第7話 違い

 30分ほど歩いたところで僕らは、飛龍ワイバーンに占拠された集落へと辿り着く。


 そこは山間部の集落では有るが、ある程度の数の民家がまとまって存在していた。

 しかし、その内8割は飛龍の襲撃の影響で破損してしまっており、残りの2割の内ほとんどが明らかに人が住んでいなかったのか廃墟になっていた。


「まあ、何件か問題無く使えそうだし寝床は問題無し、っと。後は、十分な食料が残ってれば良いんだけど・・・・・・」


「ねえ、でも勝手に家の中の物を取ったらマズいんじゃ無い?」


 不安な感情を抑えられず尋ねる僕に、アヤメは一切迷う事無く「別に良いんじゃ無い?」と返し、飛龍が数匹集まっている地点を指しながら言葉を続ける。


「文句を言うはずの本来の持ち主も、たぶんあそこで死んでるし」


 その言葉を聞き、改めて飛龍が固まっている地点に目を向け、そこに乱雑に投げ出されているモノが食い荒らされた人間の死体である事を漸く認識する。


「うっ!!?」


 瞬間、あまりの衝撃に僕は突然気分が悪くなり、気付いた時には近くの草むらに辛うじて胃の中に残っていたらしい食べ物の残骸を全て吐き出していた。

 そんな僕に、アヤメは「まあ、そうなるのも仕方ないよ」と労るような優しい笑みを浮かべた後、表情を引き締めながら飛龍の群れへと視線を戻した。


「う~ん、飛龍の数は12か・・・・・・。とりあえず、悪魔を3体ぐらい出しとけばボク1人でどうにか出来るかな?」


 おそらくリヴィアさんに問い掛けているのだろう。

 冷静に状況を判断しながら寝床と食料を確保しようとする彼女の落ち着いた態度に、僕は掠れる声で思わず頭に浮かんだ疑問を口にしていた。


「アヤメは、アレを見てもなんとも無いの?」


「アレ? ああ、あの死体のこと? う~ん、正直なんとも。だって、そんなのいちいち気にしてたら、魔物が溢れたこれからの世界を生き抜いて行く事なんて出来ないし」


 さも当然のことと告げるアヤメに、僕は改めてこれからのことを考える。

 確かに、死を恐怖し足を止めていては、今の飛龍のような怪物が溢れる世界で生き抜くことなど到底不可能だろう。

 だが、今まで比較的平和な日本で生活を送っていた僕が、いきなり死が溢れる危険な世界に順応出来るはずも無いのも事実で有り、きっと僕1人ではあっと言う間に命を落として終りだったのだろう。

 そう考えると、アヤメはさほど僕と年齢も違わないだろう女の子なのに、力だけで無く心も僕とは比べ物にならないほど強いのだろうと感心する。


「アヤメは、強いんだね」


「それって、精神的にってことだよね? そう言うことなら、少し違うんじゃ無いかな?」


 思った事を素直に口にすると、アヤメからは予想外の返事が返ってきた。

 その返事に、僕はつい驚いた表情を返すと、アヤメは少し困ったような笑顔を浮かべながら言葉を続ける。


「ボクの場合、物心付く頃からシショーに鍛えられてきたってのも有るけど、ボクがいた施設はボクの力を兵器利用しようと研究してた所なんだよね。だから、そもそもボク自身を兵器として活用出来るよう、生き物・・・・・・それこそ人間ですら殺すことを躊躇わないように教育されてきたんだよね」


 予想外の答えに、僕はどう言葉を掛けて良いのか思い付かず言葉を無くす。

 そんな僕に、アヤメは優しい笑みを浮かべながら、「だからキョージが弱いとか、ボクが強いとかじゃ無くて、そもそもボクの感性が異常なだけだから」と言葉を掛けてくれた。


「まあそれに、キョージもきっとこんな生活を続けてたらその内慣れるから心配ないよ」


 アヤメは最後にそれだけ告げると、3体の悪魔を召喚して飛龍が占拠する集落へと飛び込んでいく。

 僕はその背を見つめながら、果たしてこの異常な世界に慣れてしまうことが本当に正しい事なのか、疑問を感じながらも唯々順調に飛龍を駆逐する彼女の活躍を見守ることしか出来なかった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 それから10分後、アヤメは手際よく3体の悪魔で飛龍の群れを攪乱しつつ、1匹ずつ確実に蹴り殺すことで占拠されていた集落を開放してしまった。


 残念なことに集落内には生存者は存在しなかったものの、外に転がっている死体が集落に建つ建物の数に比べて格段に少なかった事も有り、仕事で最初から集落の外に出ていたり、飛龍が襲撃した際に逃げる事に成功した人がいるのでは無いか、とアヤメは教えてくれた。

 勿論、それで亡くなった人達が蘇るわけでは無いものの、何故か多少なりとも救われたような気持ちになったのは事実だった。


「まあ、それでもボク達が生き残るために、残された物は有効に活用させてもらう方針に変わりは無いからね」


 そう告げながらも、一応鍵が閉まっている家に無理矢理入ることはせず、鍵が開きっぱなしの家で被害が無い住宅を探してくれるなど、彼女なりに最大限の配慮をしてくれているようだった。


 しかし、始めの1軒目を探索しようと中に足を踏み入れた時、僕はある事実に気付く事になる。


「ちょっと! 持ち主が亡くなっている可能性が高いからって、いくら何でも土足で上がるのは・・・・・・」


 そうやって呼び止める僕に、アヤメはキョトンとした表情を浮かべながら「ダメなの?」と問い掛けてくる。

 その段階で、僕とアヤメでは今までの経験に大きな違いがあるだけで無く、その生活の習慣についても大きな隔たりがある事に気付いた。


「もしかして、アヤメって日本に住んでたわけじゃ無いの?」


「うん。ボクがいた施設は別の国にあったみたいだね。ここには《アスモデウス》を開放した時に出てくる魔力の羽で海の上を飛んで来たし」


 確か、ネットなどでアメリカなどは家の中で靴を脱がないと見た覚えがあるが、もしかしたらそう言った国に住んでいたのだろうか?

 もしかしたら、アヤメのいた施設が特別なだけでその国でも靴を脱ぐのが当たり前なのかも知れないが、少なくともアヤメやリヴィアさんにそう言った常識は無いのだろう。


 だが、先程の彼女の答えにより僕はある疑問を無視出来なくなり、思わず尋ねる。


「ねえ、アヤメは今まで違う国にいたんだよね? どうしてそんなに日本語を上手に喋れるわけ?」


 そもそも、今まで外国で過ごしていたのならここまで流暢に日本語を喋れるわけが無い。

 もしそこでも日本語で喋っていたとすれば、アヤメに酷いことをしてきた施設(僕の中では勝手に悪の組織の研究施設だと思っている)が国外にあったとしても、それを運営していたのが日本人だと言う事になってしまう。

 だが、僕の質問にアヤメは予想外の答えを返してくる。


「日本語? 何それ?」


「え!? いや、今僕と話してる言葉だよ!」


「え? 言葉なんてどれも同じでしょ?」


 お互い噛み合わない会話に、僕の頭は混乱してくる。

 そして、散々悩んだ所で更なる事実に気付く。


「そう言えば、リヴィアさんってそもそもこことは違う世界から来たんだよね?」


「らしいね」


「それじゃあさ、なんでこの世界の言葉を話せるの!?」


「だから、言葉なんて全部一緒だからでしょ?」


 一向に噛み合わない会話に、僕はどうすれば言語の違いについて分かって貰えるのかと思考を巡らし、直ぐ近くの下駄箱に置いてあった回覧板に目を留める。


「これを見て!」


「・・・・・・何これ?」


「この文字が日本語だよ」


「へえ、そうなんだ。あっ! そう言えば、こんな感じのやつは施設で何度も見た事あるかも」


 そう言いながらアヤメが指差したのは、幾つかの漢字とアルファベットだった。

 つまり、アヤメがいた施設は漢字が使われれる外国、つまりアジアの何カ国かに絞られるわけか。

 そうなると、先程の靴の話しはその施設が特殊だった可能性が高く、リヴィアさんの世界はアメリカなどの感覚に近いと言うことなのだろう。


「因みに、アヤメは文字の読み書きは出来るの?」


「一応、シショーに教えてもらったシショーの世界の文字はある程度」


 そう答えながら、アヤメは空中に魔力の光で何かを描写する。

 しかし、それが文字だと言われても僕には一切理解出来ない未知の言語であった。

 だが、一切見た事の無い言語であると言うことは、少なくともリヴィアさんが僕らと同じ言語を扱っているわけでは無いことがはっきりと分かる。


「因みに、僕が最初にアヤメを見かけた公園で何かリヴィアさんと話してたよね? その時も、今と同じ言葉で話してた?」


「どうなんだろ? ボクとしては、何時も通り普通に話してただけなんだけどな」


(確かにあの時、アヤメは聞き慣れない言葉で独り言を呟いてたはず。それじゃあ、あの時と今で違う事と言えば・・・・・・)


 そう考えた所で、僕はその答えが一つしか無いことに気付く。

 そして、その考えを証明すべくアヤメに更なる質問を投げかけることにした。


「そう言えば、アヤメは施設にいる時にその施設の人達とは普通に会話出来たの?」


「勿論」


「それじゃあリヴィアさんは?」


「施設にいる時、さっきみたいにシショーと入れ替わった事が無いから判んない」


「じゃあさ、周りに施設の人がいる時にリヴィアさんと話したりした?」


「うん、何度か。でも、不思議と僕がシショーと話してる内容は誰も聞き取れないって言うんだよね。だから、ボクとシショーが会話してる間は周りに認識の阻害が発生するんだと思ってたけど、キョージは普通に会話を認識出来てるみたいで驚いたんだよね」


 その言葉に、僕の予想は確信に変わる。

 おそらく、アヤメは施設の人の『聞き取れない』と言う言葉を『認識出来ない』と言う意味で捉えているのだろう。

 しかし、本当にその人達が言いたかったのは『未知の言語が使用されているため話しの内容を聞き取る事が出来なかった』と言う意味だったに違いない。

 そうなると、この不思議な現象に対する答えは自ずと一つに絞られる。


「たぶん、僕らがこうやって普通に会話出来るのって、僕らが持つ神器にそう言った機能があるからなんじゃ無いかな?」


「え? ・・・・・・そうなの?」


 最後の問い掛けはおそらくリヴィアさんに向けたものだろう。

 証拠に、暫くの沈黙を置いてアヤメは「シショーも分かんないんだって」と答えを返してきた。


 おそらく、この疑問はもっと多くの人と接する中でしか答えを見つける事は出来ないのだろうが、今後は『原罪』の力を使い熟す事以外にも、神器についてももっと知っていく必要が有るのだと考えを新たにするのだった。

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