第2話 戦闘訓練
ボロボロの家屋が建ち並ぶ夕暮れ時の住宅街。
その中で僕はただ1人、瞳を閉じながら耳を澄ませて佇んでいた。
(こちらに向かってくる気配は・・・・・・4つか)
上手く気配を隠しているつもりなのだろうが、僅かに残る魔力の気配から僕は相手の数を把握すると、何時でも対処出来るように構えを取る。
そして瞼を開けた瞬間、僕の眼前には魔力によって生み出した炎と雷を拳に宿らせた青年が今にも殴りかかろうと飛び出していた。
「うん。魔力の制御はだいぶ上達してるね。けど――」
そのまま僕は一歩たりとも動かず、青年の進路を塞ぐように炎の壁を展開するとそのままクルリと後方を振り返る。
「あからさまな陽動に、行動がワンパターンになってるよ」
そう告げる僕の魔眼には、隠蔽魔術により姿を消した状態で鉄パイプを振り上げる2人の男女が写っていた。
2人の攻撃を難無く避け、その鉄パイプを軽く拳を振り抜くことで発生させた衝撃波で弾くと、そろそろ最後の1人が仕掛けてくることだと警戒する。
そして、その警戒通り少し離れた位置で強力な魔術の発動を察知すると、直ぐさまそちらへと視線を向ける。
そこには1人の少女が立っており、その手には弓矢が構えられていた。
そして、こちらに向けられた矢には眩い光が収束しており、その光が攻撃用の魔術を矢に付加したものである事を悟る。
(なるほど。制御が難しい遠距離攻撃用の魔術を使うんじゃ無くて、元々遠距離攻撃用の武器に魔力を付加させることで制御の難しさを克服したのか)
そう心の中で感心していると、やがてその矢は僕に向かって放たれる。
(まあ、『アイギス』を使えば簡単に防げるけど――)
そう考えながらも、僕は薄らと笑みを浮かべるとそのまま右の拳に炎を宿し、そのままあえて向かってくる矢の方へ駆け出す。
そして、僕と矢の距離が至近まで迫った段階で右腕を振り抜き、そのまま矢を殴り飛ばすように拳を叩き込んだ。
刹那、矢に込められた魔力と僕の拳に宿った炎がぶつかり、まるで辺りの闇を拭い去る程の閃光が溢れる。
だがその閃光が収まった時、その光の中心に立っていた僕にはかすり傷1つ付いてはいなかった。
「だいぶ連携が取れてきたね。欲を言えば、もう少し敵を足止めするために遠距離攻撃のバリエーションがあっても良いと思うけど」
閃光が収まり、先程の4人が僕の側までやって来たところで僕はそう笑顔で告げると、今まで僕と戦っていた4人が一斉に疲れた表情ながらも笑顔を見せる。
この4人は別に僕を襲ってきた敵と言うわけじゃ無い。
と言うより、この4人は僕らに協力してくれる仲間なのだ。
今回彼らの要望により、僕らは戦闘技術と魔力を扱う技術を教える講師としてこの鳥取を訪れていた。
そして、僕は彼らとこうした模擬戦を様々な地形で何度も繰り返すことで、チームの連携と強力な敵にチームプレーで対処するための技術を指導していたのだ。
「それにしても、やっぱり響史君は強いんだね」
4人の中で一番の年長者、先程僕に矢を射かけた
「それで手加減してんだろ?」
「神器、だっけか? あ~あ、俺らにもそんな秘密兵器があれば格好いいんだがな」
「それでも、
「それでも響史さんには敵いませんよ。私の強化魔術を掛けた鉄パイプもあっさり弾き飛ばされてしまいましたし」
「それでも、あの威力で放った拳圧で壊れませんでしたし、
そんな事を話しながら、僕らは並んで拠点としている高校が有る地点まで歩みを進める。
その話はたいて先程までの訓練を振り返った反省会と言った感じの内容だったが、途中にかかる橋を渡っているところで翔琉さんが「そう言えば」と新たな話題を振ってきた。
「もう一組はどうなったかな?」
「空港に行った拠点防衛訓練組?」
歩美さんの言葉に翔琉さんは「そうそう」と軽く返事を返すと、その隣で学さんが渋い顔をしながら口を開く。
「アヤメさんは容赦無いからなぁ。前の時、俺はアヤメさんの訓練に参加したんだけど、ボコボコにやられて2日は動けなかったからなぁ」
「それに昨日、夕食の時に
そう冗談っぽく美里さんは語るが、おそらくその予想は当たるだろう。
この約4年、アヤメは僕が初めて会った時からほとんど背が伸びていない。
僕らが初めて会ったのは11の時で、今は2人とも誕生日が来ていないため14、後数ヶ月で15になるのにも関わらず、だ。
なんでも、リヴァイさん曰くアヤメの背が伸びないのは所持する神器、『
因みに僕は、既に165まで身長を伸ばしているので後数年でせめてもう10センチくらいは欲しいところだ。
(でもアヤメも、腰のくびれとか胸の膨らみとか、最初の頃に比べて間違い無く女性らしい体つきにはなって来てるんだよな。・・・・・・まあ、本人には恥ずかしいから絶対言わないけど)
そんなこんなで雑談を交していると、やがて拠点としている高校の校舎が見えてくる。
4年前、世界に魔物が溢れた時にこの町は直ぐに魔物の襲撃を受けることは無かったものの、3ヶ月が経過した辺りでまるでカッパのような魔物が多く目撃されるようになったらしい。
そのため、池や川の近くにある建物は次々と魔物達により破壊され、そこに住んでいる人達が近くの学校施設などに避難してきたのだが、その頃には海から上がって来る魔物や空から襲って来る魔物により町全体に被害が拡大していたのだという。
そんな時、たまたま拠点としている高校に避難していた翔琉さんが魔人化を起こし、その魔力で魔物の襲撃を防いでくれたおかげでそこだけ被害を免れたのだ。
そして、幸いな事に同じく魔人化を起こした年上の幼馴染みである美里さんの擁護もあり、辛い目に遭うこと無く今まで無事に過ごすことが出来ていたらしい。
(それに今は、鳥取中からここに魔人化した人達が集まって、魔力を持たない人達とも協力して生活出来てるし、その中で2人がリーダー的な存在になってくれてるから安心出来るんだよな)
そんな事を考えながら学校の敷地に入ったところで、ふと見知った黒髪の少女が校舎の入り口でこちらの帰りを待っていることに気付き、4人と離れて声を掛けに行った。
「やあ、アヤメ! そっちも戻ってたんだ。」
「お疲れ、キョージ。こっちは開始後30分も保たずに拠点陥落だったよ。まったく、もう少し気合いを見せて欲しいよね」
頬を膨らませて愚痴をこぼすアヤメに、僕は苦笑いを浮かべながら問い掛ける。
「もしかして、拠点を攻めるために《アスモデウス》を使ったわけじゃ無いよね?」
「え? そんなの当たり前に使ったけど?」
その答えに僕は思わずため息を漏らす。
本来、魔人化を起こした人達が魔術を行使出来ると言っても、その出力はとても弱い場合が多い。
それこそ、訓練無しでは神器所持者であれば簡単に防げる程度の魔術しか行使出来ないケースがほとんどだし、それが僕ら『原罪』の適合者レベルになるとほぼ相手にならない。
そして、アヤメの持つ『色欲』の固有術式《アスモデウス》は72の悪魔を召喚して使役する術なのだが、その悪魔の1体1体の強さは固有術式を発動していない『原罪』適合者と同程度なのだ。
「まだここの皆には、アヤメの《アスモデウス》1体にすら太刀打ち出来るほどの魔力を保持している人は1人もいないからね」
「むぅ。でも、実戦ではいつ何時、強力な敵が襲ってくるか分らないんだよ? だったら、日頃から危機的状況に備えて準備しとかないと!」
「いや、それでもそれは今回の訓練の趣旨とはズレてるから」
「まあ、そうだけど」
そう答えながらも不満げな表情を浮かべるアヤメに、僕は苦笑いを浮かべながら『今度は僕がきちんと訓練をやり直してあげないとな』と密かに思いながら、少し離れた位置で僕らを待っていた4人と再び合流するのだった。
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