第10話 ナナリー
「ここ、は?」
気が付くと、僕はいつの間にか雪で覆われた見知らぬ土地へと降り立っていた。
どうやら広場で有るらしいここは、丸く囲むようにレンガのような材質で作られた建物に囲まれており、少し離れた小高い丘には一際大きな屋敷の姿も見えた。
「もしかして、ここが『アイギス』の内なる世界?」
1人でそう呟いてみたものの、勿論ながら僕の問い掛けに答える者はいない。
「それにしても・・・・・・景色に割には全然寒くも無いけど、いったいどうなってるんだ!?」
今まで僕がいた日本は6月と言う暑い時期で有り、僕の服装は勿論薄手の半袖と言う夏場に相応しいものだった。
つまり、こんな雪が降り積もるような場所で平気でいられるような服装では断じてない。
にも関わらず、僕から吐き出される息はきちんと白くなっているのに対して、僕の体はそれ相応の寒さを一切感じていないのだ。
「まさか、これがアヤメの言ってた神器の内なる世界ってやつなのかな」
これも別に返事が返って来るとは思っていないただの独り言だった。
しかし、そんな僕の予想に反して僕に返事を返して来た者が有った。
『その通り。ここは『アイギス』の内に構築されたアタシの記憶の世界。だから、現実世界と違って寒さなんて感じることは無いんだよ』
咄嗟に声がした方向へと視線を向けると、そこには1人の女性が立っていた。
見た感じリヴィアさんと変わらない20代後半と言った風貌のその女性は、腰まで届くほどの美しい白銀の髪に紅い瞳が特徴的な女性だった。
リヴィアさんほどでは無いにしろ160後半は有ろうかと言う女性にしては比較的高い身長に、落ち着いた雰囲気が如何にもクールな印象を受けるが、同じようにクールな印象を受けたリヴィアさんが思いの外フランクだった事を考えると、この人も印象通りの性格では無いのかも知れない。
「貴女は?」
『アタシの名はナナリー。この『アイギス』と同化してる一種の管理人のようなもんさ』
「それじゃあ、貴女がアヤメやリヴィアさんが言ってた?」
『リヴィア? 誰だそれ。と言うか、
僕の問い掛けに、何故か目の前の女性、ナナリーは驚いた表情を浮かべながら問い掛ける。
それにしても、桜花彩芽とはどう言うことだろう?
アヤメの名字は名乗っていなかったが、もしかして僕と同じ『桜花』と言う名字なのだろうか?
それらを疑問に思いながらも、僕はとりあえず今まで僕に起こった事を順にナナリーさんに説明していった。
因みに、最初の方で僕が桜花暁斗の弟で有ることを告げた時には再び驚きの声を上げたが、『すまない、続けてくれ。とりあえず最後まで話しを聞こう』と告げた後は一切言葉を発する事無く最後まで僕の言葉に耳を傾けていた。
『一つ、確認させて欲しい』
一通りの説明を終えた後、ナナリーさんは徐に口を開くとそう告げた。
「なんでしょう?」
『その、リヴィアってやつはエルロンの姓を名乗ったんだよな?』
「はい、そうです」
『アタシよりも身長が高くて切れ長の眼の美人。更にはアタシぐらいの長さの髪をポニーテールで纏めていたんじゃ無いか?』
「えっ!? ええ、そうです!」
僕は、先程の説明でリヴィアさんの特徴を『青髪で長身の女性』としか語っていなかったので、そこまで正確に特徴を語られたことに多少驚きを感じながらも、やはり2人は知り合いだったのかと微かに安堵感を覚える。
だが、次の質問で更に混乱することになる。
『そいつは、リヴァイでもアンナマリーでも無く、間違い無くリヴィアと名乗ったんだな?』
「へ? え、ええ。間違い無くリヴィアと名乗っていた・・・・・・はずです」
アヤメはリヴィアさんを『師匠』としか呼ばないため、僕が聞き間違えたかと若干不安になりながらもそう答える。
すると、ナナリーさんは何故か寂しそうな表情を浮かべながら『そうか。あいつもアタシと同じく過去を捨てた、か』と呟いた後、軽く顔を左右に振ると笑顔を浮かべながら再び口を開く。
『まあ、間違い無くそいつはアタシがよく知るやつだよ。それに、話しを聞く限りじゃそのアヤメって子はアタシの知ってる子とは別人だろうね。大方、リヴァイ・・・・・・じゃ無くてリヴィアが、昔救えなかった1人の少女を思って付けた名だろうね』
いったいナナリーさん達にどう言った因縁があるのか分からない僕は、とりあえず「そうなんですか」と無難な言葉を返す事しか出来なかった。
そして、ナナリーさんもあまりここら辺の話しを深く掘り下げるつもりは無いのか、表情を引き締めながら改まった調子で再度語り始める。
『残念ながら、アタシがこの神器の中でこれだけはっきりとした自我を保てるようになったのはこっちの世界に来た後だからあまり詳しい状況は分かって無い。それに、響史が神器に目覚めたばかりだからか、それともまだ碌に使い熟してないからか分からないが、今のアタシじゃ神器を通して響史が見ている外の世界を認識することが出来ない』
「外の世界を認識、って・・・・・・つまり、アヤメとリヴィアさんのような関係に僕らもなれる、って事ですか?」
『いいや、それは無理だろう。精々、神器を通してアタシが一方的に響史の見ている世界を共有するくらいだ。意思の疎通を図るには、今のように神器の内なる世界まで来てもらう必要が有るだろうし、肉体の主導権を一時的にしろ移すなんて到底出来ないだろうさ。それでも、外の状況を知れるてきちんと自我がある分、アレンの中にいた時よりは的確に響史のサポートは出来るだろうがね』
言葉の意味を全部理解出来たわけでは無かったものの、僕は一先ず「そうなんですね」と返事を返しながら、一つ気になった点があったので質問をすることにする。
「そう言えば、アレンさんってアヤメのお父さんですよね? つまり、ナナリーさんがアレンさんの中に、って事は元々も『アイギス』はアレンさんの神器だったんですか?」
僕の問いに、何故かナナリーは唖然とした表情を浮かべながら言葉を失っていた。
「ええと・・・・・・ナナリー、さん?」
そう僕が言葉を掛けると、ハッと我に返るかのような仕草を見せた後、恐る恐ると言った感じにナナリーさんは口を開く。
『その、アヤメって子の父親がアレン? それじゃあ、母親は!?』
「ええと・・・・・・確か、アリアさんと――」
『なんだと!!?』
突然のナナリーさんの大声に、僕は思わずビクリと体を震わせる。
そんな僕を見て、ナナリーさんは若干ばつの悪そうな表情を浮かべながらも『ああ、突然大声を出してすまない』と謝罪の言葉を口にし、大きな溜息を付いた後に暫くの沈黙を挟み、徐に語り始める。
『アタシも死んで『アイギス』と完全に同化した後の事は朧気にしか覚えていない。それでも、アリアが全ての元凶である『アーマゲドン』が作り出した存在であること、そしてアレンと戦った事は何となくだが覚えている』
そこまで語った所で、再度深いため息をつきながら暗い口調で再び言葉を続ける。
『それでも、2人が最終的にそう言った関係になってるとは全く知らなかった。・・・・・・正直、2人の親代わりをしていた身としてはひじょーーーーーーーーーに複雑な心境なのだが』
そんな愚痴を僕に言われても、と思いながら、やはり見た目に反してダメな大人のオーラを感じる人だと確信する。
正直、この調子でこの人に助力を頼むのが正しいのかと一抹の不安を覚えてしまう。
『ハア、過ぎたことをグチグチ言っても仕方ない、か』
暫くの間、ブツブツと何事かを呟きながら自分の世界に入り込んでいたナナリーさんを呆然と眺めていたが、漸く心の整理が付いたのか不意にそう告げて僕へと真っ直ぐな視線を向けたナナリーさんに思わず不安げな表情を返す。
『とりあえず、今の幼い響史じゃアタシの、『アイギス』の力を十全に使い熟す事は難しいだろう。それでも、少しでもまともに戦えるようになるようにこの世界でアタシが響史に戦い方を叩き込んでやろう』
「戦い方を?」
『そうだ。そして、一番手っ取り早く力の使い方を覚える方法は、実際に力を使って戦闘を重ねるのが確実だ』
そう告げながら、ナナリーさんはその手に魔力の光で作り出した剣のようなものを出現させる。
『と言うことで、先ずは響史の力を見せてもらおう。なに、この世界の中ではアタシも響史も魔力切れを起こすことも無いし死にもしない。それに、どちらも『アイギス』の力を使えるから安心しろ』
もはや展開について行けずに混乱する僕などお構いなしにナナリーさんは一方的に言葉を続ける。
『さあ、早く『アイギス』を顕現させる!』
その言葉に、僕は思わず言われたとおりに『アイギス』を呼び出す。
『さて、それじゃあどれだけアタシの攻撃を裁けるか、お手並み拝見だね!』
その言葉が終わるか終わらないかの時点でナナリーさんの姿を消える。
そして、一切何も分からず心の準備も出来ないまま始まった模擬戦は、気付いた時には呆気なく『アイギス』の盾を粉砕され、僕の胴体は真っ二つに切り裂かれた事で終了するのだった。
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