断章

『ふう、流石に・・・キツいね』


 そう呟きながら、アタシは椅子へと深く腰を下ろす。

 アタシの名前はナナリー。

 元々はナナリア・ウル・オルフェリアと言う別の名を持っていたのだが、神器『アイギス』と魂を融合する際にその名は捨てた。


『それにしても、やはり『憤怒』の力は桁違いだね。まさか、あの短時間響史への浸食を防いだだけででここまでのダメージを受けるとは』


 そう愚痴を漏らしながら、アタシは屋敷の窓から外へと視線を向ける。

 だが、その窓の外には漆黒の闇が広がるばかりで、本来見えるはずの雪景色に彩られた人のいない町並みが見えることは無かった。


 今回のファブニールとの戦いにおいて、響史が『憤怒』の浸食により自我を喪失するような事態に陥らなかったのは、この短期間で相応の力を付けることが出来たわけでも、只単に運が良かったわけでも決して無い。

 それは単純な理由で、『アイギス』と同化しているアタシが本来響史の魂を蝕むはずだった『憤怒』の浸食によるダメージを肩代わりしただけなのだ。

 それでも響史の魂に全く被害が出なかったわけでは無いが、おそらく響史1人で『憤怒』の浸食を受け止めようとすれば、今回のようなほんの数秒程度の力の発現であっても間違い無くそのの精神は壊れ、廃人と化してしまうだろう。


『とりあえず、響史が旅を続けながら成長して行けば自ずと精神的にも強くなるだろうから、1人で浸食に耐えられるようになるまでアタシがなんとかするしか無いだろうね』


 ため息混じりにそう呟きながら、『まあ、それでもアタシがどうにか出来るのは一週間に数秒が限度ってとこだろうけどね』と更に深いため息を吐きながら呟き、不意に真剣な表情を浮かべると部屋の入り口へと視線を向け、険しい表情を浮かべながら言葉を紡ぐ。


『それで? いつからお前は他の神器の精神世界にもアクセス出来るようになったんだい?』


 その問い掛けに答えるようにドアが開くと、その先から腰まで届く青い髪をポニーテールに纏めた女性、リヴィアことリヴァイ・エルロンが姿を現す。


『まあ、何というかオレも特殊な存在になってきた、って事で納得してもらうしかないな』


 ニヤリと笑みを浮かべながらそう答えたリヴァイは、そのままズカズカと室内に侵入すると当たり前のようにテーブルを挟んでアタシの目の前にある椅子へと腰を下ろす。


『まあ、事前に聞いてはいたが・・・・・・本当にアンナと瓜二つの容姿に姿を変えてるんだね』


『ああ、我ながら女々しいとは思うが、あいつを忘れないようにオレが出来る事なんてこれぐらいだからな』


『ほんと、妙な所で一途だよな』


 そう苦笑いを浮かべながら告げるアタシに、リヴァイは不機嫌そうな表情を浮かべながら『どうでも良いだろ』と吐き捨て、軽くため息をついたところで表情を引き締めると再度口を開く。


『それで、今回オレがここに来た理由だが、お前には今後も2人の旅を助けるよう、この世界が元の姿に戻った後には響史を鍛えてるためにちょくちょくこの世界に招き入れて欲しいと思ってお願いに来た』


『まあ、元々協力するつもりだったからそれは構わないんだが・・・・・・1つ聞いて良いか?』


『何だ?』


『あのアヤメって少女、アレンとアリアの娘だと聞いたが暁斗の娘である彩芽の幼い頃と瓜二つな容姿なわけだが、いったいどう言った関係がある?』


 アタシの問いに、リヴァイは『まあ、お前ならそこを気にするよな』と諦めたように呟き、表情を引き締めながら言葉を続ける。


『アヤメは間違い無くアレンとアリアの子供だが、同時に記憶なんかは一切引き継いじゃいないがその魂は彩芽のものだ』


『つまり、彼女は彩芽の転生体だと?』


『そう言うこと』


 そう告げた後、リヴァイは暫くどう話したものかと考える素振りを見せ、やがて徐に口を開く。


『そもそも、本来ならどれだけ関係を持とうが『アーマゲドン』により疑似生命体として作られた存在であるアリアが子を成す、つまりはその身に新たな魂を宿すことなど本来は有り得ない。何故なら彼女は、輪廻の輪から外れた特殊な存在だからだ。だけどアリアはアレンと関係を持ったあの時、『色欲』の影響でアレンへの気持ちを抑えきれなくなっていた影響か2人の愛の証を残したいと強く願ってしまった、そして、その事が原因で自身が所有する『聖杯カリス』が勝手に反応し、その時に所有していた『レーヴァテイン』の中に囚われていた彩芽の魂を元に新たな命をその身に無理矢理宿した、ってな感じだ。ただ、勘違いが無いように言っておくが、あの子には彩芽の記憶は一切無いから同じ魂を有していると言っても完全な別人だからな』


『わかっている。と言うか、そこまで分かった上でなおお前は彼女にアヤメと名付けたんだよな?』


 呆れた口調で問い掛けるアタシに、リヴァイはにニヤリと笑みを浮かべながらも『まあな』と特に悪びれた感じも無く答えを返す。


『はあ。それで? お前はこれからどうするつもりだ?』


『とりあえず、何時までもこのままでいるわけにはいかないからな。一先ずはオレの肉体として相応しい器を見付けるところからだが、流石に生きてる他人の肉体を強引に奪う事は出来ないから、2人の旅の合間にぼちぼち考えるさ』


 軽い調子でそう告げるリヴァイにアタシは呆れたような笑みを返しながらも、姿は変わっても性格は昔と変わらないことに微かな安心感を覚える。


『アタシにもあんたぐらい才能が有れば、もう少し自由に動けたかも知れないね』


『何言ってんだ、あんたらしくも無い。それに、本来なら神器と同化した事で肉体を失った状態で、ここまでの自我を残してるだけでも相当なもんだからな』


『あんたに言われると今一褒められた気がしないね』


 まるで昔に、それこそ暁斗と共に魔王クロノスを討つべく旅をしていた頃に戻ったような感覚を覚えながらも暫くの間他愛の無い遣り取りを繰り返す。

 そうしてある程度時間が過ぎた頃、突如リヴァイは『そろそろ限界かな』と呟いたかと思えば、スッと椅子から立ち上がる。


『流石のオレも、無制限に他者の精神世界には留まれないからな。今回はこの辺で失礼させてもらうよ』


『ああ、久々にお前と話せて楽しかったよ。因みに、次は何時来てくれんだい?』


『そうだな・・・・・・この他者の世界に侵入する行為ではそれなりのダメージを受けるから、それが完全に回復するのを待つとなれば少なくとも2,3ヶ月先だろうな』


『2,3ヶ月・・・・・・結構かかるんだね』


『まあ、肉体を保たない今のオレでは、精神に受ける負荷は相当なダメージになるからね。まあ、それでも旧友の顔を見に出来る限り顔は出させてもらうさ』


 リヴァイのその言葉に、アタシは『別に無理して来なくても構わないんだけどね』と苦笑いを浮かべながら返すと、ニヤリと笑みを浮かべながら『まあ、そう言うなよ』と言葉を返した後、アタシに背を向ける。


『それじゃあまたな。次はこの世界も本来の姿に戻ってるだろうし、茶菓子でも用意しといてくれよ』


『はいはい。その時には相応のもてなしをさせてもらいますよ』


 そう軽口を交しあったのを最後に、リヴァイは軽く手を上げヒラヒラと左右に振ると、そのまま振り返ること無く部屋の外へと出て行ってしまった。


『さて、と。それじゃあ暫く眠るとするかね』


 軽く息を吐き、そう呟いたところでアタシは目を閉じる。

 そうして、疲労困憊な精神を休めるように、再び友が訪ねて来る日を楽しみにしながらも暫くの眠りに付くのであった。

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