第7話 『八咫鏡』

「藤岡さんが持つという神器、『八咫鏡』について詳しく教えて貰えませんか?」


 思い切ってそう尋ねた僕に、藤岡さんはすんなり「ええ、よろしいですよ」と首を縦に振ると、ゆっくりとした口調で『八咫鏡』の特性について語り出す。


「先ず、この神器の特性は先程もお話ししたように特定の未来を覗くことが出来ると言うものです。しかし、どのタイミングでどんな未来が見えるのかは私の意思では制御出来ませんので、そこまで便利な物でも無いんですよ」


「未来が見えるって、いったいどんな感じに見えるもんなの?」


「それは、突然まるで過去にそれを経験したかのように頭の中に記憶が浮かんでくるんですよ。ですから、神器を手に入れた当初はそれが『八咫鏡』が見せる未来の光景なのか、それとも本当にあった記憶なのか混乱してしまって大変でした」


 アヤメの問いに藤岡さんは笑いながらそう語ったが、突如として自分の記憶に知らない記憶が浮かんでくるなど相当気持ち悪かったに違いない。


「私からも質問を宜しいでしょうか?」


 そして、おそらく藤岡さんに神器の存在を今まで教えられていなかったで有ろう天城さんも僕らに混じって声を上げる。


「良いですよ」


「藤岡さんがその力に気付いたのは、いったい何時の事なんですか?」


 そう尋ねる天城さんの表情は険しく、何故か少し怒っているようにも感じられた。


「私がこの力に気付いたのは10年ほど前の事ですかね。その時私は、それから数年後の遠くない未来に今の世界が滅び、今のような混沌とした世の中が訪れることを知りました。だから、そのような世界でも私達が平和な世界を取り戻すための活動が出来るよう、この政府施設や魔力に関する研究施設を密かに準備しておいたのです」


 その藤岡さんの言葉が終わった時、天城さんの顔には明らかに怒りの色が浮かんでいた。


「では、藤岡さんは多くの国民の命が危機に曝されるのを知っていて、それを公表しようともせず黙って見ていた、と?」


「ええ、そうです」


「藤岡さんにはあの日、日本が、世界がこうなってしまう事も知っていたんですよね!? だからあの日、私と獅童さんを連れて岡山の研究施設に向かったのも、あそこが魔物の襲撃を受けないことを知っていたからだと!?」


「ええ、間違い有りません」


 藤岡さんが落ち着いた口調でそう答えた瞬間、天城さんは勢いよく机に拳を叩き付け、感情のままに声を張り上げる。


「何故です!! あの時・・・あの時その事を教えてくれていれば、私の兄は死なずに済んだかも知れないのに!! 」


「天城・・・・・・」


 顔を真っ赤にしながら感情のままに言葉を発する天城さんに、獅童さんは同情と寂しさの籠もった視線を向けながら言葉を漏らす。

 正直、事情を知らない僕にとっては非常に気まずい雰囲気になっており、迂闊に言葉を掛けることすら憚られる。

 だが、そんな雰囲気もお構いなしに、あえて空気も読まずにアヤメは気怠げな口調で言葉を挟む。


「出来ないんでしょ?」


「・・・・・・なに?」


「だから、その未来を変えると更に不都合な未来が待ってるから出来ないんでしょ、って言ってるの」


 ため息をつきながらアヤメはそう告げると、チラリと藤岡さんの顔色を窺うような視線を向ける。

 だが、藤岡さんは穏やかな笑みを浮かべただけで言葉を発する事は無かった。


「口を開かない、って事はボクの推測が合ってると考えて話すけど、おそらくその『八咫鏡』が見せるある時点の記憶って、それを知ったことでフジオカが未来を変えようとするとその結果によって記憶も変わるんじゃ無い?」


「ええ、アヤメさんの推測通りです。もしあの日、これからの日本に降りかかる厄災を誰かに話していれば、天城さんのお兄さんだけで無くもっと多くの命が犠牲になる未来に変わっていました」


 アヤメの仮説に、漸く藤岡さんが肯定の言葉を発すると、今まで頭に血が上っていた天城さんの表情に多少落ち着きが戻った。

 そして、それを見たアヤメは更に口を開く。


「因みに、あえて激昂するタカシロに言葉を返さずボクに答えさせたのも、自分が説明することでタカシロがより感情的になって話しが拗れるのを知ってたから、部外者で有るボクに説明させたんだよね?」


 そのアヤメの推測に、藤岡さんは言葉を返すことは無かったものの、その穏やかな笑みからアヤメの推測は正しいのだろうと感じ取れた。


「・・・・・・納得が出来たわけではありませんが、この未来が最善であったと言う言葉は信じます。・・・・・・今までも藤岡さんには散々助けられて来ましたし、この施設にこれだけの生存者が残っているのも藤岡さんのおかげですから」


 天城さんはそう告げ、パシリと頬を軽く叩くと表情を引き締め、「しかし」と前置きを置いた上で再度言葉を続ける。


「それでは何故、事前に魔物に対する対抗手段を準備していなかったのですか? それに、早い段階で響史君達のような強力な力を持つ存在を認識していたのならば、何故私が協力を仰ごうと提案するまで放置していたのです?」


 真っ直ぐな視線を向けながらそう語る天城さんに、藤岡さんも真っ直ぐな視線を返しながら口を開く。


「もし、あの日より早い段階で魔力の存在を政府で共有したところで、魔物に対抗する碌な研究も進まないままにその日を迎え、魔力研究の実験サンプルに使われた私は早い段階で命を落とす運命が決まっていました。確かに、私が死んだ後の未来は観測出来ませんのでその後に今よりも良い未来が有ったのかも知れませんが、その記憶では私が死ぬまでに東京は死都と化し、政府機能は崩壊していましたので避ける道を選んだのです。次に、響史君達に早い段階から接触を図った場合、響史君達は本来出会うはずだった仲間に出会うことが出来ず、海外から訪れた恐ろしい力の持ち主達に敗れ、その結果日本どころか世界の運命が絶望的な袋小路に陥ることが見えていたので出来なかったのですよ」


 確かに、藤岡さんが言うように早い段階で僕らが政府と協力関係になった場合、下手をすれば僕らはハワイ諸島に向かわず、メイリンやアダムに出会わずに終わった可能性は少なくない。

 そうなった場合、ドクター・ケイオスと同行していたメイリンや力と命を狙われていたアダムが今のように無事でいられたかは疑問が残るところだ。

 それに、ハワイ諸島に向かわないと言う事は今のようにリヴァイさんが肉体を得ることも無かったと言うことで、そうなればその後のリヴァイさんによる特訓も無かったと言うことなので、間違い無く今の自分よりもその未来での自分の方が大きく力が劣るに違いない。


「それに、響史君達との接触をこの時点まで避けたのにはもう一つ理由が有ります」


「もう一つですか?」


 藤岡さんの気になる言葉に、僕は思わず声を上げてしまう。


「ええ、そうです。実は、希にでは有るのですが『八咫鏡』は同時点で異なる複数の未来を観測する事が有るのです。そして、その全ての記憶で響史君達『原罪』の適合者との接触が有りました。だから私は、どのような結果が訪れるかはっきりと分らない未来を選択するよりも、より確実に多くを救う道が残された未来を選択してきたのです」


「つまり、今のタイミングで僕達と接触を図ったと言うことは、その不確かな未来に賭けなければならない程、今回の東京奪還作戦は重要な作戦になる、って事ですね」


「ええ。もし、今回の作戦に失敗すれば日本に未来は有りません。しかし、響史君達に頼った段階でこの作戦の結末も、その先に待つ未来も観測出来なくなってしまいましたが」


「まあ、ボク達みたいな強大な力を持つ者が未来の行く末に関わって来ると、『八咫鏡』の魔力に干渉してその精度が落ちるんだろうね。因みに、今の段階で見えてる未来はどんな感じなの?」


 そう尋ねるアヤメに、藤岡さんは初めて険しい表情を浮かべながら口を開く。


「今の私に見えているのは、皇居でジャスティスと名乗る強大な力を持った敵と戦うことになるところまでです。そして、その者の力は今の響史君達と同等かそれ以上である事も分っていますが、その力の詳細までは分りません」


 はたして、僕らと同等以上の力を持つというその『正義ジャスティス』と名乗る人物が、僕らの探す新たな仲間なのか、それともドクター・ケイオスに関わる新たな敵で有るのかは分らない。

 それでも、この東京奪還作戦は僕らが思っていた以上に過酷な作戦になるであろう事だけは確信出来るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る