第9話 修行の始まり

「まず初めに、キョージには神器を使い熟す所から始めてもらう」


 翌日、朝の7時に起床して朝食を取りながらアヤメは僕にそう告げた。


「言ってた『原罪』ってやつを使えるようにするんじゃ無いの?」


「その前に先ずは神器。そもそも、今のキョージが『原罪』、と言うか『憤怒』の力に覚醒したとしても、暴走してここら辺一帯を吹き飛ばしちゃうのが落ちだろうし。それに、そもそもある程度の力が無ければ『原罪』に宿っている魂の残滓が所有者として認めてくれない」


 最後の方の言葉の意味はよく分からなかったが、アヤメの言葉に昨日の《アスモデウス》で森が消し飛んだ風景を思いだし、僕は反論出来なかった。

 だけど、完全に力を解放するのでは無く部分的に力の解放も出来るようだし、先に切り札的な力を手に入れていた方が良いのでは無いだろうかと疑問にも思う。


「そもそも、ある程度の力が無ければ『原罪』の適合者と認められないってのは置いといても、もう一つ問題が有るからね」


「もう一つの問題?」


「そう。『原罪』の力は元々『アーマゲドン』の力だったらしいんだけど、『アーマゲドン』の『人類を殲滅する』と言う使命を強い感情で塗り替えて今の姿になったんだって。だからか、その力を発現させると対応する感情に大きく支配される事になるの」


「それってつまり、『憤怒』は怒りの感情だから、力に覚醒すると自分の意思とは関係無く怒りに我を忘れてしまうって事?」


「そう言う事」


 そうなると、アヤメの持っている『原罪』は『色欲』だから、それに関する感情である誰かへ対する愛情や性欲が増幅されると言う事で――


「で、でも対処法が有るんだよね!」


「どうしてそんなに赤くなってるのか知らないけど、対処法はちゃんとある。と言うより、話の流れで分かると思うけどその対処法が神器なんだよ」


 そう言いながら、アヤメは目の前に『聖杯カリス』を出現させる。


「それぞれの神器の中には、その神器と強く結びついた誰かの魂が入っているんだって。そして、神器を使い熟すと言う事はその魂に認められることでもあり、神器と強く結びついた神器所有者はより強く神器の力を引き出せるだけじゃ無くて、その魂からサポートを受ける事も可能になってくるみたいなの」


「つまり、その神器の中の魂に『原罪』からの支配を防いでもらうって事?」


「大体そんな感じ。正確には、その魂に防壁となってもらって『原罪』からの魂の浸食を防いでもらうんだけど。もっとも、キョージの魂がそもそも『原罪』の浸食に耐えられるぐらい強くなれば、そんな手順を踏まなくても良いみたいなんだけどね」


 アヤメの話しを全て理解出来たわけでは無いものの、とりあえず最初の方針が分かった以上はそれをクリアするしか無いのだろう。

 そう考えを整理したところで、僕は改めて何をしなければいけないのかアヤメに問うことにする。


「じゃあ、具体的にどんな修行をするの?」


「シショーが言うには、先ずは神器の内なる世界に入り込んでそこにいる魂と対話する必要が有るんだって」


 いきなり難しい課題が出てきて僕は少し混乱する。

 神器の内なる世界とはいったい何なのだろう?

 そもそも、そんな簡単に会おうと思って神器に宿った魂とやらに会えるのだろうか?


 いくら考えても答えの出ない問いに、僕は既に同じ修行をやって来たのであろうアヤメに素直に聞いた方が早いと判断を下す。


「因みに、そこはどんな感じて入れるの?」


「分かんない」


 その予想外の答えに僕は思わず数秒言葉を失う。

 そして、もしかすればこれは『それぞれの神器ごとに手順が違う』とか、『宿っている魂と波長が合った時に入れるが、その波長の合わせ方は魂ごとに違う』と言った類いの問題なのだろうと勝手に解釈し、質問の仕方を変えることにする。


「それじゃあ、アヤメの時はどうやってその世界に入ったの?」


「だから、ボクは一度も神器の内なる世界なんて入った事無いから分かんない。強いて言えば、眠ってる時にシショーに引っ張り込まれるあの世界がそうなのかも知れないけど、ボクが入ろうと思って入ってるわけじゃ無いから」


「いや、ちょっと待って! だって、アヤメは『色欲』を問題無く使ってるんだったら、同じ修行をして神器を使い熟したんじゃ無いの!?」


「ううん。ボクは生まれた時からずっと『聖杯カリス』の力を持ってた影響か、別に修行なんてしなくて最初から使い熟せたんだよね。それに『色欲』を覚醒させたのがそもそもボクのママだからか知らないけど、最初から適合者として認められてたし」


 あまりの不公平感に僕は数秒口を開けたまま言葉を失い、やがて余計な考えを切り捨てながらもなんとか言葉を発する。


「それじゃあ、この修行を指示してきたと思われるリヴィアさんはなんて言ってるの?」


「己の魔力の流れを感じて、その根源にある自分の魂とそこに存在する神器の鼓動を聞けば自ずと道は開かれる、ってさ」


 いったい、昨日初めて神器を呼び出し魔力を自覚したばかりの僕に何処まで無茶振りをするつもりなのだろう?

 はっきり言って、言われている意味が欠片も分からない。

 そもそも、最初から力を問題無く使えているアヤメを基準に指導されているみたいで、僕が全く魔力のまの時も知らない素人だと忘れているのでは無いだろうか?


「いや、そもそも昨日まで僕はまともに魔力の存在すらも知らなかったんだよ? そんな僕が、いきなりそこまでの高難易度な修行を熟せるわけ無いじゃないか!」


「え? でも、神器を顕現出来るって事はある程度魔力を扱えるって事じゃ無いの?」


「いやいや、そもそも昨日まで魔力って漫画やゲームとかの空想上の世界だけのものだと思ってたし」


「漫画? ゲーム?? でも、最初に神器の存在を認識するには魔力が無いと出来ないと思うんだけど・・・・・・もしかして、神器を呼び出す前に何か切掛になるような事が無かった?」


 そう問われ、僕はあの時に出会った赤毛の男性の事を思い出す。

 結局あの人は誰だったのだろうか?

 もしかしたら、あの人がそもそも神器に宿る魂と言うやつだったのでは無いだろうか?


 そう考え、僕はその時の事を出来るだけ詳しく、思い出せる範囲でアヤメへ説目した。

 そして、おそらくリヴィアさんに話しを聞いているのか沈黙を続けるアヤメの次の言葉を待っていると、やがて「シショーが言うには」と前置きした上でゆっくりと話し始めた。


「キョージが合った人は、ボクのパパじゃ無いかって」


「アヤメのお父さん!?」


「うん。それで、パパが持ってるはずの『全ての神器と繋がる根源の力』でキョージと接触したか、そもそもパパの魂がキョージの中に有るか、ってシショーは考えてるみたい。そして、何故キョージを選んだのかって理由は、単純に暁斗の弟だからだろう、って」


「そう、なんだ・・・・・・」


「だけど、これはこれで遣りやすくなったかも、ってシショーが言ってたよ」


「遣りやすく?」


 尋ねる僕に、アヤメはニッコリと笑顔を返しながら「そう」と告げた後、コホンと咳払いをして言葉を続ける。


「もし、魔力の制御が全く分かんない状態だったら、先に魔力の扱いについて教える必要が有るから凄い時間がかかるかも知れなかったんだけど、パパがキョージに力を貸してくれるなら別の方法が使えるかも知れないんだって」


 その言葉に、僕は微かに希望が見えた気がして思わず身を乗り出す勢いで「それはどんな方法!?」と問い掛ける。

 すると、何故かアヤメはソファーを指差し、「とりあえずアレに座って」と声を掛ける。


「? まあ、良いよ」


 僕はアヤメに指示されるがままソファーへと腰を下ろす。

 すると今度は「じゃあ目を瞑って」と声を掛けられ、意味が分からないながらも言われたとおりにする。


「今度は、自分の意識を深い深い闇の中に沈めるように集中してみて」


 突如耳元で囁かれ、僕の体がビクリと跳ねる。

 それをアヤメは「ちゃんと集中して!」と叱りながらも、再度耳元で囁き続ける。


「さあ意識して。自分の中に有る深い闇を。そして、そこに何処までも何処までも沈んで行きながら、深淵に有る光を探して」


 ドキドキする気持ちをなんとか抑えながら、僕は言われたように意識を自分の奥深くに沈めるようにイメージを膨らませる。

 すると暫くしたところで、気付けば僕の体の中を巡る何かの流れや闇の中に微かに見える光をイメージ出来るようになってきた。


「いい? その光はキョージに中に眠る『アイギス』の波長だよ。後は、そこにいる誰かにそこへ入れて欲しいと語り掛けるだけで良いから。そうすれば、きっとパパがキョージの魂を『アイギス』の中まで導いてくれるはず」


 言われたとおり、僕は光に向かって必死に語り掛けるイメージを膨らませる。

 そうして、どれ位の時間それを繰り返したかも曖昧になって来た頃、気付けば僕の意識は光に包まれていた。

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