第8話 作戦前夜

 ボクらがこの施設に辿り着いて数日、慌ただしく進められた作戦準備も大方終り、とうとう作戦決行が明日へと迫っていた。


 準備の間はボク達に余計な体力を使わせないよう、全て施設の大人達が進めてくれていたので久々にゆっくりと出来たのだが、普段こんなにゆったりと過ごすことも無かったので正直ちょっと退屈もしていた。

 そのため、こんな時でも自主鍛錬を怠らないキョージと分かれてボクは今日も適当に施設内をぶらつきながら、珍しい本などを見付けると『聖杯カリス』の力で瞬時に脳に記憶し、そこに記された小難しい論文や研究成果についての内容に思考を巡らせながら一日を過ごしていた。

 そうしている内に気が付いた時には夜になってしまっていたため、ボクは食堂に移動したのだが、どうやらまだキョージは戻っていないのか、それとも明日に備えて早めに夕食を済ませてしまったのかその姿を見つける事は出来なかった。


(キョージがいないんなら、ボクもさっさと夕ご飯を済ませて寝ちゃおうかな)


 そう判断を下し、軽めの夕食を済ませたボクは直ぐさま食堂をあとにし、自分に割り当てられた部屋へと足を向ける。

 だが、ある程度歩いたところでここ数日碌に体を動かしていないことからまだ眠れそうに無いと判断し、少し散歩をする事に決めて進路を変える。


 別に目的が有ったわけでは無いのだが、何処も明日の準備のために慌ただしく、下手に近付くと邪魔になりそうだったので自然と人気の無い場所を目指してボクは歩き続けた。

 そして気が付くと、いつの間にか見知らぬ通路へと辿り着いており、構わずにそこを進んでいると不意に地上まで辿り着くことになった。


(何だろう、ここ。外には出たけど、周りは高いフェンスで囲まれてるみたいだし、室内で出来ない実験を行うための屋外実験場とかかな? それとも、ある程度手入れされてるみたいだしただの庭とか?)


 そんな事を考えながら散策していると、不意にこの場所には先客が1人いることに気が付く。


(この魔力の感じ、あの『八咫鏡』を持ってるフジオカってお爺さんかな)


 そう判断すると、いったい何をしているのか興味を持ったボクはその気配がする方向へと足を向けた。

 そして、暫く歩いたところで目的の人物がベンチに腰掛け、ボンヤリと空を眺めている姿に遭遇する。


(わざわざベンチが置いてあるって事は、やっぱりここは庭として整備された場所なのかな)


 そんな事を考えていると、こちらの存在に気付いたフジオカはこちらに視線を移し、穏やかな笑みを浮かべながら口を開く。


「こんばんは、アヤメさん。こんな場所で会うとは奇遇ですね」


「こんばんは。少し眠気が来るまで散歩しようと思ったらここに辿り着いたんだけど、ここは何をする場所なの?」


「ここは、常に地下での生活を送ってストレスが溜まりすぎないよう、リフレッシュのために設置した庭園ですよ。もっとも、庭園と言うには些か殺風景に過ぎる気はしますがね」


「まあ、確かにね」


 フジオカの言葉に、疎らに花木が植えられただけの庭に視線を巡らせながら返事を返すと、そのままフジオカの隣に腰を下ろす。


「ところで、フジオカはこんなとこで1人何してたの?」


「明日はとうとう運命の一日ですから、どうにも落ち着かなくて・・・・・・。ですので、心を落ち着けるために星を見に来たのですよ」


 そう告げながら視線を上げるフジオカにつられ、ボクも自然と空へ視線を向ける。

 すると、今日は雲1つ無い晴天で有る影響か空には綺麗な星空が広がっていた。


「確かに、これだけの星空を見てれば少し心が落ち着くかもね」


 そうボソリと呟いたボクにフジオカは特に返事を返すことも無く、そのまま暫く2人並んで無言で星を眺め続けた。

 そして、そんな時間が数分続いたところでボクは唐突に口を開く。


「この間言ってた、この先の未来が一切見えないって嘘だよね?」


「・・・・・・少し私が言ったニュアンスと違う気もしますが、何故そのように思ったのですか?」


 お互い会話を交しているが、2人とも視線を空に向けたままでまるで独り言のように言葉を発しながら会話を続けていた。


「ボクがここに来るのを知っていて待ってたよね? だって、ボクが来ても驚かなかったし、ボクが座れるようにわざわざ隣にスペースまで空けてたし」


「おや、これはあまりにも露骨にやり過ぎてしまいましたかね」


「そんな事言って、どうせこうなることも事前に見えてたんでしょ?」


 そう言いながらボクが漸くフジオカの方に視線を向けると、同じくフジオカもボクの方へ視線を移しながら口を開く。


「確かに、この先の未来が見えないと言う言葉には語弊が有りますが、どのような未来になるかがはっきりとしないと言う意味では変わりませんよ」


「それは、この作戦の結末として予測される未来が複数有るって事?」


「いいえ、この作戦の結末については言ったようにどのような結果が待つのかは完全に見通せません。ですが、それより先の未来については断片的に見える部分もある、と言うことです」


「この作戦より先の未来? それは、どの時点での記憶なの?」


 ボクの問いに、何故かフジオカは少し悲しそうな表情を浮かべながら口を開く。


「先に謝らないといけませんが、先日説明した中でもう一つ嘘をついた部分があります」


「嘘?」


「私が死んだ未来はその後を観測出来ないと言いましたが、あの表現は正しく有りません。正確には、私が死んで『八咫鏡』を次に継承する者が現れない場合の未来は観測出来ない、と言うのが正しいのです」


 そのフジオカの言葉で、いったい何を言おうとしているのかを大体察する。


「つまり、フジオカが見えているのはここからずっと先の未来、フジオカが死んだあとの『八咫鏡』を継承した誰かが見ている景色って事だよね?」


「そう言う事です。もっとも、それも起こりうる未来の可能性の1つに過ぎず、確定された未来と言うわけでは無いのですが」


「・・・・・・それで? わざわざボクにこんな話しをするって事は、それはボクに関わる話しなんだよね?」


「ええ、そうです。もっとも、現時点から考えれば話しなので、この作戦がどうなった故の未来なのかまでは分りませんが」


「って事は、やっぱりボクはそんな先の未来でもんだ」


 ため息を吐きながら告げるボクに、フジオカは真剣な表情を浮かべながら問いを発する。


「いったい貴女は何者なのですか? 響史君と貴女は確かに同じ力を有しているのでしょう。しかし、その存在は大きく違うものなのですよね?」


「まあね。ボクは正しく人間じゃ無いからね」


 そう告げたあと、ボクは視線を空へと向けながら言葉を続ける。


「シショーが言うには、元々『アーマゲドン』により作り出されたママには人間らしい生殖能力なんて備わっていなかったんだって。だって、ママは人間の形を真似して作られただけの人類を滅ぼす兵器だったんだから、使命を終えた後の種の存続なんて考える必要が無かったんだしね。だけど、人間の感情を理解すると言う目的で感情を与えられたママはパパに恋をして、自分が持つ『聖杯カリス』と自分のモデルになった人間の魂を元に、無理矢理ボクを身籠もったらしいんだ」


 そこまで語ったところで言葉を切り、視線を足下に向けながらボクは言葉を続ける。


「そして、ママが持っていた『色欲アスモデウス』と『聖杯カリス』を引き継いだ事に加えて、本来人間には不可能な世界を渡るという経験を重ねたことで本格的に人間の枠を外れちゃったらしいんだ。まあ、シショーも人間の枠から外れた存在ではあるんだけど、それでもボクとはまた違った存在なんだよね」


 最後に大きなため息を吐いた後、ボクは真剣な表情を浮かべながらフジオカへと視線を向ける。


「それで、フジオカが見た可能性の世界でボクはどんな感じだったの?」


「・・・・・・これは昨夜見たばかりの未来では有るのですが、その中の貴女は今の貴女からは想像の付かないような、非常に冷たい冷め切った目をしていました。そして、私と同じ藤岡の姓を持つ少年と死闘を繰り広げていました」


 神妙な面持ちでそう語るフジオカに、ボクはため息混じりに「そっか」と簡単な言葉を返すと、そのままベンチから立ち上がった。


「教えてくれてありがと。とりあえず、そんな未来に辿り着かないように明日の作戦を成功させなきゃね。でも、未来の記憶に同じ姓の人物が出てくるって事はフジオカって子供がいるの?」


「ええ、孫までいますよ。もっとも、全員東京都内に取り残されたままなので安否は不明ですが」


「そっか・・・・・・でも、未来の景色に子孫がいるんならきっと無事なんだろうね」


「そう祈るばかりですね」


 そのフジオカの言葉を最後に、ボクは軽く手を振って別れの挨拶をするとその場をあとにする。

 だが、先程の話しのせいでボクの足取りは非常に重かった。


(結局、シショーが体を得たことでボクは自由になって、好きに生きることを考えて出した答えはキョージに付いて行くことだった。きっと、キョージならボクと同じような存在になってでもボクの側にいてくれると信じたから。・・・・・・ママにとってのパパのような存在になってくれると思ったから。でも、未来のボクは・・・・・・)


 そこまで思考を巡らしたところで、ボクは強く首を左右に振りながら不吉な思考を頭から振り払う。


(ううん、絶対そんな未来にさせない! そのためにも、明日の作戦では全力でキョージを守ってみせる!)


 そう決意を固めながら、ボクは早めに休息を取るために自室へと向かって行くのだった。

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