第16話 敵の正体

 難無くキョージを回収し、近場の住宅地に跡に辿り着いたボクはまだ使えそうな住居を見付けるとそこへと着地する。

 そして、そこでベットを見付けるとそっとキョージの体を横たえ、意識を失っているキョージの頬をそっと撫でた。


「これでシショーは満足?」


 その後、そっとキョージから離れたところでボクはボクの中にいるシショーへと問い掛ける。


『ああ、想像通り、正確には認識したことで最後の瞬間響史の心には大きな動揺が起こっただろう。現に、最後の方の『アイギス』には十分な強度は無かったし、かなり魔力の流れが乱れていたからな。そして、それだけ大きな心の乱れが起これば『原罪』を呼び起こすには十分な力になるだろう。』


 シショーの言葉に、ボクは納得出来ないものを感じながらも反論を行うことをしなかった。


 今回、シショーの語った『自身を窮地に追い込むことで限界以上の力を引き出す』と言う作戦は正確では無い。

 正確には、その目論見の他にも『神器を模して複数の人間の魂を作って作られた魔物、ファブニールを使ってキョージの心を揺さぶり、『憤怒』の感情を引き出す』と言うもう一つの目的が有ったのだ。


「・・・・・・何で、キョージに本当の事を説明しなかったの?」


『事前に敵の正体を知ってれば、あそこまで大きな動揺は見込めなかった。それに、もし目論見通りにいかなかったとしても、後で敵の正体を教えてやれば黙っていたオレへの怒りで『憤怒』を呼び起こせるかも知れないからな』


 シショーは決して優しくも甘くも無い。

 目的の為であればある程度手段を選ばずに実行するし、誰であっても利用する。

 そもそも、シショーが『アーマゲドン』を消し去ろうとしているのもママを解放するためと言うより『アーマゲドン』によって世界が滅ぼされるのを防ぐためで有り、基本は自身の信じる正義の為にしか行動しないのだ。

 だから、積極的に非道な手段に打って出るわけでは無いものの、必要とあれば容赦無く非道な手段を選ぶし、その過程でどれだけの人が傷付こうがお構いなしなのだ。


「でも、さっきのは一歩間違えばキョージが本当に死んでたよ?」


『なに、『アイギス』の守りを持っていてあの程度で即死は有り得ないさ。そして、即死しなければお前の『聖杯カリス』の力でほぼ治せるだろう』


「簡単に言うけど、致命傷を治すほどの魔力を『聖杯カリス』に回せばボクの死ぬほど苦しいんだからね」


 不満げに告げるボクに、シショーは『それは分かっているが』と口にしたうえで、より一層真面目な口調に変えながら更に言葉を発する。


『それでもお前は、始めて出会ったを見捨てる事なんて出来ないだろう?』


「・・・・・・・・・・・・」


 シショーの言葉にボクは沈黙を返す。

 確かにシショーの言うとおり、ボクにはキョージを見捨てる事など出来ない。

 彼は、ボクが始めて出会ったボクと同等に近い存在なのだから。


 ボクとシショーは同じ体を共存しており、共に神器と『原罪』の力を持つ者同士だ。

 だが、ボクとシショーではその性質に大きな隔たりがある。

 と言うより、シショーの存在がかなり特殊なのだ。


 そもそも、シショーは肉体を持っていない代わりに、その魂は完全に神器『トライデント』と同化している。

 それどころか、その魂は『嫉妬』の力とも完全に同化しており、今のシショーは『リヴィア・エルロンであり、神器『トライデント』であり、『嫉妬』の化身《レヴィアタン》でもある』と言う、かなり特殊なものだ。


 故に、ボクとシショーでは同じように見えても全く異なる存在なので有る。


 だが、キョージは違う。

 キョージの魂はボクと同じ1人の人間だ。

 そして、その1人の人間に神器と『原罪』と言う特殊な力が宿っているに過ぎない。

 だから、今のところボクと本当の意味で同等に近い存在というのはキョージだけなのだ。


『だけど忘れるな。オレと同等の存在がいないように、お前もまた、お前と響史の間にも埋めがたい隔たりがあると言うことを』


「・・・・・・分かってる。だからボクはシショーに協力するし、今回みたいに気に入らない作戦でも口を出さなかったでしょ」


 ブスッとした表情を浮かべながらそう告げるボクに、シショーは明らかにため息をつきながら、これ以上この話は不毛だと判断したのか次の話題に切り替える。


『それで、響史が目を覚ました後の話だが、あのドラゴン、ファブニールがお前の母親であるアリア、正確にそれが転じた『レーヴァテイン』を研究して作り出された神器の紛い物を埋め込まれた元人間で有ることを伝える』


 あのドラゴンは、ボクがいた研究施設で作り出された魔物だ。

 それも、さっきシショーが語ったように人工的に作り出された神器を移植された元人間だ。


 本来、神器を作るには英雄となり得る程の強い人間の魂が必要なのだが、そんな魂を持った人間をそうそう簡単に見付けられるわけも無く、人工的に神器を作り出すためにかなり非道な手段が取られている。

 簡単な話、1人の魂で強度が足りないのであれば足りるまでの人数分魂を寄せ集めてしまえば良いと考えたのだ。

 つまり、あの怪物1匹を作り出すために大勢の、正確には2,000人以上の命が犠牲となっているはずだ。


『だがきっと、人の命を犠牲にして生み出され、自我を確立して人類に呪いを向ける一つの生命を滅ぼすと言うことを響史は望みはしないだろう。しかし、アレを滅ぼさねば今後のオレ達の行動に支障が生じる。だから、どうやっても響史にアレを倒させるよう説得する必要がある。まあ、そこは乗り気じゃ無いお前では無理だろうからオレが代わるが、今回と同じようにお前は余計な口出しは無用だからな』


 これも正直不本意ではあるが、ボクもファブニールを倒す必要性は十分理解しているので大人しく肯きを返す。

 はっきりと言って、ファブニールがボクらが日本に辿り着いたとのほぼ同時にやって来たのは決して偶然では無い。

 そもそも、ファブニールの思考を誘導し、行動を制御出来るのはボクがいた施設でドクターと呼ばれていたあの男ただ1人だけだ。

 だから、アレは確実にボクらの追っ手として放たれた刺客だ。

 そうなると、ここで倒しておかなければボクらが何処へ行ったとしても後を追ってきて、その土地で破壊と恐怖を振りまくことになるのは確実だ。


『それと、もし響史が『憤怒』に覚醒したとしても、その力に呑まれて暴走を起こす危険性が有る。だからもし、響史が暴走を起こした場合はお前が止めろ。それも、決して殺さないように注意しながらな』


「結構無茶振りだよね? 確か、『憤怒』の固有術式《サタン》って大幅な身体能力の強化だっけ? 力の振り幅がどの程度か分からないけど、少なくとも『色欲』の魔力を完全開放したボク以上、と言うか比べ物にならないレベルで上なのは間違い無いよね。そうなると、ボクの《アスモデウス》じゃ勝負にならないんじゃ無いの?」


 ボクの持つ《アスモデウス》は、72の悪魔を使役する力であるが、その1体1体の力は『色欲』を開放した状態のボクより遙かに下だ。

 確かに、完全解放した力を1体に集約し、それをボクと一時的に同化させればかなりの力を発揮させる事は可能ではあるが、それでも本来の用途から外れる以上は純粋な身体強化の術式である《サタン》には太刀打ち出来ないだろう。


『その場合は、一時的にオレの『嫉妬』をお前に移し、《レヴィアタン》まで投入して戦えば良いだろ』


「だから、そんな限界以上の力を使えばボクが死ぬほどきつい目に遭うじゃん」


『でもその程度じゃお前は死なないだろ。・・・・・・いいや、正確には、か』


 シショーの言葉にボクは返事を返さない。

 確かにのだが、それを認めてしまうのは何となく癪だったのだ。


『まあ、何にせよ暫くは響史が目を覚ますのを待つしか無いだろうな。幸い、この程度の傷なら『聖杯カリス』を使う必要性も無さそうだしな』


「そうだね」


 ボクは素っ気なくその一言だけ返すと、今後の気乗りしない作戦へと思考を巡らせながら、未だ意識の戻らないキョージの横顔へと視線を向けるのだった。

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