第12話 実戦訓練
僕を取り囲むように空中には無数の光の矢が浮かんでいる。
その光の矢は、まるで僕の隙を窺うように一定の距離を保って滞空しており、その数は百を優に超えていた。
(来る!)
そう僕が判断した直後、突如滞空していた光の矢が僕を目掛けて一斉に飛来する。
だが今の僕はこの程度の攻撃に慌てることは無い。
「そこだ!」
飛来する矢の群れに、僕は最も密度が薄い場所を見つけるとそこに『アイギス』の盾を展開し、必要最小限の魔力を回すことで受け止めると包囲を突破する。
更に、幾つかの矢が標的を失った事で地面に激突して消える中、旋回して再び僕を襲う矢を、脚部に魔力を集中する事で速力を増す事で難無く回避する。
「これで、終りだ!」
そして、それでもなお消滅しない矢を極小の盾を進行方向上に出現させる事で相殺したところで僕は動きを止めた。
『どうやら、魔力の制御についてはもう問題無いみたいだね』
一息を付いたところで聞こえてきた声に視線を向けると、そこには満足げな笑みを浮かべるナナリーさんの姿があった。
「それは、ほぼ休む間もなくこれだけ徹底的に鍛えられたら誰だって上達しますよ」
『まあ、それでも一切肉体的な成長が見込めないこの世界でこれだけの動きが出来るようになったのは流石と褒めておこう』
この世界における僕はある種の精神体のような物であるため、どれだけ時間が過ぎようと肉体的な成長が訪れることは無い。
しかし、一度に扱える魔力放出量や魔力生成量は術者の精神力に由来するためか、この世界の中でも相応の訓練で鍛えることが出来るらしい。
だからこそ、ここでの僕の修行は必然的に魔力の扱いや今の体でどのような戦術が取れるかを学ぶのが主な課題となるのだ。
「ありがとうございます。でも、これで漸く僕は自分の身を守れる程度の力を付けただけで、このままじゃまだ
僕の持つ神器『アイギス』は守りの神器だ。
だから勿論、『アイギス』を使って出来る攻撃と言えば突進してきた相手をぶつけて反動でダメージを与える程度の事しか出来ない。
『まあ、神器に覚醒した当初から気付いているとは思うが、『アイギス』には敵の攻撃を防ぐ基本的な力、『
「はい。勿論知ってます」
『だが、それらの力にはそれぞれ欠点があって、とてもじゃ無いが普段の攻撃に使える物じゃないのも分かっているね?』
「勿論です」
そもそも、攻撃に使えるとしたら『
先ず『
そのため、最後の切り札として扱うならまだしも、通常の戦闘では全く役に立たないのだ。
そして、もう一つの『
それに、万が一発動出来たとしても、一度発動すれば僕の魔力が切れるまで解除も出来ず、そもそも相手の魔力が僕以上である場合は石化が起こらずに精々動きを鈍らせる程度の効果しか期待出来ないと言う致命的な欠点が有るのだ。
『だからこそ、『アイギス』の所持者は他に攻撃の手段を手に入れる必要が出てくる。そしてそれは、他の武器や体術、魔術であったりするわけだが、話しによれば響史の世界では気軽に武器が手に入るような環境じゃ無いんだよね?』
そのナナリーさんの問いに、僕は肯きを返す。
『で有れば、必然的に響史の戦い方は体術と魔術が主体となるだろ。そして、魔力を纏えば幼い体躯の響史でもそこそこの戦いが出来る』
その言葉に、僕より更に体の小さいアヤメが蹴りで軽々と飛龍を吹き飛ばしていた光景が思い出される。
あの小柄な体型の女の子であれだけの威力の蹴りを放つ事が出来るのだ。
それならば僕でも相応の威力を出せるに違いない。
『と言うことで、先ずは身体強化魔術の練度を上げるところからだ。そしてその次に、最も扱いが簡単な火や水などの自然の力を使った攻撃魔術を習得してもらう』
その宣言と共に、先ずは今まで意識して行っていなかった身体強化魔術を意識して使い、任意の部位を意図した強度まで上げる訓練と、その強化の限界値を引き上げるところから始まった。
結果、脚部に強化を施せば風のような速さで動き、腕部に強化を施せば鉄さえも砕く力を手に入れる事に成功する。
また、この時の強化魔術の相性から僕の戦闘スタイルは腕部に強化を集中する拳を主とした戦い方にする事が決まった。
そして、次に行ったのは自然の力を使った属性魔術なのだが、この訓練はナナリーさんが驚くほどのスムーズさで習得することが出来た。
なんでも、普通は魔力による環境の書き換えを上手くイメージ出来ず、簡単な炎を生み出すだけでも相当訓練が必要らしいのだが、普段から漫画やゲームに触れていた僕は『魔術はこんな事が出来て当たり前』と言う思い込みから、驚くほどすんなり術のイメージを構築出来たのが原因らしい。
こうして戦う術を手に入れるための訓練を始めて1月、僕はナナリーさんが魔力で生み出した狼のような使い魔を難無く倒せる程度までに成長していた。
『さて、それじゃあ漸く本格的にアタシと実戦形式の模擬戦を行っていこうじゃ無いか』
ある程度の成果が得られたと判断した途端、不意にナナリーさんはそう告げると、最初の時と同じように突然魔力の光で編んだ剣を片手に、準備が出来ていない僕へと斬り掛かってきた。
だが、今の僕はあの時の僕とは違う。
咄嗟に『アイギス』を展開すると、瞬時に相手の魔力量を魔眼で認識し、その攻撃を受け止めるのに最適な魔力量で盾を出現させる事で受け止める。
『ほう、成長したね』
「当然です。精神に必要以上の負荷がかからないようにある程度の休憩を挟んでいたとは言え、これだけの期間絶えず訓練を繰り返してればこれくらい出来るようになりますよ」
僕の答えにナナリーさんは満足そうな笑みを浮かべた後、瞬時に後方へ下がるとその体全体に魔力を満たす。
『それじゃあ、これが最後の実戦訓練だ! 今までの全てを出し切り、アタシの技を盗みながらアタシに一撃を加えて見せろ! そして、見事アタシが響史の実力を認めれば修行は終了。響史の精神は無事に元の世界に返るだろう』
ナナリーさんはそれだけ告げると、もはや問答は不要とばかりに剣を構える。
「分かりました!」
そして僕も、それだけ答えると瞬時に魔力を開放してナナリーさんへと迫る。
先に攻撃を放ったのは僕だった。
その攻撃はなんの捻りも無い力任せの右ストレートであり、放った僕もナナリーさんに届くとは端から思っていない。
案の定、その単調な攻撃は簡単に躱され、僕の隙を付くように上段からの切り下ろしが放たれる。
しかし、それを予測していた僕は僕の体を中心に爆炎を放出する。
本来、これは相手の攻撃合わせてカウンターで放とうと考えた技だったが、この単純な攻撃もナナリーさんに通用するとは元より考えていない。
実際、ナナリーさんは少しも驚く素振りを見せず、瞬時に攻撃の手を止めると目の前に『アイギス』による防御壁を展開することで僕の攻撃を防ごうとする。
だがそれも僕の計算の内だ。
この爆炎は元よりダメージを与えることを前提にしておらず、それを『アイギス』で防がせることで視界を奪い、その隙を突いて追撃に繋げることが目的だった。
故に、僕は爆炎に紛れて瞬時に姿勢を整えると、ナナリーさんの胴体目掛けて渾身の一撃を放とうと溜の姿勢を取る。
しかし、僕の目論見は呆気なく崩れる。
「なっ!!?」
爆炎がナナリーさんが展開した『アイギス』に触れた瞬間、その進行方向を180度変え、溜の姿勢を取っていた僕へと一斉に襲いかかって来たのだ。
「ツッ!!」
咄嗟に僕も『アイギス』の防壁を展開すると瞬時にその爆炎を受け止める。
だが、直後に僕は自身の失敗を自覚する。
それは先程僕が行おうとした作戦がそのまま返されただけなのだ。
僕の視界は炎による光で遮られ、それが薄れる頃には僕の眼前に光の剣が迫っていた。
(有り得ない! まだ炎が完全に治まっていない状態で突っ込めば自分もダメージを受けるはずなのに、ナナリーさんには一切の炎のダメージが行って無いぞ!?)
混乱する思考の中、その一撃を完全に捌くことは不可能と判断した僕は咄嗟に致命傷を避けるための必要最低限の回避行動を取り、せめて相打ち狙いで全力の魔力を集中した拳を放つ。
だが、その拳はナナリーさんの胴体に触れる寸前、突如出現した不思議な感触の盾に受け止められると、その表面をまるで滑るように力を流され、気付いた時にはあっさりと右腕を切り落とされていた。
「ッ~~~~~~~~~!!!?」
痛みに意識を失いそうになるのをなんとか堪え、僕は全力で後ろに飛ぶことで距離を取る。
しかし次の瞬間、僕の思考は更に混乱することになる。
突如として地を蹴ったナナリーさんは、空中に出現させた『アイギス』を足場に不規則な軌道で僕との距離を詰める。
そして、まるで僕を翻弄するように『アイギス』を足場に空中を自由自在に飛び回り、気付けばその姿は空中に残像を残すほどのスピードまで達していた。
(何処だ! いったいどこから来る!?)
素早い動きに翻弄されながらも、僕はナナリーさんが攻撃に転じた瞬間を狙って『アイギス』でカウンターを仕掛けようと機を窺う。
そして、暫くの硬直状態が続いた後、漸くナナリーさんがこちらに斬り掛かってこようとしている前兆を掴む。
「今だ!!」
瞬間、僕はナナリーさんが斬り掛かってくる進路を塞ぐように『アイギス』を展開する。
おそらく、これだけのスピードで『アイギス』に衝突すれば大したダメージを与えられなくても少しの隙ぐらいは作れるはずだ。
そんな僕の目論見は、突如ナナリーさんの姿が霞のように消え去った事から儚くも瓦解する。
「なっ!!?」
驚きの声を上げた瞬間、突如後方に展開した『アイギス』の『
「そん、な・・・・・・」
そのあまりにも圧倒的な実力差に、僕はその場に呆然と立ち尽くす。
そんな僕に、ナナリーさんは一切の疲れを感じさせない声色で言葉を掛ける。
『『アイギス』に回す魔力の波長を工夫すれば相手の攻撃を逸らす事も、極めればそのまま返す事も出来る。それに、盾だからと言って攻撃を防ぐだけが能じゃ無い。後は盾の形に拘らず、自身の魔術の余波を防ぐための鎧として体の周りに薄い膜のような形状で展開することだって出来るんだよ。それと、もしかしてアタシも魔術による攻撃や妨害が出来る事を忘れているわけじゃ無いよね?』
悪戯っぽい笑みを浮かべながらそう告げるナナリーさんに、僕は何も言い返せずに只呆然と沈黙を返す事しか出来なかった。
こうして始まった実戦訓練は、ナナリーさんに一撃を加えられるようになるまでほぼ休み無く繰り返され、見事突破する頃にはこの世界の滞在限度である外時間で5時間、つまり約5年の刻限が迫るギリギリまでかかったのであった。
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