第11話 修行

「ツッ!!?」


 突如襲った強烈な痛みに気を失った僕が目覚めた時、そこはまだ『アイギス』の内なる世界の中だった。


『ハア。まさか、あの程度の一撃も防げないとは・・・・・・まあ、今までまともな戦闘経験が無ければこんなものなのか?』


「いや、普通にいきなりあんな全力で切りつけられれば、誰だって反応なんて出来ませんよ!!」


 抗議の声を上げる僕に、何故かナナリーさんは微妙な表情を浮かべながら『まあ、アタシの基準は基本アリアやアレンだったわけだから、お前の不満も分からなくは無いが・・・・・・ただなぁ・・・・・・』と若干不満げな表情を浮かべながら呟く。


「兎に角! 今まで碌に喧嘩すらしてこなかった僕みたいな普通の小学生にいきなりハードルの高いことを望まれても困ります!」


『いや、それは悪かった。アタシももっと段階を踏んで実力を測るべきだった』


 そう言いながら頭を下げるナナリーさんに、僕ふと疑問に思った事を尋ねる。


「そう言えば、さっき切られた時に確かに死にはしませんでしたけど、かなり痛かったんですが?」


『まあ、戦闘訓練でまともに痛みを感じないんじゃ、攻撃を碌に避けずに戦う変な癖が付くと困るし痛覚は通常通り残してある』


「・・・・・・普通、そんな重要な事も説明せずにいきなり斬り掛かります?」


 僕に指摘に、ナナリーさんはばつの悪そうな表情を浮かべながらも、『何も、アタシだって考え無しに斬り掛かったわけじゃ無いんだけどね』と告げる。


「考え、ですか?」


『本来、アタシは響史の魂と繋がってるから、実はこの世界でアタシが使える魔力って響史と同程度までなんだよ』


「ちょ、ちょっと待って下さい! 僕の魔力と同程度!? 冗談ですよね!? 僕にはあんな動きは出来ませんよ!」


 慌てて問い掛ける僕に、ナナリーさんは小さく首を横に振りながら『残念ながら事実だ』と静かな口調で告げる。


「それじゃあなんで僕だけが一方的に打ち負けるんですか!?」


『おそらく、今の響史が展開している『アイギス』にはまともに魔力が通っていないんだろう。と言うか、何処かで必要以上に魔力を浪費して本来必要な所にまともに魔力が使われてないな。本来、魔力の扱いに慣れてない状態で神器を顕現させると、無意識に内に神器を維持しようと必要以上に魔力を神器に回してしまう事が多い。だから、本来アタシはさっきの一撃で必要以上に使われている魔力の流れを感じさせようと『アイギス』を狙って攻撃したんだが、どうやら響史の場合は無意識の内に別の場所に魔力を集中させてしまってるみたいだね』


 ナナリーさんはそこまで語った所で一度言葉を切ると、暫く何かを考えるような仕草を見せた後、やがて徐に口を開いた。


『言ったように、今のアタシは響史が見た外の世界を認識出来ているわけじゃ無い。だから、これまでに何が起こったのかを直接言葉で聞くまで知らなかった。だから確認なんだが、『アイギス』を使えるようになってから敵の攻撃を防ぎ続けて魔力切れを起こしたことは有るかい?』


「ええと、そもそもさっき話したように、僕は『アイギス』を飛龍ワイバーンから身を守るために使った一度しか使ってません。だけどその時、最終的にアヤメが助けてくれるまでに魔力を使い果たしてかなりピンチになってました」


 その僕の答えに、ナナリーさんは『なるほどね』と呟き、暫くの沈黙を挟んで再度言葉を発した。


『おそらく、響史の『アイギス』に妙に魔力が乗ってない原因はそれだろうね』


「そうなんですか? あっ! もしかして、その時のピンチの記憶に僕が無意識の内に神器に消費される魔力を抑えてる、とかですか?」


『まあ、そうだろうね。だが、それだけが原因では無いはずだ』


「えっ!? そうなんですか?」


 驚きの声を上げながら尋ねる僕に、ナナリーさんは確信を持った調子で『ああ』と肯くと、神妙な面持ちで言葉を続ける。


『何故なら、神器に集中していた魔力を肉体に残すようになったのならば、さっきの攻撃を避けられても良いはずだからな。だが、そうならなかったって事は、響史は無意識の内肉に体に停滞するはずだった魔力をどっかに流してる、って事だ』


「なるほど」


『先程の戦いの中で、響史の魔力の流れに不自然な点は見られなかった。そうなってくると、力の流れの先は外部じゃ無くて内部である事は間違い無い。そうして考えると、無意識の内に戦う力を得ようと内に魔力を流し込んでいるんなら、その先に有るのはさっき言ってた『憤怒』の力なのかも知れないね』


 その言葉に、僕は表情を輝かせながら口を開く。


「と言うことは、僕の中にある魔力の流れを感じ取れれば『憤怒』の力を使えるように?」


『いいや、おそらく無理だ』


 しかし、そんな僕にナナリーさんは冷静に言葉を返す。


『戦闘中の響史は神器の強大な魔力を身に纏っている。そして、その魔力の大半を無意識で送り込んでいるにも関わらず反応しないなら、今の響史にその力を引き出す資格も力量も無いって事なんだろう』


 その答えに僕は若干落ち込みながらも、とりあえずどうにもならないことに気を裂いても仕方ないと気持ちを切り替え、「それじゃあこれから、僕はどうすれば?」とナナリーさんへ問い掛ける。


『一先ず、その無意識で行ってる魔力操作を意図的に行えるようにするしか無いね。そして、それが出来たら次は戦闘中に必要な所にほぼ反射的に魔力を回せるように訓練して行くしか無い。まあ幸い、この世界は外の世界から隔離された場所だから外の世界と異なる時間が流れている。だから、どれだけだって時間を掛けて訓練が出来るから安心して欲しい』


「分かりました。では、僕が力を使い熟せるようになるまで指導をお願いします!」


 そう元気良く返事を返したところで、僕はふとある事が気になり尋ねてみることにする。


「そう言えば、ここと外ではどれだけ時間の流れが違うんですか?」


『まあ、時間の流れはこの世界の主であるアタシの好きなように弄れるからどの程度の差異が有るかと問われても一概には言えないね。ただ、、外の1時間をここの1年にするのが限界かな。それに、響史の魂の強度から、外の時間で5時間程度で戻らないとだろうしね』


 今一瞬、幾つかの聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。


「あの・・・・・・この修行って、本当に大丈夫なんですよね?」


『大丈夫大丈夫。ここでは飢えも眠気も無いから24時間ぶっ通しで修行が出来るし、どれだけ痛みを感じても死ぬことは無いから』


 そう笑いながら告げるナナリーさんに、僕は多大な不安を感じながらも、これから狂った世界を生き抜くために必要な力を付けるためと割り切りながら修行を開始する事になる。



 そうして始まった修行の初めの一歩は自分の魔力を感じる修行で、自分の中の魔力が感じ取れるようになった3日後からはその魔力を使ってナナリーさんが指示した体の意図した部位を強化する訓練を只管繰り返す。

 そして、2週間ほどその作業を繰り返すことで考えずとも指示された部位を瞬時に魔力を流せるようになると、次はその送る魔力量を調整する術を叩き込まれる。

 正直、この魔力量を調整する作業が初めの基礎訓練の中では一番厄介で、魔力量が数字で出るわけでは無いことから必要な魔力量を感覚で覚えるしか無く、必要とする魔力量を感覚で覚えるまでに1月、更にそれを瞬時に出来るようになるまでに更に2月の時間を有した。


 こうして魔力操作を覚えたところでやっと基礎訓練が終了し、そこからやっと『アイギス』の扱いについて教えて貰える事になる。

 だがそこでも僕は非常に苦戦する事になる。


 最初に行った、どの程度の魔力を送れば『アイギス』にどれだけの強度を持たせられるかの把握はすんなりコツを掴むことが出来た。

 だが、その後の身体能力と神器に適切な魔力を配分する修行は想像以上にハードだった。

 異なる用途に同時に規定量の魔力を送る作業は、言ってしまえば右手で文字を書きながら左でキーボードを打つような作業だ。

 どちらかに意識が行き過ぎればもう片方の制御が崩れ、二つを同列に処理しようとすればどちらも中途半端になってしまう。

 更に、ここに戦闘時のように敵の攻撃や地形による移動が加われば更に処理する情報量が増えるわけだ。

 そんな訳で、僕がこれを熟せるようになるためにはどちらの作業も無意識に行えるまで極めるしか無く、最低限の戦闘が行えるレベルになる頃には既に修行を始めて1年が経過しようとしていた。


 だが、結局ここまで来ても僕の力は『最低限度の戦闘が行える』レベルでしか無い。

 ここから更に、敵を倒すために必要な体術の取得と神器を使い熟すために必要な知識を詰め込むための『実戦訓練』が始まろうとしていた。

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