第4話 アヤメ

「少し待ってて。ボクが直ぐにこいつらを片付けるから」


 ボクはそれだけ告げると、直ぐさまもう1匹の飛龍ワイバーンと距離を詰める。

 そして、その移動の速度を落とさないまま、そいつの顎を勢いよく蹴り上げる。


「ギャッ!?」


 鋭い悲鳴を上げ、顎を蹴り上げられた飛龍はその口から唾液と血液をまき散らし、遙か上空まで浮かび上がる。

 だが、この程度のダメージでは頑丈な竜種は死にはしないだろう。

 それこそ、最初に蹴り飛ばした個体もかなりのダメージを受けてはいるが、死んではいないはずだ。

 だから――


「よっ!」


 軽い掛け声と共に、ボクは地面を蹴ると今当にボクが蹴り上げた飛龍よりも高く跳躍する。


「ハッ!」


 そして、重力により落下を始めようとする体の勢いと合わせ、その首に再度強烈な踵落としをお見舞いしてやる。

 すると、その首はボキリと派手な音を立てて折れ、間違い無くその命を刈り取ることに成功しただろう。


「さて、次!」


 未だ空中にいることもお構いなしにボクはそう呟くと、直ぐさま自分と一緒に落下を行う飛龍の体を足場に、更にもう1匹の飛龍目掛けて跳躍する。

 そして、そのままの勢いで突っ込みながらも右足に魔力を集めると、魔力を薄く固めた刃を作り出し、その首を体から両断する。

 しかし、そこで計算外が起こる。


「げっ!」


 両断された飛龍の首から、勢いよく赤緑色の血液が噴き出したのだ。


「わっ! とと」


 咄嗟に服が汚れるの嫌ったボクは、返り血が飛んでこないように勢いよく後方へと距離を取る。

 だが、その一瞬の隙を突いて残りの3匹(最初に蹴り飛ばした1匹は未だ気を失っている)が木々の合間を抜け、上空へと飛翔を開始する。


「あちゃ~、飛ばれると厄介だな」


『お前が汚れるのを嫌って不要な隙を作るからだろ!』


 面倒臭いという感情を隠しもせず呟くボクに、何やら師匠の小言が飛んでくるが無視する。


「まあ、そっちがその気なら――」


『おい! まさかまた『色欲アスモデウス』を解放する気じゃ無いよな!? 前回、お前がそれを制御出来なかったせいで――』


「あー、ハイハイ分かってるよ! 大丈夫、前回のようなヘマはしないから」


 自信満々にそう告げたボクに、師匠は何やら怒鳴り続けているがボクはその言葉を無視する。

 前回のアレは、いきなり全ての力を解放しようとしたから暴走を起こす結果になってしまった。

 それならば、今回は全部の力を解放するのでは無く、部分的に力を解放してやればなんの問題も無い。――はずである。


「術式展開。我が名において『色欲』の力をここに解き放つ。我が『色欲』に溺れる72の眷属よ、来たれ《アスモデウス》!」


 そう告げた瞬間、ボクの背に漆黒の翼が姿を現す。

 そして、本来ならここで72の悪魔がその姿を現すはずなのだが、今は飛び上がった3匹の飛龍を処分するだけで良いので、呼び出す数は2体で制限しておく。

 と言っても、ボクの《アスモデウス》は『72の悪魔を呼び出し、使役する術式』と言う概念であるからか、数を減らしたところで上手く力のコントロールが出来ていない今の僕では、その減った数で『72体を使役している』状況と辻褄を合わせるために1体辺りの強さが上がるらしい。

 そうなると、2体を制御するのも72体を制御するのも難易度は変わらないわけで――


『この暴走娘が! なんでわざわざ固有術式を展開した! ~~~っ、ああ、もういい! 前回みたいに暴走を始める前にさっさと終わらせろ!』


「・・・・・・ごめん、師匠。もう遅い」


 刹那、制御を失った2体の内1体。

 その悪魔が腕を振った瞬間、その3匹の飛龍どころか目の前に立ち並ぶ木々が前方1km程の規模で一瞬にして姿を消す。


『バカ娘が! ボケッとしてないでさっさと術式を解け!!』


 その師匠の言葉でボクは我に返ると、瞬時に《アスモデウス》を解除する。

 すると、ボクの背に生えた漆黒の羽は勿論、呼び出した2体の悪魔についても黒い靄となってその姿を消す。


『だから言っただろ! 大体お前は何時も何時も――』


「あーあーあー、今は説教はパス! ほら、早くしないともう1匹に逃げられちゃう」


『あっ! おい、ちゃんと話しを――』


「だから後で、ね!」


 そう言いながらボクは無理矢理シショーの説教から逃れると、漸く意識を取り戻し逃げだそうとしている最後の飛龍に飛びかかる。

 そして、そいつが飛び立つ前にとどめの一撃をお見舞いしてやろうとした瞬間、最後の悪足掻きなのかその飛龍はボクに向かって勢いよく火球を吐き出した。


「でも、残念!」


 そう呟いた時、火球はボクの遙か後方へと向けて放たれており、ボクは自身の間合いまでその距離を詰め寄っていた。

 だがそれは、別に敵の攻撃に合わせてスピードを上げたととかで無く、飛龍は純粋に火球を放った瞬間までボクが近くにいることを認識していなかったのだ。

 何故なら、ボクは駆け出した瞬間に飛龍に対して幻影魔術を発動し、ボクの位置情報を誤認させていたからだ。


「これで、終り!」


 その言葉と共に、ボクは右足に魔力を纏わせ、渾身の力で回し蹴りを放つ。

 そして、その一撃が飛龍へと接触する瞬間、体重移動と魔力制御を駆使し、その体内をズタズタに引き裂くように体へ振動を伝達させた。


「ギョ!??」


 そして、その一撃を受けた飛龍は間抜けな断末魔と共にその体の穴という穴から血液を吹き出すと、ドサリとそのまま地面に倒れ込んだ。


「まっ、ざっとこんなもんかな。」


『こんなもんかな、じゃ無い! お前は何度言ったら分かるんだ! いい加減少しはオレの話しをまともに聞いたらどうだ?』


 一仕事終えた感傷に浸る間もなく、説教を続けるシショーにうんざりした表情を浮かべながらも、ボクは改めて先程出会った少年の存在を思い出し、先程彼がいた方向へと視線を向ける。

 するとそこには、突然の事態に呆気にとられた表情を浮かべ、ボクに視線を向ける少年の姿があった。


 黒い髪に琥珀色の目。

 座り込んでいるため詳しい身長は分からないが、ボクよりも10cm近くは高そうな感じから140中盤辺りの身長と言ったところか。

 年齢はボクとさほど変わらなそうな感じなので、同じ11かその前後と言ったところなのだが、普段から体を鍛えているのか年齢の割には筋力が付いているように見受けられた。


(それにこの感じ・・・・・・間違い無く魔力を持ってる)


 この世界には、ボクが閉じ込められていた施設の関係者以外に魔力を持った人物はいないと教えられている。

 現に、ボクが施設から逃げ出して今まで出会った人物の中に魔力を持っている人は1人もいなかった。

 それに、彼には確かこの町に辿り着いた直後に一度合った覚えがあるが、その時には間違い無く魔力など持っていなかったはずだ。


(シショーが妙にこの子に感心を示したから覚えてるんだよね。だから、ほんの数時間前までは魔力を持っていなかった事は確実。と言う事は――)


 そこまで確信したところで、ボクは再度相手を怖がらせないように笑みを浮かべながら彼へと近付き、優しく声を掛ける。


「やあ、これであったのは2回目かな? ボクの名前はアヤメ。君は?」


「え? ・・・・・・僕は、響史。・・・・・・桜花響史、だよ」


 不安げな表情を浮かべながら目の前の少年、キョージが名乗った瞬間、何故か師匠が『桜花!?』と反応を示したが、ボクはそれをスルーしながら必要な事をさっさと問い掛けるために話しを進めることにする。


「そうか、キョージね。ボクのことは気軽にアヤメ、と呼び捨てにしてもらって構わないから」


「え? ああ、うん。わかった」


「ところで、単刀直入に聞くけどキョージは神器を持ってるよね?」


 その問いに、キョージは答えを返しはしなかったものの、その『何故それを』と言わんばかりの表情からその指摘が図星であることが見て取れた。


「因みに、なんの神器を持ってるの?」


 ボクは今、シショーの命令で5つの神器を探している。

 その神器は世界中の何処に散らばっているのか分からず、ある程度の距離にある神器の気配をシショーが探れると言っても神器はその目当ての5つ以外にも存在するせいで、全てを見つけるまでにどれだけの時間が必要か皆目見当も付かない。


(正直、一度も顔を見たことが無いママを救うため、と言われても、あんまりやる気が出ないんだよな。だから、出来るだけ早めに全部見つけて自由になりたいんだけどな)


 そんな事を考えていると、少し迷うような表情を浮かべながらもキョージは口を開く。


「僕が手に入れた神器は、『アイギス』って名前の盾、です」


 その答えに、ボクはシショーの反応を待つように暫く口を噤む。

 すると、数秒の間を置いた後にシショーはゆっくりと言葉を発する。


『間違い無い。『アイギス』は『憤怒』の力が眠る探してた内の一つだ』


 その答えに、ボクは満足げに笑みを浮かべ、これからボクと共にキョージにも戦ってもらうべく口を開こうとしたところで、再びシショーが口を開く。


『なあ、その少年にもう一つ聞いてもらっても良いか?』


「え? まあ、良いけど」


 シショーに答えを返したボクに、キョージは戸惑いの表情を浮かべながら「え? なに?」と不安そうな声を上げる。


「ああ、ごめんごめん。今のはキョージに言った言葉じゃ無いから。それでシショー、ボクはキョージに何を聞けば良いの?」


 相変わらず目の前ではキョージがボクに疑問の視線を投げかけてくるが、ボクはそれを無視してシショーの言葉に耳を傾ける。


「分かった。それを聞けば良いんだね」


 そうして、シショーの言葉を聞き終えたところでそう返事を返すと、なおも困惑の表情を浮かべるキョージに真っ直ぐな視線を向けながら、再度問い掛けの言葉を口にするのだった。

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