第5話 生き残るために

「キョージは、桜花暁斗って人知ってる?」


「お兄ちゃんを知ってるの!?」


 アヤメと名乗った少女が思わぬ名を口にしたことで、僕は思わず身を乗り出すほどの勢いで声を上げる。

 しかし、対するアヤメは少し微妙な表情を浮かべながら、「ううん、ボクは知らない」とあっさりした答えを返す。


「ええと・・・・・・どう言うこと?」


「う~ん・・・・・・簡単に説明すると、ボクの中にはもう一つの別の魂が有るんだけど、そのもう1人、ボクのシショーがその暁斗って人を知ってるみたい」


 いきなり言っている意味が分からなかった。

『もう一つの魂がある』、とはいったいどう言った状態なのだろう?

 まさか、多重人格のようなものなのだろうか?


「それって、二重人格ってこと?」


 考えても仕方ないので、僕は単純にアヤメに問い掛けることにする。

 するとアヤメは「違う違う」と笑いながら否定の言葉を口にし、暫くどう説明したものかと悩む素振りを見せた後に突然、「面倒だから直接シショーに説明してもらう」と告げた。


「ええと、それってどう言う――」


 僕がそう口にしたところで、その変化は突然始まった。

 突然彼女の体が眩い光に包まれたと思った瞬間、光の中の彼女のシルエットが今までの130後半程度の身長から一気に170中盤と言った大きさまで一気に膨れ上がる。

 そして、呆気にとられている僕の目の前でやがて光は終息すると、その中から先程とはまるで違う顔付きの大人の女性が現れた。


「始めまして、オレはリヴィア・エルロン。故あってアヤメの肉体に共存してるが、オレとアヤメは完全な別人だから響史の言ったような二重人格じゃ無いぞ。」


 リヴィアと名乗った女性は見た感じ20代中盤と風貌に、整った顔立ちに切れ長の目がクールな印象を与える大人の女性だった。

 そして、珍しい青い髪をポニーテールに纏めており、その瞳の色はアヤメと同じく金色をしていた。


(いったいどんな関係なんだろ? あんまり、と言うか全然顔付きが似てないから親子や姉妹、ってことは無さそうだしな・・・・・・)


 そんな事を考えていると、まるで僕の考えを察したようにリヴィアさんはアヤメとの関係を僕に語ってくれる。


「オレはアヤメの父親の師匠をしてたんだ。そして、アヤメの母親とも多少縁があってな。その影響で今はアヤメの保護者代理兼師匠として同じ体に厄介になってるわけだ」


 クールな印象とは裏腹に、リヴィアはサバサバ感じで話しを進めていく。

 その影響で一瞬スルーしそうになったが、聞き間違いで無ければ今『保護者代理』と聞こえた気がする。

 そうなると、アヤメの本当の保護者はどうなったのだろう?


「あの、保護者代理って言われましたが、アヤメのお父さんとお母さんは一緒にいないんですか?」


 デリケート問題だから聞いても良いものか迷ったが、疑問を残しておいて後で余計な事を言う方が良くないと判断し、僕は思い切って率直に疑問をぶつけてみることにする。

 最悪、ここで教えてくれないのであればこの話題を今後完全に避ければ良いだけなのだし。


「ああそうだ。父親のアレンの魂はこの世界に来た時にどっかに消えてしまったし、母親のアリアは何時覚めるとも分からない眠りについている。そして、オレ達はアレンとの約束で、アリアを『アーマゲドン』と呼ばれる人類を滅ぼす呪いから解放するために『原罪』と呼ばれる特殊な力を宿した者を探してるわけだ」


 しかし、リヴィアさんの予想外過ぎる答えに僕はどう反応して良いものかリアクションに困る。

『魂が何処かに消えた』、とはいったいどう言った状況なのだろうか?

 そもそも、『この世界に来た時』って言う意味がよく解らない。

 それに、『アーマゲドン』とか『原罪』とか完全になんの話しをしているのか理解出来ない。


「ええと・・・・・・出来ればもっと簡単に――」


「悪いな。オレが表に出ていられるのはそう長い時間じゃ無いんだ。だからその辺の詳しい説明は後でアヤメにさせるから勘弁してくれ」


 リヴィアさんは少し申し訳無さそうな表情を浮かべながらそう告げると、一度言葉を切ったところで表情を引き締め、再度言葉を繋げる。


「最初の問いであるオレと暁斗の関係についてきちんと説明しよう」


「そうだ! もしかして、ここに来る前にお兄ちゃんと会ったんですか!?」


 期待を込めてそう尋ねた僕に、リヴィアさんは静かに首を横に振る。


「ええと・・・・・・それじゃあ、前に何処かでお兄ちゃんと会ったことが有る、ってことですか?」


「まあ、確かにオレは過去に暁斗と会ってはいるんだが、おそらく今の響史では思いもよらない出会い方をしててな。時間が無いからざっくりとした説明になるが、全て真実だと受け止めて欲しい。」


 真剣な表情でそう語るリヴィアさんに、僕は首を縦に振ることしか出来なかった。

 正直、『全て真実』と言われても、そもそも今までの常識が全く通用しない目の前の人物が暁斗お兄ちゃんと知り合いである、と言うことがそもそも信じられない。


 そんな状態で語られたリヴィアさんと暁斗お兄ちゃんの過去の話は、想像を絶する程に信じ難い内容だった。


 神社で僕を逃がすために別れた暁斗お兄ちゃんは、その後にどう言う経緯か不明ながらもリヴィアさんがいた別の世界に飛ばされてしまったらしい。

 その世界では魔獣と呼ばれる凶暴な生物に溢れており、更には世界を滅ぼそうとする魔王クロノスにより人類は滅亡の危機を迎えていた。

 そして、そんな世界で暁斗お兄ちゃんは神器の力を駆使し、魔王の支配から世界を解放していき、やがては魔王を討ち滅ぼし見事世界を救うことに成功したらしい。

 だが、その戦いで魔王を操っていた黒幕、『アーマゲドン』と言う別の世界からやって来た人類を滅ぼす危険な呪いの力に蝕まれ、最後は世界を守るためにリヴィアさん達仲間の力を借りて自分の魂を4つに分け、自分の体ごとその『アーマゲドン』を封印したのだと言う。


「――と言うわけで、これが暁斗についてオレが語れる全てだ」


「・・・・・・・・・・・・」


 正直、とても信じられないような、まるで漫画かゲームの話しようにしか感じられなかったが、リヴィアさんが暁斗お兄ちゃんから聞いたという僕の話は、確かに暁斗お兄ちゃんで無ければ知らないはずの事が数多く有ったことから、この話が決して嘘では無いのだろうと嫌でも理解させられた。


「まあ、今の話しをいきなり全部信じろ、って方が無理な話だ。だから、頭の片隅にでも覚えておいてくれれば良い」


「・・・・・・分かり、ました」


 辛うじてそう答えたものの、どちらにせよ今の話しを信じるのならば再び生きて暁斗お兄ちゃんに会うことが出来ないのだという事実に、思わず瞳に浮かぶ涙を抑えられなかった。


「・・・・・・正直、今のお前にこう言う話しをするのは気が引けるが、時間が無いから単刀直入言おう。・・・・・・響史、暁斗のようにオレ達に力を貸してくれないか? オレ達には『アイギス』に、そして『憤怒』の力に選ばれたお前の協力が必要なんだ。そのために、オレ達はこの変質してしまったこの世界で響史が生き残るための力を付けられるよう、最大限のサポートを約束しよう」


 正直、暁斗お兄ちゃんでも勝てなかった『アーマゲドン』と言うやつに僕が勝てるのか、かなり不安が残ることは否定出来ない。

 それでも、『暁斗お兄ちゃんの仇を討ちたい』、『アヤメのお母さんを助けてあげたい』と言う気持ちも大きい。

 本来なら、この問い掛けにそう易々と答えが返せるような問題では無いのだろう。


 しかし――


「分かりました。僕で力になれるのなら、喜んで」


 真っ直ぐに僕はリヴィアさんを見つめながら、直ぐにそう答えを返した。


 正直、今の無力で無知な僕が1人でこの変質した世界に放り出されれば、1日と持たず命を落とす事になるだろう。

 だとすれば、この世界で生きる術を身に付けるために僕はリヴィアさん達に手を貸す以外の選択肢が無い。

 それに、もしこの場にいるのが僕で無く暁斗お兄ちゃんだったら、間違い無く困っている人を見捨てるようなことはしないはずだ。


「ああ、やっぱりお前は暁斗の弟なんだな。」


 僕の返事にリヴィアさんは嬉しそうにそう告げると、スッと僕に右手を差し出す。


「それじゃあ響史。これから仲間として、共に『アーマゲドン』を討つまで頑張ろうじゃないか!」


「はい! これからよろしくお願いします!」


 そう答えると、僕は差し出された右手を僕の右手で力強く握り返したのだった。

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