第6話 2人の実力

 暫く穏やかな航海が続いた後、僕らは目的としていたオアフ島の港へと到着していた。

 だが、完全に土地勘の無い僕らはGPSの誘導装置に従い、一先ず船を止めることが出来そうな港へ船を泊めたのだが、ここが島のどこら辺なのか、これから何処へ向かえば良いのかは完全に分からず、そこら辺の判断はメイリン頼りである。


「ふむ。地図の位置から考えればここはホノルル港だろうな。で有れば、ヒッカム空軍基地はここから北西に約5キロほどの地点に有ったはずだ。まあ、正直基地内部にも港は有るはず故、そちらに誘導されれば早かったのだが・・・・・・どちらにせよ、この有様では魔物との戦闘が最も激しかったであろう軍事拠点の港が生きている保証は無いか」


 そう告げながら、メイリンが視線を向けた先には廃墟が広がっていた。

 もはやそうなって相当の時間が経つのか、港から見える範囲に有る家々は尽く壊され、魔物を排除するために相当量の爆薬を使用したのか、彼方此方で地形が変わるほどのクレーターが穿たれていた。


「それに、この調子じゃここら辺に生き残りがいるとも思えないね」


「・・・・・・そうだね」


 アヤメの言葉に僕は相槌を打ちながら、街中に疎らに姿を確認出来る魔物へと視線を向ける。

 そこにいたのは二足歩行をするトカゲの魔物、ゲームとかではリザードマンとか呼ばれる種類で有り、それぞれに荒い造の鉄槍や混紡を手に街中を闊歩していた。

 また、中には人間の頭蓋骨らしきものをネックレスのように繋げ、首から下げている個体も見受けられる。


 この2年間、日本各地を回る中で様々な魔物と戦い、少しずつだが分かってきたことが有る。

 それは、人間に近い形をした魔物ほど高い知能を有し、高い知能を持つ生物ほど強力な魔力を有すると言うことが。

 単純に体が大きい魔物の方が力が強くて厄介である事は間違い無いが、それでも知能が高い魔物は武器や魔術、それに罠や戦術を用いてくる為に侮れない相手なのだ。


「先に告げたとおり、我は一切響史達の戦いに手を貸すつもりは無い。故に、あれらの障害を排除するのは全て任せるぞ」


 そうメイリンは告げると、腕を組んだまま僕らの次の行動を待つように自信に溢れた表情を浮かべていた。


「はあ。それじゃあとりあえず僕が――」


「待って」


 僕はため息をつきながら、今まで負担を掛けていたアヤメに更なる負担を掛けないようにそう切り出すが、予想外にその言葉をアヤメが遮る。


「先ずはボクの力を見せておく」


 そう言うと、アヤメは無防備にリザードマンが6体ほど集まっている地点へ特に走るでも無くゆっくりと歩み出る。

 しかし、どれだけ近付こうとそのリザードマンはまるでアヤメに気付いていないかのようにのんびりとした姿勢を崩すことが無い。


「ほう、幻術か。それに、上手く魔力を隠すものだな。まるで魔力を持っていいないかの如く見えるぞ!」


 感心したようにそう呟いたのはメイリンだった。

 確かにアヤメは幻術を使い、その姿をリザードマン達から見えないように偽装している。

 だが、本来で有ればどれだけ幻術で姿を隠した所で、知能の高い魔物相手では体から溢れ出る魔力で存在がバレてしまう。

 そのため、魔力操作で直前まで魔力を極小に押さえ、その極小の魔力でさえ察知される直前で一気に奇襲を掛けるのが幻術を使える術者の基本戦術と言っても良い戦い方だろう。


(だけど、アヤメの場合は違うんだよな。実際、


 そんな事を考えている間に、とうとうアヤメがリザードマン達の目と鼻の先まで辿り着く。

 そして、その段階でその異常に気付いたメイリンが驚きの声を上げた。


「バカな!? あの距離まで近付いて何故奴らは気付かん!」


「それは、今のアヤメは本当に魔力を全く放っていないからだよ」


「不可能だ! その状態でどうやって幻術を操っていると言うのだ!?」


 驚愕の表情を浮かべるメイリンに、僕は苦笑いを浮かべながら「僕も詳しくは分からないんだけど」と前置きした上で説明を行う。


「なんでも、神器なんかはこことは異なる世界からやって来たみたいなんだけど、その世界とこの世界では魔力の性質が若干異なるみたいなんだ。それでこの世界の魔力を扱う僕らはその異なる世界の魔力を観測する事は出来ないんだけど、アヤメは神器の力で自分の魔力をその世界の魔力に変換し、それと同時に魔力とは異なる力を得てるみたいなんだよね」


 僕の説明に、メイリンは絶句しながらも実際にそれ以外に説明が付かない事態が目の前で起こっている事でその事実を信じざる得ない。

 既にその未知の力で強化された脚力により2体のリザードマンを蹴り殺しているが、他の4体は未だにアヤメの姿を捉えられずにいた。


 因みに、その未知の力は『マナ』と言うらしいのだが、この力の使い方を教えたのはアヤメの中にいる魂だけの存在、こことは異なる世界からやって来た人物であるリヴィアさんなのだと言う。


 そうして5分ぐらい経った頃、全くの無傷で6体のリザードマンを瞬殺したアヤメは全く疲れを感じさせない余裕の足取りでこちらへと戻って来る。


「終わったよ」


「ご苦労様。大丈夫? 疲れてない?」


「あの程度の雑魚を相手にする程度で疲れるなんて有り得ないから」


 当然のことのようにそう告げるアヤメに、僕は苦笑いを浮かべながらも「まあ、アヤメならそうだろうね」と同意の言葉を返しておく。


「正直、我は2人の事を見くびっていたのやも知れぬな。まさかこれ程の実力を秘めているとは。因みに、あの術は我でも使うことは出来るのか?」


「無理だと思う。アレはボクの神器だから出来る戦術だしね。それに、幻術を使う戦術である以上あの程度の雑魚には有効だけど、一定以上の力を持つ相手、具体的には神器持ちとかの魔力耐性が高い相手には通用しないからそこまで便利な技でも無いしね」


「なるほど」


 その2人の会話を聞きながら、僕は心の中でアヤメの嘘に苦笑いを浮かべる。

 確かに、幻術を使う以上魔力耐性体勢の高い相手にはこの戦術は十全に機能はしない。

 それでも、それはだ。

 因みに、アヤメは神器の魔力に加えて『色欲』の魔力も持つため、実質この技が通用しないのは僕のように『原罪』の力を有し、それを開放している時だけと言う事になる訳なので、基本的にはどんな相手だろうとこの戦術が通用する事になるのだ。


「さて、それでは次は響史の番だな! アヤメがこの強さだ。勿論響史も劣らぬ実力を見せてくれるのだよな!」


 アヤメの適当な説明をキラキラとした瞳で聞いていたメイリンは、その話しに一通り満足したところで僕にそう振ってくる。


「キョージはボクよりもっと凄いよ。何と言っても、本来ボクの役目はサポーターでアタッカーはキョージの役目だし」


 そして、すかさずアヤメが僕のハードルを上げてくる。


「ほう! それは楽しみだな!」


 キラキラした瞳を向けてくるメイリンに、こうなれば半端な力を見せるわけにはいかないと観念した僕は、2人から少し離れると瞳を閉じる。


(まあ、とりあえず見た目が派手な技で誤魔化すか)


 そう決意した瞬間、僕を中心に半径1キロの範囲に向けて極小の魔力の波長をぶつける。


 広範囲索敵魔術『天眼てんがん』。


 効果は単純で、魔力の波長が捉えた魔物特有の魔力を捉え、半径1キロ圏内に存在する適正個体の把握を行うための術だ。

 因みに、魔力の特徴が魔物と人間、それと魔人では若干異なる事から誤って魔物以外を攻撃対象に捉えてしまうことは無い。


「とりあえず、36と言ったとこか」


 そう呟きながら僕は目を開けると、先程捉えた魔力へと極小の出力で魔力の糸を繋げる。


「先程の魔力波は索敵の為か? なれば、今展開した魔力の糸はいったい――」


 ブツブツと呟くメイリンを横目に、僕は新たな技を展開する。


「『雷神槍らいじんそう』!」


 瞬間、一瞬にして僕の周りの36本の雷の槍が出現する。


「なっ!?」


 驚きの声を上げるメイリンを無視しながら、僕は出現させた雷槍を先程作り出した魔力の糸、誘導線へとセットする。


「捌きの雷を、『審判の光ジャッジメント』!」


 その言葉を合図に、セットされた雷槍が一斉に発射される。

 刹那、僕を中心とした1キロ圏内で36本の雷の柱が天へと昇り、やがて静寂が訪れる。


「さあ、終わったよ」


 笑顔でそう告げる僕に、メイリンは言葉を無くして暫く間口をパクパクと開いたり閉じたりしながら、その瞳に溢れんばかりの好奇の光を浮かべているのだった。

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