てこない。

 出て来たのは力で女性を傷付けた最低な男と、被害者になったか弱い女性だけだったのだから。


「・・・・・・キョージ、それ、本気で言ってるの?」


「え? ええ? なんか僕、おかしな事言った!?」


 僕は混乱しながら、助けを求めるように藤岡さんに視線を向ける。

 しかし、藤岡さんは苦笑いを浮かべるだけでこちらに助け船を寄越してくれる気配は無かった。


「うん、良く分った。今までボクがキョージと一緒に寝ても、全然そう言う気配を見せなかったのは、ボクの事を家族だと思ってそう言う気を起こさ無いようにしてたんじゃ無くて、只単純にそう言った知識が無かっただけなんだね」


 そう言いながら、何故かアヤメはズカズカと僕の方に向かって歩み寄ってきて、右手を上げると背伸びしながら僕のおでこに触れる。


「流石に14にもなってその認識はマズいから、特別にボクがどうやって子供が出来るのかキョージに教えてあげる」


 そう告げるアヤメの顔には笑顔が浮かんでいたが、何故か僕はその笑顔の裏に不気味な寒気を感じてしまう。


「え!? いや、今は別に――」


「遠慮しなくて良いよ。ボクの『聖杯カリス』の力でキョージの頭に直接だけだから、一瞬で終わる」


「いや、でもそんなの、この作戦が終わった後だって――」


 そう抗議の言葉を上げる僕を無視しして、アヤメは『聖杯カリス』の魔力を解き放つ。

 その瞬間、僕の脳内には衝撃的な映像が流れ込んできて、知りたくも無かった生命の神秘についての知識を強制的に学ばされる事となるのだった。

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