第5話 空の旅

 次の日、僕らは直ぐさま支度を調えると天城さん達を伴って空港までやって来ていた。


「ええと・・・・・・言われるままに付いて来たが、ここにはどう言った用で?」


「タカシロ達の拠点が有る群馬まで行くのに、徒歩で移動してたら時間がかかるから飛行機を調達しようと思って」


 不安げに尋ねる天城さんにアヤメはなんて事無いようにあっさりとそう告げる。


「空には危険な魔物も多く、飛行機を飛ばすのは難しいと聞いているが?」


「そもそも、お前達は飛行機を操縦出来るようには見えないが・・・・・・」


 そう言葉にしたのは、昨日天城さんと一緒にいた2人の自衛隊のおじさんだった。


「え? 勿論ボク達は操縦なんてしないよ」


「いや、そう言われても我々の中にも飛行機を操縦出来る者などは――」


「ああ、別に天城さん達に操縦をお願いするわけでも有りませんよ」


 慌てたようにそう告げる天城さんに、僕は笑顔を浮かべながら否定の言葉を返した。


「それではいったい、どうすると言うんだい?」


「比較的損傷の少ない飛行機の残骸を見付けて、それとボクの悪魔を融合させて飛んでもらうだけ」


 アヤメの答えに、天城さん達は一様に良く分らないと言った感じの疑問の表情を浮かべる。


「まあ、こればっかりは実際に見てもらった方が早そうですね」


 だから、僕は苦笑いを浮かべながらもそう告げると、手頃な大きさの飛行機が何処かに無いかアヤメと共に視線を巡らせた。


 そうして探し回る事10分。

 適当な大きさの飛行機は見つからなかったが、アヤメの「最悪、タカシロ達が乗れるスペース分無傷なら良いか」と言う妥協の言葉を受け、魔物襲撃を受けた影響か半分から折れているジャンボジェット機の残骸の前で足を止めた。


「いったい、この残骸をどうする気だい?」


「こうする」


 不安そうに尋ねる天城さんに、アヤメは簡潔にそれだけ告げると《アスモデウス》の力を限定的に解放し、1体の悪魔を呼び出す。

 そして、その呼び出した悪魔に「これをお願い」と命令を出すと、その悪魔の姿はまるで泥のように溶け、やがてその黒い泥が目の前のジャンボジェット機の残骸を飲み込んでしまった。

 その後、呆気にとられて言葉を失う天城さん達の目の前でその黒い泥は少しずつ固まり、やがてその姿は先程飲み込んだジャンボジェット機を3分1くらいの大きさに縮めた物へと変じていた。


「さて、これでいいね。じゃあ乗ろっか」


 アヤメがそう告げた直後、搭乗口の扉が独りでに開き、そこから僕らの目の前に階段が伸びてくる。

 そして、そのままその階段を上り始めた僕とアヤメに続くように、天城さん達も不安げな表情を浮かべながらも階段を上り始めた。


「結構座席に余裕を持たせたんだね」


 機内に到着後、かなりの間隔を空けて設置されている座席を見ながら僕はアヤメに語り掛ける。


「今回、この人数を運ぶだけだからそんなに座席は要らないでしょ?」


「まあ、それもそうか」


 そんな会話を交しながらも、僕とアヤメは適当な責に腰を下ろしてシートベルトを着用する。

 だが、状況について行けて無いのか天城さん達は機内の入り口で動きを止め、機内のあちこちをキョロキョロと見回すだけでなかなか席に着こうとしなかった。


「早く座ってよ! じゃ無いと、何時までも出発出来ないじゃん」


 いい加減焦れったくなったのか、アヤメがそう急かした事で天城さん達も漸く我に返り、それぞれ用意された座席に着いてシートベルトを締める。

 そして、それを確認した瞬間に機体は動き出し、本来なら有り得ない挙動である垂直に向かって登り始めた。


「なっ!? いったい、何がどうなっているんだ!?」


「こんな動き、有り得ないだろ!」


 予想外の事態に戸惑う大人達に、アヤメはウンザリしたような口調で「うるさいなあ」と文句の言葉を口にする。

 だがそれだけ混乱が収まるはずも無いので、仕方なく僕が詳しい事を説明することにした。


「実はこれ、飛行機の素材を利用して形作られてるんですけど、今はアヤメが操る悪魔そのものになってるんですよ」


「それは、いったいどう言う意味だい?」


 僕の言葉に、全く意味が分らないと言った感じに天城さんが言葉を発する。


「要するに、人を乗せるために飛行機の素材を利用して、それと合体した悪魔が魔力で飛んでいる、って状態なんですけど、分りやすく言うなら客室を飛行機の形をした悪魔が抱えて飛んでいる状況、って感じですかね」


「なるほど・・・・・・まあ、本当は良く分ってはいないんだけど、要するにこれも君達の持つ不思議な力の一端、って事で解釈しとくと良いのかな?」


「そんな感じです」


 天城さんは今一釈然としない表情を浮かべてはいたものの、一応は納得してくれたらしい。

 まあ、僕らもどう言った理屈で魔力を使った飛行を可能としているのは実は良く分っていないので詳しい説明が出来ないのだが、アヤメがいったい何をやったのかだけはしっかりと把握している。


 先ず、最初に手頃な飛行機の残骸を探した理由だが、アヤメの召喚する72の悪魔は一応生物と同じ造をしており、そのまま悪魔の姿を飛行機に似せたところでその体内に人間を乗せて飛ぶなど到底出来ない。

 そのため、悪魔の持つ飛行能力を使って人員を運びたければ人間が乗れるスペースだけはきちんとした物を用意する必要が有ったのだ。


 次に、何故人を運ぶだけならバスや電車でも良さそうな物を、わざわざ飛行機を選んだかだが、それは単純に空を飛ぶからだ。

 今までの経験から、悪魔を乗り物(車や電車、飛行機など)に変身させた場合、その乗り物の用途に合った姿で無ければ魔力を行使出来無い事が判っている。

 僕らが飛行魔術を用いる時には『原罪』の力を解放して漆黒の翼を出現させなければならないのだが、これは『翼=空を飛ぶための物』と言う特徴に関連づけることで飛行魔術が行使可能になっているためでは無いかと考えおり、だからこそ魔力を飛行に使う場合は本来空を飛ぶために使われる飛行機を素材に使わないといけないのだ。


 最後に、何故取り込んだだけであるはずのジャンボジェット機の構造をアヤメ弄れているかについてだが、それについては『聖杯カリス』の力を使っているためだ。

 アヤメの持つ神器『聖杯カリス』は、対象とする物質の構造や性質を自由自在に変更することが出来る。

 そのため、一度悪魔の体内に取り込んだ飛行機の構造を弄ることなどアヤメにとっては朝飯前の事なのだ。

 因みにこの時、魔物が近寄ってこないように独特の魔力を発する効果を機体に付与しているため、この飛行機悪魔が他の魔物に襲われる危険性も排除してあるのだ。


「何というか、昨日の戦闘でも思ったが君達は私達が今まで見てきた魔人達とは比較にならない、規格外れの力を持っているんだな」


 若干疲れたような口調でそう語る天城さんに僕は苦笑いを浮かべながら口を開く。


「今は海外に出てますが、僕達よりも更に圧倒的な力を持った仲間が2人いるんですけどね」


「君達よりも!?」


「ええ。それに、僕ら『原罪』の適合者は全部で7人いるはずですし、同じような力は『原罪』意外にもあるのに加え、神器の所有者にいたっては僕ら以外にも17人はいるはずですから」


「はあ。・・・・・・何の力も持たない私にとっては、とても信じ難い話しだな」


 そんな、情報交換に近い会話を繰り広げながらも、穏やかな空の旅はゆっくりと流れていく。

 おそらく、魔物が蔓延る世界になってからまともに飛行機など飛んでいないだろうから、天城さん達にとってもどれ位振りかの空の旅は大きなトラブルも無く、目的地となる群馬に到着するまで順調に過ぎていったのだった。

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