第22話 戦いの始まり

 決戦の地を離れ、僕らは最初に拠点としていた集落まで辿り着くとそこで入浴と食事を済ませ、日が落ちたばかりの早い時間には早々に眠りに付く。

 因みに、ボロボロの衣服についてはアヤメが『聖杯カリス』で予備を大量に作り出してくれていたので着替えに困ることは無かった。


 アヤメが直ぐに眠りに付いたのかは定かでは無いが、少なくとも疲労困憊だった僕は直ぐに眠りに落ち、次に目を覚ました時には太陽が一番高い位置に登り切る直前の時間だった。


「あっ! やっと目が覚めたみたいだね。」


 僕がベットから体を起こした直後、近くの椅子に腰掛けて何やら難しそうな本を広げていたアヤメが僕へと笑顔を向ける。


「少し寝過ぎたかな?」


「まあ、昨日あれだけ頑張ったんだから良いんじゃ無い? それで、もうすぐお昼になるけど、早めに昼食にする?」


 アヤメの提案に、僕は「そうだね」と軽く同意の言葉を返すと、直ぐさまベットから起き上がる。

 そして、部屋の出口へと足を向けながらも、何気なく椅子の上にある先程アヤメ読んでいてた本へと視線を向ける。

 それは、単純にどんな本を読んでいるのか興味本位で視線を向けただけだったのだが、その本の表紙にはまだ僕も学校で教わっていないような難しい漢字で題名が書かれていたため、いったいどう言った内容の本なのかはさっぱり分からない。


「・・・・・・ねえ、1つ聞いて良い?」


「ん? 何?」


「アヤメってさ、2,3日前までひらがなの勉強してたよね」


「うん、そうだね」


「・・・・・・それで今はあの本読んでたんだよね」


「だね」


「いつの間に漢字が読めるようになったわけ!?」


 困惑の表情を浮かべながら尋ねる僕に、アヤメは「あの本で勉強した」と何でも無いように告げながら、部屋の隅に置かれた漢字辞典と国語辞典を指差す。


「いや、ちょっと待って! まさか、この数日であの分厚いのの中身を全部読んだの!?」


「数日? ううん、キョージが最初にファブニールにやられて寝込んでた時に読んでたから、大体4時間ぐらいで読み終わった」


 大した事では無いと言わんばかりにアヤメはサラリととんでもないことを告げるが、もはやこれ以上突っ込んでも僕が虚しくなるだけなのでそれ以上追求すること止める。

 これだけの短時間で日本語をほぼ全てマスターするなど並大抵の頭脳で出来る事では無いはずだ。

 こうして、アヤメは強力な力を持つだけで無く驚異的な頭脳も持ち合わせていると言う意外な事実に、僕は暫く軽い敗北感を感じ続ける事となるのだった。


 因みに余談だが、この時の僕には知る由も無い事なので分からなくて当然ではあるのだが、後で聞いた話しによるとこの驚異的な記憶力と理解力にはきちんと理由が有ったらしい。

 それは単純に、『聖杯カリス』の力で一時的に脳を活性化させる事でページに記載された情報をまるでスキャナで取り込むように頭脳に焼き付け、それを後から整理することで己の知識として定着させると言う裏技を使っていたらしい。


 そんなこんなで昼食を終えた僕らは、その後に特段何をするとも無く一緒の時間を過ごし、ここ最近の慌ただしさがまるで夢の如く穏やかな一日を過ごすと気付けば再び日は傾き、日没が迫ろうとしていた。


「う~ん。たまにはこうやってのんびりするのも悪くないね!」


 読み終わった本を閉じ、軽い伸びと共にアヤメは笑顔でそう告げる。


「そうだね」


 それに僕は笑顔で返事を返した後、暫く言葉を発する事無く窓から見える夕暮れの空へと視線を向けていた。


 本当は気付いていた。

 今日はやたらにアヤメが僕にゆっくりと休むように促したり、何時も以上に僕に笑顔を向けてくれるのは、昨日助けたはずの大人達に武器を向けられた事でショックを受けている僕を気遣っての行動なのだろう。


 でも何時までのこうしているわけにはいかない。

 そう決意を固めた僕は、少し表情を引き締めながらも真っ直ぐにアヤメへと視線を向けると決意を込めて口を開く。


「今日は気を遣わせてごめん。だけど、もう僕は大丈夫だから」


「・・・・・・それじゃあ、これからどうしたいのか決まったんだ」


 その言葉から、僕が昨日の出来事から今後の事を悩んでいたのを見抜かれていたことに驚きを覚えながらも、しっかりとその目を見つめながらはっきりとした口調で言葉を続ける。


「やっぱり僕は、あんなことが有った後だとしても理不尽な暴力に曝される人を1人でも多く助けたいと思う。だから、この狂ってしまった世界を旅して力を付けながら、たとえ認めて貰えないとして、それこそ時には昨日のように拒絶されたとしても、それでも構わず多くの人々を守れるだけ強くなりたい!」


「まあ良いんじゃ無い? それに勿論、シショーの目的の為に世界を回らなきゃいけないボクを手伝ってくれるんだよね?」


「ああ、勿論!」


 力強く返事を返した僕に、アヤメは満足そうな表情を浮かべる。


「それで? 具体的に今後の計画は立ててるの?」


「先ずは、『憤怒』の力をある程度使えるようになるまでは日本各地を旅してみようかと思ってる。とりあえずは、日本の首都である東京とかがどうなったのか見ておきたいしね」


 現在、ファブニールの襲撃によりこの町のテレビやラジオ、それにインターネットなどの通信は尽く遮断されいるため、この周辺の町村以外がどうなっているのかを全く把握出来ていない。

 それでも現状把握出来る状況を整理すればある程度見えてくるものもある。

 例えば、ファブニールが暴れ回った被害の中心地以外の道路についてはさほど被害が出ていないにも関わらずそれらの道路で全く車の通行が確認出来ず、最初の頃は良く飛んでいたヘリコプターの姿さえ今では全く見ない事から、おそらくこの町の周辺以外の各地にも魔物が現れているのでは無いかと考えられるのだ。


「まあ、世界にこれだけ魔力の気配が溢れてるんだから、何処に行っても魔物が溢れている可能性は高いだろうね。それに、これだけ一気に魔力の気配が濃くなってるなら、その影響で変質を起こす生物を少なくないだろうね」


「それに、それだけじゃ無くてファブニールのような特殊な敵が他にもいるかも知れないから、その場合は戦える力を持ってる僕らがどうにかしないと。それと、もしかしたら探してる残りの『原罪』持ちがまだ日本にいるかも知れないし」


「まあ、ファブニールはボクの現在地がはっきりと分かるように送り込まれた目印のような存在だから、あそこまで派手な敵はそうそう出会さないだろうけどね」


「そうなの?」


「うん。でも、あそこまで派手なのはいなくても、アレより強いのはまだいるはずだから油断は禁物だよ」


 真剣な表情で忠告を発するアヤメに、僕はゴクリと唾を飲み込みながらも「分かった。肝に銘じておくよ」と真剣な表情で返す。

 すると、そんな僕の態度にアヤメは軽く笑みを浮かべながら「ただ、今のキョージが苦戦するような魔物なんて滅多にいないだろけどね」と告げ、「ただ」と言葉を繋ぎなら再び険しい表情を浮かべる。


「一番警戒しなくちゃいけないのは、ボクらと同じ神器や『原罪』を所有する人間かも知れない」


「それは・・・・・・力に選ばれる人が、必ずしも味方になってくれるとは限らないって事?」


 僕の問いにアヤメは肯きを返し、険しい表情を崩さないままに口を開く。


「だから同じ『原罪』の所持者で戦わなきゃいけない場合もあるし、最悪の場合はその力を奪うためにその人の命を奪わなきゃならない、って事態も考えられる事は覚えておいて」


 アヤメの言葉に僕は「分かったよ」と短く返事を返しながら、これからの戦いが思っていた以上に過酷なものになるかも知れないと言う事実に不安を覚えていた。

 しかしそれでも、僕は決して立ち止まらない。

 何故なら、強大な力を得てしまった以上、僕は1人でも多くの人を助けるため、そしてアヤメの手助けをするためにも戦い続けると決めたのだから。


 こうして、『原罪』を所持する7人の仲間、後に『七大罪セブンス・ザ・デッドリーシンズ』と呼ばれる事になるメンバーを集めるための戦いの物語が幕を開ける。

 この道行きが、人類の今後を賭けた大きな戦いへと繋がっていることも知らないままに。

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