第5話 穏やかな船旅

「とりあえず、響史達が情報を得たのが日本の米軍基地だと言うので有れば、先ず始めに目指すのはオアフ島、ホノルルにあるヒッカム空軍基地辺りで良いのでは無いか?」


 一時的な協力関係を結ぶことを決めた翌日、2人しかいないだだっ広い食堂の中、とりあえずは何処を目指して進めば良いか相談するとメイリンは迷い無くそう答える。


「どうせ他に当ては無いのだ。響史達の尋ね人の情報が米軍基地に有ったと言うのならば、その人物は軍に関係する人間なのだろ? で有れば、その関連施設を重点的に調べるのが一番現実的で有ろう」


「なるほど」


 感心しながらそう呟いたものの、本当にその人物が軍と関係するのかははっきりと分からないのだが、こちらの事情を詳しく話すわけにはいかないため、話しがややこしくならないように余計な事は言わないことに決めている。


 因みに、アヤメは結構短気な性格のため余計な事をうっかり言ったり余計な事をして『色欲アスモデウス』の力がバレないよう、未だにメイリンと直接接することを避けている。

 まあ、ハワイ諸島に上陸した後であれば嫌でも接することになるのだが、その時には『色欲アスモデウス』の力を解除しているため全力の魔力が使えるのでどうにかなるだろう。


「それにしても、本当に今後の方針を決めるという重要な議題で我と響史の2人で大丈夫なのか?」


 だが、やはりと言うかこの不審な状態に疑問を抱いたメイリンが疑問を口にする。


「問題無いよ。この船に乗ってる中で戦闘が出来るのは僕とアヤメだけだし、アヤメも今後の方針はこちらに一任するって言ってるし」


 これは別に嘘では無い、と言うよりこの船には僕とアヤメしか乗っていないのだから。

 だが、これだけ大きな軍艦をたったの2人で運行するなど本来なら不可能なため、一応非戦闘員の乗組員が乗っている事にしてある。

 因みに、僕らの説明に不信感を抱かせないために一応《アスモデウス》で召喚した悪魔達は人間に見えるように擬態している。

 何でも、アヤメ曰く72の悪魔達には全員その姿を変える機能が備わっているらしく、簡単な日常会話程度なら出来るので魔力を上手に隠せば大抵の相手には普通の人間だと誤認させることが可能らしい。


「だが、その戦闘員である2人が同時に船を離れれば、船に残った乗組員が魔物の脅威にさらされる事になるだろ? まさか見捨てるつもりではあるまい?」


「それも大丈夫。僕の神器は『アイギス』と言う守りの神器なんだけど、魔物避け程度の弱い出力のやつなら一度展開したら2,3日は持つから」


 これも別に嘘では無い。

 現に、魔人化した人々を匿うための隠れ里を開いた時、当初のまともに力を使える人が少なかった時期には『アイギス』を結界のように展開して里を守っていた時期もあったほどだ。

 だが、今回この船に残る人物は1人もいないので勿論ながらそんな面倒な細工をするつもりは毛頭無いのだが。


「ほう。『アイギス』と言えば、アテネの持つ災いを退ける絶対の守りか」


「え? ・・・・・・ええと、そう、なのかな?」


「オリュンポス十二神が一柱で有るアテネの盾。そしてかのペルセウスがメデューサを討伐する際に貸し与えられた盾だとも言われており、討ち取ったメデューサの首がはめ込まれたとも言われているはずだ。なれば、その盾には守りの力以外に対象を石化させる化物の呪いも備わっているのか?」


「ええと・・・・・・そう言う事も出来なくは無いけど、メイリンはこう言った知識にも詳しいんだね」


「なに。この程度は一般常識だ」


 胸を張ってメイリンはそう告げるが、決して一般常識では無いと思う。

 と言うより、何故別の世界から来たはずの神器の能力がこの世界の神話と一致するのだろうか?

 多少気にはなったものの、それをここで論じた所で答えなど出ないのだろうから余計な思考だと切り捨てる。

 と言うか、そう言った内容の論議を始めれば絶対にメイリンは止まらなくなる確信がある。


「ところで、その言い方だとやっぱりメイリンも神器を持ってるんだよね?」


「如何にも」


 やはりメイリンは魔人化したタイプで無く、神器の所有者だったのか。

 と言うことは、左目に常に魔眼が発現しているのは何かしらの理由で魔眼化が戻らなくなったのか、片目を隠している事から視界を制限することで片目に魔力を集中して魔眼化を維持しているのだろう。


「因みに、メイリンの神器はいったいどう言った物なの?」


 そう尋ねた僕に、何故かメイリンはニヤリと笑みを浮かべた後に口を開く。


「そう簡単に教えるわけが無かろう」


「ええっ!?」


「我が力の一端でも垣間見たければそれ相応の力を示すが良い。もっとも、守りの力ではそれも難しいかも知れぬがな」


 その言葉に、『『憤怒サタン』の力が有るから流石に僕が強いとは思うんだけどな』と納得いかない感情を覚えたものの、極力僕もアヤメも『原罪』の力を他人に知られないようにこの2年を過ごしてきたためメイリンにも余程のことが無い限り力を見せるつもりは無い。

 そのため、とりあえず僕は「そうかもね」と返事を返すに止めた。


「しかし・・・・・・なるほど」


 そして、何故かメイリンは何かを察したようにそう呟くとドヤ顔で言葉を発する。


「響史が守りの神器でこの船を守り、もう1人のアヤメが攻めの神器で外敵を排除する。そのため持ち場を離れられずに一向に姿を見せない、と言ったところか」


「えっ?」


 戸惑いの声を上げる僕に、メイリンはなおも得意気に「なに、図星だからとそう驚かずとも良い。我が慧眼の前ではこの程度の推察は容易い」などと言っている。


(アヤメの『聖杯カリス』には攻撃性能など皆無だから、守りも攻めも基本僕の担当なんだけどな・・・・・・まあ、いっか)


「ううん、全然違うから」


 とりあえず極力話しがややこしくなるのを避けるため、僕は否定の言葉を飲み込んだのだが、予想外に部屋の入り口から否定の声が聞こえてくる。


「アヤメ!?」


 そこには上陸まではメイリンとの接触を避ける方針で合意していたはずのアヤメの姿があった。


 この2年で僕の身長は10cmほど伸びたのに対し、全然身長の伸びていないアヤメは未だに140いかない小柄な体躯に、ツインテールに纏めた黒の長髪も合わさりとても幼く見える。

 だが、その小柄な体躯ながらも女性らしいメリハリは出てきており、顔付きも若干大人っぽくなっている事から最近は不思議な色気を感じるようになっている。


「どうしてここに?」


「不思議と魔物に全く遭遇しないし、このまま行けば明日の朝には問題無く目的地に着きそうだからちょっと休憩しようと思って」


 そう言いながらアヤメは僕の隣の席に腰を下ろすと、はっきりと考察を否定された事でショックを受けているメイリンに聞こえないように小声で囁きかけてくる。


「それに、シショーがそこの女から妙な魔力を感じるから気になるって」


「妙な魔力?」


「うん。でも直接見た今も良く分かんないみたい。ただ、これだけ魔物との遭遇がぴたりと止んだのもその魔力が原因かも知れないって」


「・・・・・・と言うことは、それがメイリンが持ってる神器の力、とか?」


「かもね」


 そう告げながら、アヤメは『聖杯カリス』を呼び出すとその中に収納していたお茶っ葉と急須、ポットに茶菓子を取り出して休憩を始める。

 そして、それを目にしたメイリンは暫く呆気にとられた表情を浮かべた後、勢いよく立ち上がると瞳をキラキラと輝かせながらアヤメへと身を乗り出すように問い掛ける。


「えっ!? 今の何! どうやったの!?」


「ボクの神器の能力」


「神器!? まさか、あの有名な四次元ポケットとか?」


「何それ?」


 そう問われた僕は、どう説明したものかと少し悩んだ後、こんな世界になる前に世界的に有名な某猫型ロボットと、その猫型ロボットが持つポケットの事を掻い摘まんで説明する。

 するとアヤメは、なんとメイリンに向かって「まあ、似たような物だよ」といい加減な答えを返してしまう。


「なんと! 神器にはそのような物も有るのか。」


 感心したように呟くメイリンに、僕は訂正の言葉を掛けるべきが少し悩んだものの、とりあえず勘違いさせとけばこちらの力の正体を誤魔化しやすいかと黙っておくことに決めた。


 その後、「もしかして、ポケットの中身も再現されている、とか!?」とテンションを上げるメイリンに、デタラメばっかりの答えを繰り返すアヤメの遣り取りを(絶対メイリンが思ったよりもポンコツなのを察して遊んでるな)と確信しながら見守る。


 こうして、ハワイ諸島に到着するまで全く魔物と遭遇する事無く、想像以上に穏やかな船旅を満喫するのだった。

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