第14話 次の目標
「ほんと、この短時間で見違えたね!」
地上に戻ってきた僕に、アヤメはそう告げながら笑顔で駆け寄ってくる。
「まあ、『アイギス』の中でナナリーさんに5年ほど鍛えられたからね」
「ナナリー? ああ、その人が『アイギス』の中にいる・・・・・・え? その人もシショーの知り合い? そうなの?」
僕には聞こえないが、おそらく今リヴィアさんから教えられたのだろう事実について、アヤメは僕に本当なのかと確認するように問い掛けてくる。
「ナナリーさんもそんな事を言ってたし間違い無いと思うよ。だけど、ナナリーさんはリヴィアさんの事を最初に別の名前で呼んだ気がするんだけど・・・・・・時間が経ちすぎて何て呼んでのか思い出せないんだよね」
僕の言葉に、アヤメは「そうなの?」と自身の中にいるリヴィアさんへと問い掛けるが、おそらく答えてくれなかったのだろうか、暫くした後に「え~! なんで!?」と不満げな声を上げていた。
「それで、僕はこれで神器と魔力についてはある程度使えるようになったけど、肝心の『憤怒』については全く足掛かりも見えてない。だからやっぱり、次は『憤怒』の力を使えるようになる特訓でもやるの?」
「う~ん、どうだろ? 言ったように僕は最初から『色欲』の力を使えたから特訓とかしたこと無いし、シショーだって特殊な状態で『嫉妬』の力を得たらしいから参考には出来ないらしいんだよね」
そうなってくると、既にこれ以上の出来る事は無いと言うことなのだろうか?
だが、これから僕らは更に4人の適合者を探し、その全員に『原罪』の力を使い熟してもらう必要が有る。
そんな状態で最初の僕が躓いていては、いったい全員を見付けて目標を達成するのにどれだけの時間がかかると言うのだろうか。
「あっ! でも、シショーが言うには考えられる作戦が無くもないんだって」
「えっ! それはいったいどんな方法!?」
アヤメの言葉に希望を取り戻した僕は、表情を輝かせながら問い掛ける。
だが、返って来た言葉に僕の表情は凍り付くことになる。
「死ぬほど頑張れば良いんだって」
ここに来て、まさか答えが精神論だとは思わずに言葉を失う。
だが、どうやらアヤメの言葉のニュアンスが若干相応しくなかったのか、リヴィアさんから訂正が入ったようで「え? 何?」と呟き、アヤメも暫く口を噤む。
そして、不意に「なっ!? そんな事――」と感情的に声を上げたかと思えば、再び数秒の沈黙の後に「分かった」と不満げに一言告げると、その体を光に包みやがてその姿をリヴィアさんと入れ替わったのだった。
「さっきバカ弟子が言った『死ぬほど頑張る』ってのは間違いでは無いんだが、別に死ぬほど必死に修行を行うって事じゃ無い」
先程の遣り取りについて話しを聞こうかとも思ったが、アヤメと入れ替わって直ぐに早めに要件を済ますためかリヴィアさんは開口一番に早速説明を始める。
「そんな精神論で突破出来る程簡単な問題じゃ無いからな。だが、手っ取り早く自身の力を無理矢理引き出す方法は有るには有るんだ」
確かに、その言葉は僕にとっては希望であるはずなのにも関わらず、何となくこんなパターンでのお約束が想像出来てしまい、僕のテンションはいまいち上がらない。
なので、先手を打って思い付いた可能性について口にしてみることにした。
「もしかして、死ぬほどの危機に陥れば火事場の馬鹿力的に力が覚醒、とか言う感じじゃ無いですよね?」
「なんだ、話しが早くて助かるな」
僕の問いに、リヴィアさんはニヤリと意地の悪い笑顔を浮かべながら肯定の言葉を口にする。
そんなリヴィアさんに、僕は深いため息をついた後で渋々と言った感じに再度問いを口にする。
「それで、僕に何をさせるつもりですか? ・・・・・・まさか、アヤメのあの悪魔と戦えなんて言わないですよね!?」
再び、森を一瞬で薙ぎ払ったあのデタラメな強さの悪魔を思い出しながら慌てて問い掛けるが、リヴィアさんは「いや、それは無い」とキッパリと否定を返した後で険しい表情で言葉を続ける。
「間違っても本当に響史を殺すような事態は避けなきゃ行けないが、今のアヤメの実力じゃ細かい力の調整が出来ず、最悪力加減を間違えば響史を殺しかねない。それに、バカ弟子が直接響史の相手をするとしても、訓練で命の危険性が無いと分かっている状態では十分な成果が得られるのか不安が残る。だから、響史には他の強敵と命がけで戦ってもらう必要が有るわけだ」
「他の敵?」
リヴィアさんの言葉に、何となく嫌な予感を感じながら僕は尋ねる。
すると、リヴィアさんは再びニヤリと意地の悪い笑顔を浮かべながら口を開く。
「ああ、そうだ。そして幸運な事に、丁度近くに適当な強敵がいただろ?」
「・・・・・・まさか」
自分でも分かるぐらい引きつった表情を浮かべながら、『冗談ですよね?』と言う表情を浮かべる僕に、リヴィアさんは笑顔を崩さないまま無慈悲な宣言を行う。
「ご想像の通り、あのデカいドラゴンをヤるぞ」
「ちょっと待って下さい!!」
その無慈悲なる宣言に、僕は精一杯の音量で抗議の声を上げる。
あのドラゴンは、明らかに隣町に降り立ったというのに、その姿をはっきりと肉眼で捉えられるほどの巨体だった。
つまりその体の大きさは山ほどもあると言うことで、僕らの体格差は蟻と人間ほどの違いが有るかも知れないのだ。
更に、あいつの鱗が飛龍と同じく強固な物で、その大きさに合わせて固くなっていると考えれば、今の僕の魔力では碌にダメージを与えることを難しいだろう。
「まあ、お前の言いたい事は分かる。だがな、現状それぐらいの無茶をしなければ全く足掛かりが見出せないのも事実だ。なに、最悪本気でヤバそうだと判断したらバカ弟子に救助を命じるから、とりあえずダメ元で挑んでみろ」
「ダメ元で、って・・・・・・」
力無く言葉を漏らしながら、僕は改めて考えを巡らせる。
もしかすれば、これだけの体格差で攻撃したところで大した脅威と見なされず、それ相応の力を付けるまでは安全に攻撃の練習を行えるかも知れない。
だが、その体格差があるからこそ相手の何でも無い細かい動作や移動でさえも、僕にとっては驚異的な攻撃となり得る。
そして、僕が攻撃のために相手の懐深くまで潜り込んでいれば、その巨体故に相手の動きを事前に察する事は難しくなるだろう。
(でも、こんな『一撃でもくらえば即死』って感じの戦闘で本当に力の覚醒なんて見込めるのか?)
そんな事を考えていると、リヴィアさんはもう用事は全て済んだとばかりに「それじゃあ早速、明日の朝辺りに一度チャレンジしてみるぞ」と告げると、直ぐさまアヤメと入れ替わってしまった。
(・・・・・・あれ?今の言い方・・・・・・なんか引っかかるような・・・・・・)
そう思ったものの、僕はとりあえず考えても仕方ないかと思考を放棄する。
そして、何故か不機嫌そうな表情を浮かべるアヤメに「それじゃあ、明日に備えて今日はゆっくりしとく?」と問い掛けてみるが、アヤメは何故か不機嫌そうな表情を崩さないまま僕の言葉に答えを返さず、じっと黙って僕の顔を見つめていた。
「ええと・・・・・・どうしたの?」
「・・・・・・キョージ」
痺れを切らして再度声を掛けた僕に、アヤメは真剣な表情を浮かべながら口を開くが、おそらくリヴィアさんに何か言われたのか、ふて腐れたような表所を浮かべると「分かってる。でもこれだけは言わせて」と強い口調で呟き、再度僕へと言葉を投げかける。
「キョージ。明日の戦い、相手を今日みたいな飛龍と一緒だと思わないで」
「え? それは、あれだけ体格差があるんだし、最初に住宅地を吹き飛ばしたブレスも見てるか――」
「違う! そう言う事じゃ無くて――」
決して油断をするつもりは無いと告げようとしていた僕は、予想外に声を荒げたアヤメに驚きながら言葉を失う。
しかし、再びリヴィアさんから何かを言われたのか、出かかっていた言葉を飲み込んだ後に「ごめん、何でも無い」と告げ、そのまま僕に背を向けてしまった。
突然の態度に僕はかなりの混乱を覚えたものの、その日は結局不機嫌な表情を隠そうともせずに碌に会話をしてくれなかったため、妙な不安を抱えたまま明日の死闘へ向けて落ち着かない一夜を過ごすこととなったのだった。
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