第2章 『怠惰』な少年と『傲慢』な少女

第0話

「~~~♪~~~♪」


 鼻歌を歌いながら少女は茶の混じったセミロングの黒髪を揺らしながらその薄暗い路地裏を進んで行く。

 150中盤の身長にまだ表情に幼さの残るその少女は、どう見ても10代前半と言った風貌であるものの、この不気味な路地裏を一切恐れること無く堂々と進む様子からは只者では無い雰囲気を醸し出していた。

 そして、彼女の最も目立つ特徴はその瞳である。

 その瞳は左右で色が違い、右目は金色、左目は緋色とかなり特徴的な色合いをしていた。


「~~~♪・・・・・・おっ?」


 突然少女は何かに気付いたように声を発するとその場に足を止める。

 すると、それを見計らったかのようにどこからともなく5人の男達が彼女を取り囲むように姿を現した。

 男達は一様に180を超える長身に鍛え抜かれた肉体を有しており、黒いバトルジャケットのような物を着込み、その顔はフルフェイスのヘルメットで隠されていた。


「キサマが香港の魔物をたった1人で殲滅したと言う『魔王ザ・デビル』、王美鈴ワンメイリンだな?」


 低い声で威嚇するように訪ねる男に、その少女、美鈴はニヤリと口角を上げると年相応の少女らしい声色で、しかし不釣り合いな芝居がかった口調で言葉を返す。


「如何にも。我は神に祝福され、魔に魅入られし混沌の化身、王美鈴なり! それで、我の正体を知ってなお立ち塞がる愚かなキサマらはいったい何者だ?」


「ここでキサマがそれを知る必要は無い。大人しく我らと共に来てもらうぞ。」


 正面の男がそう告げた瞬間、男達は一斉に美鈴に向けて銃を向ける。


「ほう、魔力を帯びた銃器とは始めて見たな」


 感心したように告げる美鈴に、男は冷静な口調のまま言葉を返す。


「これは我が軍で開発された最新鋭の武器だ。この武器であれば魔物共を勿論、キサマのような化物でも十分殺しうるだろう」


「だろうな。魔物や魔人であろうとその武器は驚異たり得るだろう」


 男の言葉に美鈴は同意の言葉を返すが、その表情から余裕が消える事は無い。


「もっとも、その程度の玩具では我に傷1つ付ける事すら叶わぬだろうがな」


 美鈴が小馬鹿にしたような口調でそう告げた瞬間、男達は一斉に引き金を引く。

 それと同時、魔力を纏った極彩色の弾丸が一斉に美鈴目掛けて発射される。


 だが、撃ち出されたそれらの弾は美鈴の体に到達する事無く、彼女の周りを球状に守るように突如現れた光の壁に衝突し、派手な爆音と共に消滅してしまった。


「なっ!?」


 その光景に、男達は明らかに動揺を見せるが、中心に立つ美鈴はさも当然とでも言いたげに小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、男達へ哀れみの視線を向ける。


「そもそも、我は常に一定以下の魔力量しか持たぬ脆弱な攻撃の尽くを防ぐオーラを纏っていてな。キサマらが持つ玩具程度では我が障壁を破ることすら出来ぬのだよ」


「クッ! ならば、これならどうだ!」


 その言葉と共に、男達の手には半透明の剣や槍がどこからともなく出現する。


「ほう。今度は紛い物の神器か。ククク、良いぞ! なかなか愉快な物を見せてくれるでは無いか。それでは褒美をくれてやろう。我が力の一端、とくとその目に刻み果てるが良い!」


 美鈴の言葉が終わらない内に男達は素早く斬り掛かろうと動くが、直後に美鈴から放たれた濃密な赤黒い魔力の風に怯み、その場に足を止める。


「術式展開。我が名において『傲慢』の力をここに解き放つ。我が絶対なる『傲慢』の力、その威光の前に跪け、来たれ《ルシファー》!」


 そう告げられた瞬間、美鈴の背に漆黒の翼が姿を現したかと思えば突如として男達が持つ武器の輪郭がぶれ、その後直ぐに光の粒となってその姿を失う。

 それと同時、男達はその場に崩れ落ちると暫く苦しむような素振りを見せ、やがてその場で動かなくなってしまった。


「フンッ! 他愛ない。我が直接手を下すまでも無く、我が絶対的な力の前に立っていることすら出来ぬか」


 得意気にそう告げると再び美鈴は歩き出そうと右足を上げるが、突如聞こえてきた拍手の音に一瞬体をビクリと震わせ、慌てたように音が聞こえた方向、自身の背後へと視線を向けた。


「いやいや、素晴らしい力だ」


「な、何者だ!?」


 美鈴が声を掛けた先にはボサボサの白髪で40後半くらいの男が立っていた。

 170後半とそこそこの身長があるものの、細身である事からとてもでは無いが強うそうなイメージを一切受けないものの、このような場でも飄々とした態度を崩さない事から只者では無い気配を感じさせる。


「そうだな・・・・・・周りからはドクター、って呼ばれてるから君もそう呼んでくれて構わないよ」


「・・・・・・我が声を掛けられるまで気配を察知出来ぬとは、キサマ、只者では無いな」


「なあに、俺のような脆弱な魔力ではそこで転がっている男達の気配に紛れて気付けなかったんだろう」


 ドクターと名乗った男は肩を竦めながらそう告げるが、対する美鈴の表情は依然険しいものだ。


「バカを言うな。たとえ本当にキサマの魔力が脆弱だったとしても、声を掛けられるまでその存在に我が気付かぬなど有り得るものか。それでも気付けなかったと言うことは、キサマが故意に我から隠れようとその気配を隠したからだ。なれば、それだけの魔力と気配を自在に操れるキサマは相当の手練れだと言う証拠なのだろう?」


 美鈴の問いにドクターは答えを返しはしないものの、その顔にはまるでその言葉を肯定するような不気味な笑みが浮かんでいた。


「それで? そんな手練れが我にどう言った用だ? まさか、キサマもこいつらのように無謀にも我に戦いを挑むつもりか?」


「まさか。どうせ今の俺ではまともな相手にはならないだろうさ。それより、俺は貴女の助力を請おう訪れたに過ぎない」


「助力?」


「そうだ。・・・・・・その話の前に、そこに転がっている男達が何者か分かるか?」


 ドクターの言葉に美鈴は暫く考える素振りを見せた後、魔力を飛ばして被っていたフルフェイスのヘルメットを破壊する。


「ふむ、どうやら少なくとも我らと同じアジア系では無いようだな。それにこの装備・・・・・・考えつくとすれば、我が力を手に入れたいアメリカの特殊部隊とでも言ったところか?」


「ご明察。では、先程のような武器、特に人口神器を作り出すためには相応の研究を行うためのサンプルが必要だと思うが、貴女ならそれがどう言った物か勿論分かるね?」


 そのドクターの言葉に、美鈴はニヤリと笑みを浮かべると「なるほどな」と呟いた後、余裕の有る表情を浮かべながら言葉を続ける。


「つまり、キサマは我にその神器を奪い取ってこいと、そう言いたいわけだな」


「話しが早くて助かるよ。それで――」


「断る!」


 笑顔を浮かべ、美鈴に語り掛けようとしたドクターの言葉を遮り彼女ははっきりと拒絶の言葉を口にする。


「そもそも、我がキサマらのような得体の知れない者へ力を貸す必要が何処にあると言うのだ? 先に言っておくが、我は金や名声などには一切の興味が無いし、我こそがこの世で最高にして最強の存在であるのだからこれ以上の力にも興味が無い。故にキサマらに協力したところで一切利点があるようには感じぬな」


 自信たっぷりにそう告げる美鈴に、ドクターは呆れたようなため息をつきながら小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「・・・・・・何が可笑しい?」


「どうやら貴女は勘違いしているようだな。君が最強? バカ言っちゃいけない。君の持つ神器、それに『傲慢』と同等の力を持つ者は他に6人もいると言うのにか?」


「なに!?」


 どうやら初耳だったのか、美鈴は明らかに驚いた表情を見せる。


「貴女が持つ『傲慢』に加え、『原罪』と呼ばれる力を所有する者は7名。それぞれ『傲慢』『憤怒』『色欲』『怠惰』『嫉妬』『強欲』『暴食』の7つで、少なくともその内『色欲』の所持者と俺は戦った事が有るが、貴女の力に勝るとも劣らない力を有していたよ」


「勝るとも、劣らない・・・・・・だって」


 その言い方が気に食わないのか、明らかに不機嫌な表情に変わる美鈴にドクターは畳み掛けるように言葉を投げかける。


「そして、今回我らが何故貴女に協力を依頼しなければならないのか、聡明な貴女なら既に察しが付いてるのでは無いか?」


「・・・・・・つまり、そのアメリカに協力しているのが同じ『原罪』の所有者だと?」


「その通りだ」


 ドクターの言葉を聞き、美鈴は暫く考える素振りを見せた後、再び自信の溢れた表情に戻ると口を開く。


「気が変わった。良かろう、我が力をキサマらに貸してやろう。だが勘違いするな。我が最強である事を世界に知らしめるために戦ってやるが、その後の事はキサマら自身でどうにかするが良い。最悪、我が絶対的な力の前にそこに転がる有象無象のように命を奪ってしまうかも知れんがな」


 そう告げる美鈴に、ドクターは短く「それで構わないよ」と返事を返す。

 そして、それを聞いた美鈴は満足げな表情を浮かべながら「では出かける準備を調える故、明日のこの時間にもう一度ここに集合で良いな」と、一方的に自身の意見を押し付ける。


「それじゃあ、明日のこの時間に俺が直接迎えに来よう」


 だが、ドクターはあっさりとその提案を承諾する。

 そして、その答えを聞いた美鈴は上機嫌のまま踵を返すと、「それでは明日を楽しみに待つと良い」と告げた後、当初の目的通り通路の奥へと姿を消していく。


 故に彼女はドクターが最後にボソリと小さな声で呟いた言葉を聞き取ることが出来ず、そのままその場を後にする事になる。


「精々全力で殺し合ってくれよ。どちらにせよ、どちらにも死んでもらう予定なんだからな」


 そう呟き、去りゆく美鈴の背に邪悪な笑みを向けているなど露知らずに。

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