第3話 突然の来訪者

 一日の訓練を終えた僕らは、その後食堂として利用している体育館へと移動して休憩を取っていた。

 そして、食事も終わってそろそろそれぞれが寝室として利用している教室に戻ろうとした時、その知らせは急遽もたらされた。


「すみません! ここに、翔琉達は来てませんか!?」


「ん? おーい、俺はここだぞ!」


 僕の斜め向かいに座っていた翔琉がそう答えると、体育館の入り口でそう声を上げた青年、眞人まさとがこちらへと急いで駆け寄ってきた。


「さっき、南側の見張り台に行ってたメンバーから無線が入ったんだけど、なんか迷彩服を着た複数の大人達が魔物に襲われてたって報告で、助けたいけど魔物の数が多すぎてどうにか救援を要請出来ないかって!」


 その言葉を聞いた瞬間、僕とアヤメは素早く視線を交して同時に肯きを返す。


「僕達が行きます。詳しい場所を教えて下さい」


「え? 響史さん達が行ってくれるんですか!?」


「まあ、ボク個人としてはどうでも良いんだけど、ここで見殺しにしたらキョージが凄い気にするからね」


 そんな僕らの答えに、眞人はお礼を述べると報告のあった場所を近くにある目印になりそうな地点も含めて詳しい情報を僕らに伝える。

 そして、必要な情報を得た僕らは直ぐさま体育館を飛び出したのだった。


 その後直ぐにグランドまで辿り着いた僕らは、『原罪』の力を部分的に解放して漆黒の翼を出現させる。

 そして、力一杯に地を蹴ると遙か上空まで飛び上がり、南側に視線を向けると先程教えてもらった目印などから対象となる地点を探していく。


「あそこじゃない?」


 そのアヤメの声に、僕はアヤメが指を指す方向へと視線を向ける。

 するとそちらから、大量の魔物の物と思われる微弱な魔力反応と数人の人間と思われる気配を感じ取る事が出来た。


「きっとそうだ! それに、何人か手傷を負っているのか感じる気配が弱い」


 そう告げながらも、一刻も早く救援に行かなければと背中の翼に魔力を回し、急ぎそちらを目指して飛び出した。


(ここからあそこまではざっと見て10km! だったら、1分で辿り着いて見せる!)


 そう心に強く決意を浮かべ、僕は出来うる限りの速度で空を駆ける。

 そうして、宣言通りの1分とは言わないまでも数十秒の遅れで辿り着くと、素早く現在の状況を分析する。


(どうやら中央のスーツの人を守って自衛隊の隊員が魔物と応戦してるみたいだ。でも、彼らが持っているのは普通の銃だし、今のところ魔物対する有効なダメージは一切与えられて無いってとこか)


 それだけ判断を下すと、僕は直ぐに彼らと魔物の間に立ち塞がるように地面へと降りる。

 すると、それと同時にアヤメも彼らを挟んで僕とは反対側へと降りた。


「な!? 君たちは!?」


「話しは後です! 先ずはこいつらを殲滅します!」


 そう告げながら、僕は目の前にいるサンドウルフの群れへと視線を向ける。


(こいつらは、本来ここら辺に生息する魔物じゃ無いな。って事は、この人達って徒歩で県境を超えようとして、その途中に縄張りを張ってたこいつらに襲われてここまで逃げて来たって事か)


 そう冷静に分析を行いながら、僕は『憤怒』の力を凝縮してガントレットとグリーブを生み出す。

 これが僕の身に付けた武装化で、こうすることで固有術式を開放した時ほどでは無いが身体能力を強化出来る。

 更に、強化の範囲を身体強化のみに押さえることで体や精神への負担を少なくし、長時間圧倒的な身体能力を得ることが出来るのだ。

 ただ、欠点として遠距離攻撃型の術式が使えなくはなるのだが。


「アヤメ! 僕が一気に数を減らすから、内漏らしたやつをどうにかして!」


「了解」


 そう告げた瞬間には僕の姿はそこには無かった。

 瞬時に戦闘に1匹と距離を詰めた僕は、直ぐさまその胴体目掛けて拳を突き出す。

 そして、僕の速さに対応の出来ないサンドウルフは無防備な胴体に僕の拳を受けるしか無かった。


(先ずは1匹!)


 拳を引いた時、未だ一秒にすら満たない刹那の時間しか過ぎていない事からサンドウルフには外傷は現れていない。

 それでも、その刹那の間に放たれた一撃を防ぐ術が無いので有ればこの段階で確実に死んでいる。

 そのため、僕は攻撃の結果を見ないままに次から次へとサンドウルフへと拳を放って回る。


 その作業を繰り返すこと63回。

 とりあえず僕の正面側に並んでいた全ての個体に拳を叩き込んだ僕は、漸く動きを止めて振り返る。


 瞬間、今まで一切の変化見せなかったサンドウルフ達の胴や顔にへこみが生じ、そのままベシャリと音を立てながら鮮血をまき散らした。


「何だ!」「何が!?」「今のはいったい!?」


 その光景を目の当たりにした自衛隊の皆さんが口々に驚きの声を発するが、その直後にアヤメが《アスモデウス》で悪魔を4体召喚したことで全員が言葉を失う。


「さて、今回は広範囲殲滅型に設定した子達の性能を試させてもらおうかな」


 そう告げながらも、アヤメが召喚した悪魔達はそれぞれに火、水、風、雷の魔術を発動し、僕の動線上にいなかった残りのサンドウルフ達を次々と屠っていく。


(ああ、どうやら今回の調整も上手く行ってるみたいだな)


 そんな事を考えながらも、僕までその魔術に巻き込まれないように素早く移動しながら悪魔達の攻撃範囲から離脱する。


 最近、アヤメは使役する72体の悪魔それぞれに固有の役割を振る事にハマっている。

 それは、接近戦が得意な個体、肉弾戦が得意な個体、武器を使った攻撃が得意な個体と言ったものから、炎の魔法が得意、水の魔法が得意などの魔法に関わるもの、更には同じ魔法でも対人戦に特化したものから今回のように殲滅戦に特化したものなどもあり、果てには掃除が得意、料理が得意などの何の役に立つのか良く分らないものまで様々な個体を生み出している。

 そして、本来同等の能力しか持たないはずの72の悪魔にそれぞれの役割を与えることで、戦場での戦略の幅が大きく広がってきたようにも思う。


 こうして、僕とアヤメの連携により戦闘開始から1分と経たずに100匹近くいたサンドウルフの群れは壊滅したのだった。


「大丈夫ですか?」


 全てが終わったところで、目の前の光景に呆気にとられている9人に僕は声を掛ける。

 その5人は全員が30~40と言った程度の大人の男性で、自衛隊のおじさんが8人にスーツを着た人が1人と言った編成だった。


(3人くらい怪我してるけど、この程度の傷だったらどうにかなるかな。と言うか、明らかに1人だけスーツのあの人がこのメンバーのリーダーだよな)


 声を掛けたものの、先程の衝撃から立ち直れずに放心状態の大人達を冷静に観察しながらそんな考察を進めていると、やはりと言うべきかスーツ姿のおじさんが一番最初に正気を取り戻して口を開く。


「ええと、すまない。危ないところを助けられたね。それにしても・・・・・・2人とも随分と強いんだね。見たところ、君は中学生か高校生と言った年齢だろ?」


「まあ、今年で15になる年なので、本来であれば中学ですね」


「それに、そちらの女の子なんかは――」


 そうスーツ姿のおじさんが口にした瞬間、嫌な予感が頭を過ぎる。


「まだ小学生くらいか?」


 瞬間、僕は必死に吹き出しそうになるのを堪えながら、明らかに不機嫌な表情に変わるアヤメから視線を逸らした。


「・・・・・・ボクもキョージと同じ歳なんだけど?」


「え!? でも――」


「お・な・じ・と・し・な・の!!」


「す、すまない」


 スーツ姿のおじさんがそう勘違いするのも無理は無い。

 確かに、個人差が有るので身長などは人によって大きく違うのだが、こんな世界になる前の女子小学生の高学年なら平均身長は150くらいあったはずだ。

 そして、140台の小学生は高学年では珍しくなっていたので、そのような勘違いをされてもおかしくは無いのだ。

 因み、僕の今の165と言う身長は年齢から考えるとほぼ平均身長程度である。


「ところで、おじさん達はいったい何者?」


 明らかに不機嫌な態度を隠そうともしないアヤメに、スーツ姿のおじさんは困ったような笑みを浮かべながらも口を開く。


「私の名前は天城恭平たかしろきょうへい。世界がこうなる前は国会議員をしていたんだが、テレビとかネットで顔ぐらい見たことは無いかい?」


「知らない。と言うより、国会議員って何?」


 スーツ姿のおじさん、天城さんの質問にアヤメは即答するが、僕の方は確かに『何処かで見た事あるような』程度の認識があったため、その原因が分って納得する。


(まあ、世界がこうなる前はアヤメは日本にいなかったし、特殊な環境下で生活してたから知っているはず無いんだけどね。だけど、いったいその国会議員の天城さんが何故このようなところにいるんだろ?)


 相変わらず困ったような表情を浮かべている天城さんを見ながら、僕はそんな事を考えていた。


 これが、次なる大きな戦いに僕らを誘う合図だと言う事も知らずに。

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