第8話 新たな生活
一先ず今夜一晩を過ごす家を決めた後、僕らは食料を調達すべく鍵が開いている家を片っ端から探索することにした。
その間、無造作に辺りに放り出されている亡骸を、アヤメが召喚した悪魔達が丁寧に集め、一カ所に埋葬してくれているようだった。
「まあ、外に放置して新たな
そう語るアヤメの態度は素っ気なかったものの、もしかしたら死に慣れていない僕がこれ以上精神的負荷を受けないよう、彼女なりの気遣いだったのかも知れない。
或いは、夏場で遺体が腐りやすい状況であるため、臭いがするのを嫌っての行動かも知れないが、その真意を問質す気にはなれなかった。
それから暫く、食欲が湧かないながらも「空腹ではいざという時に動きが鈍るから、食事と食料の確保は必要」と言うアヤメの忠告に従い、僕もアヤメと共に食料を探す事にする。
正直、アヤメは施設で調理済みの食材しか見ておらず、ここに来るまでも自然に生えてるキノコや山菜、魚や獣を取ってその日の糧にしていた影響で、どれが調味料でどれが食品か、更にはレトルト食品やカップ麺でさえ食料であると言うことを知らない状態だったので、必然的に僕が同行する必要が出てきたのだ。
そして、彼女のに同行している中で、僕はある不思議な行動に疑問を持ち思わず尋ねてしまう。
「ねえ、それってどうなってるの?」
その時アヤメは、冷蔵庫から取り出した食材を次から次に呼び出した『
そもそも、金色の杯である『
「さあ? ボクも良く分かんない。でも、この中に入れてれば色々と便利なんだよね」
そう告げながらも、彼女は冷蔵庫から取り出した麦茶をドボドボと『
「便利?」
「そう。この中に入れとけば、そのままの状態で取り出すことも出来るし、必要な素材に分解、或いは新たな素材に融合させて取り出すことが出来るんだ」
面倒臭くなったのか、冷蔵庫内に有った調味料をパックや瓶のまま突っ込みながら語るアヤメに、「ええと、よく意味が分かんないんだけど」と告げると、彼女は一旦作業の手を止めて僕の方を振り返る。
「例えば、この中にボクは海の水を入れたんだけど――」
そう言いながらアヤメは食器棚からコップを取り出すと、そこに『
「少し舐めてもらうと分かるけど、これは海水その物をただ取り出しただけ」
差し出されたコップの中の水に、僕は人差し指を軽く付けて舐めると、確かに塩水のような味がした。
「そしてこれが、海水を普通の水の状態に分解して取り出した物」
そう言いながらアヤメは次のコップに水を注ぐ。
そして、それも同じように舐めてみると、言われるように塩の辛さは全く無かった。
「こんな感じに色々と分解出来るの。因みに、さっきの海水から取り出した塩もストックされてるか、こうやって何時でも取り出せる」
小皿に盛られる塩を見ながら、僕は「へえ、便利なんだね」と何となく呟いたが、何故かアヤメはため息をつきながら「それでも面倒な点もある」と漏らす。
「こうやって分解するにしても新たに調合するにしても、その原理や工程、必要な触媒なんかが揃ってないとダメなんだよね。それこそ、食材を入れてれば勝手に料理を作り出す事も出来るけど、その作り方を知らなくちゃそもそも作れない感じ」
「って事は、何が混ざってるか分からなきゃ上手く分解出来ないし、合成も出来ないって事?」
「まあそんな所かな。因みに、さっきの海水の例では海水から食塩を取り出す方法をシショーが知ってたから塩を作り出せてるだけで、水の部分は厳密には『海水から食塩を取り除いた残り』って感じだから、飲料水に使えないんだよね」
その言葉を聞き、念のために少し舐めるだけにしておいてよかったとホッとしながらも、そう言う事実は早めに教えてもらいたかったと内心不満を覚える。
「まあ、そう言う事で、ボクは料理の作り方なんて碌に知らないから、『
そう告げながら、作業を再開したアヤメはもはや面倒臭いのか、冷凍庫に『
そんな作業を5回ほど繰り返した所で、これ以上は持っていても無駄にする可能性が高いと最初に目星を付けていた今夜の寝床とする家へと戻る。
正直、襲撃の影響で電気も水道も止まっているのでは無いかと心配したが、幸運な事にこの集落へは問題無く水も電気も来ており、目星を付けた家の屋根にはソーラーパネルも乗っている事から、ある程度の期間は電力の確保も見込めるだろう。
どちらにせよ、少なくとも今夜はある程度快適に過ごすことが出来そうで安心する。
そうして、僕らが漸く食事を取った時には既に夜の8時を回っていた。
今までの衝撃的な体験からあまり食欲が湧かなかった僕は、カップスープとパンと言う簡単な食事で済ませたのだが、それでも気持ち悪さから危うく戻しそうになるのをなんとか堪えて食事を終えた。
因みに、アヤメは今まで一度も食べたことが無いと言うカップラーメンを非常に気に入ったようで、見つけたら優先的に持っていくのだと意気込んでいた。
それから、体の汚れを落とすためにお風呂にも入る事になったのだが、そこでアヤメは今までの生活では機械的に体を洗われるだけでお風呂に入った事が無いという事実が判明する。
そのせいで、「良く分かんないから一緒に入ろうよ」と提案してくるアヤメに、流石に男女でそれはマズいと説得を続けた結果、先に僕がお風呂に入る時の手順などを説明し、いざとなれば直ぐに説明出来るように脱衣所で待機するという事で話しがまとまった。
後、勿論僕達は着替えなどを持っておらず、そう都合よく体型に合う服が置いてあることも無いので、僕はどうしたものかと頭を悩ませたのだが、それも『
『はあ~、入浴って結構気持ちいいんだね~』
背後からドア越しに聞こえるくぐもった声に、僕は「出る時は言ってね! 直ぐに離れるから!」と言葉を返しながらも、その内心はとても落ち着かないものだった。
今当に、僕の背後の扉の向こうでは年も変わらないであろう美しい少女が一糸纏わぬ姿で湯船に浸かっている。
そう意識するだけで何故か顔が赤くなるの止められなかった。
『ね~、やっぱりキョージも一緒に入ろうよ。さっぱりして気持ちいいよ~』
その誘いに、僕は「僕も後で入るから!」と返事を返しながらも、一緒に入っている姿を想像してしまい更に顔が熱くなるのを感じる。
何も知らなければ無邪気に一緒の入浴を楽しんだのかも知れないが、11にもなれば流石に男女の体の違いくらい分かるし、異性を意識する感覚だって持っている。
そんな状態では一緒に入浴などしようものなら、恥ずかしくて明日からどんな顔で接すれば良いのか分からなくなってしまう。
『はあ~、まあいいや。そう言えば、シショーの提案で暫くはキョージを鍛えるためにここを拠点にするんだって。その電気とか水道、ってのがどれだけ保つのか分かんないけど、明日からもこうやってゆっくりお風呂に浸かれたら良いね~』
アヤメの言葉に、僕は「そうだね」と返事を返しながらも、こんな世の中では何時までも今日のような当たり前の暮らしは望めないのだろうと気分を暗くする。
(それでも、僕は僕に出来る精一杯をやっていくしか無いんだ!)
そう決意を固めながら、一日でも早くこの狂った世界を生き抜くための力を付けるため、明日からの修行を頑張ろうと決意したのだった。
因みに、これから寝ようと言う段階になったところで、今までアヤメはカプセルのような特殊な装置の中か、野晒しの状態でしか睡眠を取った事が無いと言う事実も判明し、その影響か彼女は初めて布団に横になって眠るという体験に大いにはしゃいでいた。
そして、案の定ここでも僕と一緒に寝るのだと言いだし、どうにか断ろうとした僕を「夜中に飛龍の襲撃があった時、近くにいないと対処が遅れる」と言う理由で強引に説き伏せ、結局は2人布団を並べて眠ることになった。
そんな状態でも昼間の疲労の影響か、僕達は直ぐに眠りに落ちる事が出来たのだが、どうやらアヤメの寝相はあまり良くは無いらしく、知らないうちに抱き枕にされていた僕が、朝目覚めた時にどれほど驚いたかは語るまでも無い事だろう。
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