第17話 アレン

 ここはいったい何処だろう?

 気付けば僕は燃え盛る大地に横たわっていており、その炎で体を焼かれることは無いものの、耐え難いほどの熱さに気を抜けば再び意識を失いそうになる。


「確か僕は、あのドラゴンと戦って・・・・・・攻撃を防ぎきれなくて飛ばされて、アヤメに・・・・・・」


 そこまで思い出したところで、最後の瞬間にあのドラゴンが言葉を解し、僕と同じ感情を有している存在なのだと感じた時の恐怖を思い出す。


 アレは他の飛龍とは全く異なる存在だった。

 その体の巨大さも当然ながら、人語を解する高度な知能に人類への恨みを告げた事から感情も有している事が窺える。

 それに、動揺故に魔力の制御が甘かったと言っても、僕の『アイギス』を打ち破るほどの強力な魔術を行使する技術を有していた。

 だからこそ、今の僕では太刀打ち出来ない程の強敵である事への恐怖もあるが、それ以上に僕は僕と同じ感情を有する敵に向かって行く決心が付かないでいた。


「いったい、僕はどうすれば・・・・・・」


 状況がよく分からない現状に、思わず俯きながら力無くそう呟きを漏らした時、唐突にその人物は僕の目の前へと姿を現した。


『申し訳ないけど、君にはあのドラゴン、ファブニールを倒してもらうよ』


 聞こえてきた声に顔を上げ、声のした方向へと視線を向ける。

 するとそこには、僕が『アイギス』に覚醒した時に姿を見せた赤毛の男が立っていた。


「貴方は・・・・・・確か、アヤメのお父さん?」


『まあ、そうなるね。僕の名前はアレン。君のことはこの『憤怒』の力の中からずっと見てたし、ある程度暁斗さんから話しを聞いてるからよく知っているつもりだ』


 そう語るアレンさんの表情は優しく、その口調はとても落ち着く穏やかなものだった。


『さて、これから僕は君に色々と説明するけど、先ずは一度質問は無しで最後まで聞いて貰えるかな?』


 アレンさんの言葉に、少しでも情報が欲しい僕は黙って肯きを返す。

 それを確認すると、アレンさんは笑顔を浮かべながら一言『ありがとう』と告げた後、改まった表情を浮かべながら言葉を続ける。


『先ずはここが何処だか説明するけど、ここは『憤怒』の中に広がる精神世界のようなものだ。似たような場所として、『アイギス』の中に有るナナリーさんの領域には行ったことあるはずだ』


 つまり、ここは『アイギス』の内なる世界のようにアレンさんが支配する現実とは異なる異世界と言うことか。

 となれば、ここでも外とは違う時のが流れており、熱さを感じても僕の体が焼かれる事が無いのもここが物理的に存在しない精神世界で有るためだったのだと多少は納得出来る。


『だけど、あそこと違う点がいくつかある。先ず、この領域を支配しているのは『アーマゲドン』の力の残滓であり、この風景を形作っているのは僕じゃ無い。それに、この世界で力尽きれば魂は『アーマゲドン』の力に飲み込まれ、君の自我は完全に崩壊してしまうだろう。更に、もし君の魂がこの世界で生きることを放棄した場合、今は熱気を感じる程度のこの炎が直ぐさま君の魂を焼き尽くしてしまう危険性だって有る。ここはそんな危険な世界である事を十分理解して欲しい』


 立て続けにアレンさんが語る言葉に、僕はゴクリと唾を飲み込みながら「分かりました」と一言だけ返事を返す。

 そして、それを確認したアレンさんは表情を変えないまま、更に言葉を続ける。


『次に、僕がこの世界に君の魂を招き入れた理由だけど、あのドラゴン、ファブニールを倒すためには君に『憤怒』の力に覚醒してもらう必要があるからだ。だから、この力を深く繋がってもらうためにも君をここに招き入れることにした。それと最後に、君にアレがどうやって生み出された存在であるのかきちんと知ってもらう必要があると考え、僕が知っている知識を共有するためにもここに来てもらったんだ』


 アレンさんがそう告げた瞬間、突如強烈な頭痛が襲ってくる。

 そして、それと同時にあのドラゴン、ファブニールがどうやって作り出されたのか、おそらくはアヤメかリヴィアさんが見ていただろう光景を通して無理矢理理解させられる事となる。


「そ、んな・・・・・・」


 脳裏に焼き付く大勢の人々の苦悶と恐怖の表情に、僕は吐き気を覚えながらフラフラと数歩後方へと下がるが、なんとか倒れ込むことは防ぐ。


 何となく、ここで倒れ込めば心が折れ、二度と立ち上がることが出来なくなる気がした。

 その証拠か、先程より僕の体が感じる熱気が勢いを増したような気さえする。


『ファブニールは、多くの人々の魂を犠牲にして人間の体をベースに作られた怪物だ。だが、残念な事にそれらの魂を解放するには奴を殺す以外の選択肢は無い』


「そんな・・・・・・」


 確かに、僕は出来るのならば僕の町を滅茶苦茶にしたあいつを倒したとは思う。

 だが、自分と同じ感情を持っており、自身が望んでそうなったわけでは無い相手とはたして戦えるだろうかという不安も有る。


 そもそも、僕がそこまでして戦う理由が有るのだろうか?


 僕が戦うことを決めたのは、暁斗お兄ちゃんであれば困っているアヤメやリヴィアさんにきっと手を貸すだろうと思ったからだ。

 それに、僕にはそれを成すだけの力が宿っているのだと解れば、何もしないわけには行けないと思ったからでもある。


『正直、君はたまたま僕と暁斗さんとの縁から『アイギス』とそれと結びついている『憤怒』に選ばれたに過ぎない。だからこそ、君に命を賭けてまで戦う必要も無ければ、無理にアリアを助けるための手助けをする必要も無い。それでも僕は、少しでも早くアリアとアヤメを救うために君が強力してくれることをお願いするしか無いんだ』


 そう告げながら、アレンさんは明らかに年下である僕に躊躇わずに深々と頭を下げる。


「・・・・・・正直、僕はそこまで強い人間ではありません。こんな事が起こらなければ戦いなんて無縁の生活を送っていたただの小学生です」


 若干、自分でも分かるぐらい疲れた声色でそう告げながらも、僕は視線を逸らすこと無く真っ直ぐにアレンさんを見据えながら言葉を発する。


「でも、暁斗お兄ちゃんは日頃から良く僕に言っていました。もし、目の前で困っている人がいれば、それを見捨てるような心無いことだけは決してしてはいけないと。もし、そうやって優しさを忘れてしまったら、どれだけ力が有ったって意味は無い、って」


 そこまで語り、僕は苦笑いを浮かべながら更に言葉を続ける。


「それに、今の僕は神器や『原罪』と言った有り得ない力を手に入れてしまいました。そうなると、今の自分が正しく人間と言う枠組みに数えられるのか、受け入れて貰えるのか不安も有ります。だから僕は、僕と同じ力を持っているアヤメはリヴィアさんをどうしても放っておく事なんて出来ません」


 そして、僕はゆっくりと深呼吸を挟んだ後、再び表情を引き締めるとキッパリとした口調で告げる。


「だから僕は、僕と同じ力を持つ2人を必ず最後まで助けると決めています! 勿論、その過程でたとえ死ぬような目に遭おうが何だろうが最後まで戦い続けます!」


 そう告げる僕に、アレンさんは笑顔を浮かべながら『ありがとう。この力が宿ったのが君で本当に良かった』と告げた後、その表情を引き締めながら改まった口調で再度口を開く。


『それじゃあこれから、君の魂への影響を考えてあえて今まで遮断していた『憤怒』とのパスを繋げるよ。だけど注意してもらいたいのは、この力はその根源となった感情である怒りや憎悪と言った感情を増幅してしまうデメリットもある。そして、それらの感情に呑まれてしまえば君の魂は呆気なく壊れてしまう。だから、それらの感情を完全に制御出来るようになるまで、決してこの力を多用してはいけないよ』


「分かりました!」


 勢いよく返事を返した僕に、アレンさんは再度笑顔を見せながら『それじゃあ行くよ!』と、気合いの入った口調で告げる。


 次の瞬間、僕の中に燃え盛る炎のように激しい力が満ちあふれ、それと同時に気が狂いそうになるほどの強烈な怒りを感じる。

 だが、その激しい感情を必死で抑えながら自分の一部として同化していくその力を感じていると、やがてそれは僕の体の奥深くへと沈んでいき、最後には強大な力も激しい感情もすっかり何処かへと姿を消してしまう。


『さあ、これで完全に君と『憤怒』は繋がった。これで何時でも力を呼び出すことが出来るはずだよ』


「ありがとうございます。・・・・・・不思議と、この力のことも固有術式の《サタン》についても頭の中に浮かんで来て、まるで今まで当たり前に使えた力のように理解出来ます」


 僕がそう言葉にした瞬間、世界に光が満ち、やがて世界の輪郭がぼやけ始める。


『さて、それじゃあこれでお別れだ。この世界に長居するのは危険だから要件が済んだら早めに元の世界に戻った方が良い。・・・・・・最後に、今の僕がこんな事を頼める立場では無いんだろうけど・・・・・・娘の、アヤメの事を頼んだよ』


「はい!」


 時間が無いことを何となく感じ取っていた僕は、余計な言葉を省いてアレンさんの言葉に一際大きな返事を返す。

 直後、完全に世界はその輪郭を失い、僕の意識は現実へと引き戻されて行くのだった。

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