第3話 活路

 その名を告げた瞬間、僕と飛びかかる飛龍ワイバーンを遮るように半透明の盾が出現する。

 そして、その盾に勢いよくぶつかった飛龍は甲高い鳴き声を上げながらヨロヨロと数歩後退りながら、僕から距離を取る。

 更に幸いな事に、仲間が思わぬダメージを受けたことで、残りの2匹も警戒しながら僕との距離を取るよう、後退ったのだ。


(やった! これなら行ける!)


 僕の体の中には不思議と力が満ちていた。

 今の僕なら、大人と喧嘩をしたところで負けないという絶対の自信が有った。


 だが、それだけの力が有ったとしても、目の前の異形も化物に素手で勝てるのか、と問われれば微妙なところだが。

 身体能力も大人以上のものへと変わっていると言っても、それでもあくまで『一般的な大人よりは上』と言った程度で、この飛龍を素手で倒すどころか、飛んでくる相手に走って逃げ切るのも難しい状態である事は間違い無いだろう。


(何か、武器になるような物は・・・・・・)


 そう考えながら、飛龍から完全に視線を逸らさないように注意しながら辺りに視線を巡らせるが、残念ながら武器として使えそうな、それこそ手頃な木の棒一つ周りには落ちていなかった。


(ううん。小枝とかは落ちてるけど、これじゃ武器にならないしな・・・・・・)


 武器を見つける作戦を諦めた後、僕は改め僕に突然宿ったこの力について思考を巡らせる。


 不思議な事に、何故か僕の頭の中にはこの盾についての様々な情報が記憶されていた。

 この盾の名は『アイギス』。

 神器と呼ばれる武具だ。

 そしてその能力は、『任意の空間に魔力編んだ盾を出現させ、物理的及び魔力的な攻撃から対象者を守る』と言う物だ。

 更に、自身が受けたダメージと同等のダメージを相手に返す『リフレクト』、魔力を全て解放することで僕の瞳を石化の魔眼に変容させる『ゴルゴンの瞳』と言う能力も備わっているようだが、今の僕にはどちらも使い熟せないだろうと言う事もはっきりと分かる。


(やっぱり、さっきの赤毛のおじさんが言っていたように、助けが来るまでこの力でなんとか凌ぐしか無いかな)


 そう考えたものの、この作戦にも大きく二つの問題点が有る。


 一つは、そもそも助けが来る確証が無い、と言う事。

 突如として姿を現したあの赤毛の男が何者で有るか判らない以上、その言葉が100%正しいと確証を持って言い切ることは出来ない。

 確かに、彼の言葉で僕はこの『アイギス』の力が僕の中にある事に気付けた。

 それでも、彼の目的が解らない事には何処まで信じて良いものか判断が出来ない。


 そうしてもう一つは、この力が決して無限に使い続ける事が出来るものでは無いと言うことだ。

 簡単に言ってしまえば、この力はゲームなどで良く見る『呪文』や『スキル』に近いものだ。

 この力に目覚めた瞬間に、僕の中に『魔力』と言う不思議な力が宿ったことを理解したのだが、これがゲームとかで言う『MP』とか『スキルポイント』に近いもので有り、これを使うことで僕はこの『アイギス』を使用出来ている。

 そして先程飛龍の突進を防いだ時、この魔力が大幅に減る感覚を覚えた事から、この盾で敵の攻撃を防げば防ぐほど僕の魔力は消費され、0になればこの『アイギス』を維持することも出来なくなるのだろう。


(それでも、後10回以上は攻撃を防げるはず!)


 そう判断を下しながら、僕はいつ飛龍に飛びかかられても対処出来るよう、常に相手の動きに気を張っていた。


 しかし、それが災いした。


「グオオォォォォォォォォォォォ!!」


 突然背後から鳴り響いた雄叫びに、咄嗟に僕は声の方向へと視線を向ける。

 すると、木々の合間を縫って頭上から今当に爪を振り下ろすもう1匹の新たな飛龍の姿がそこにはあった。


「ツッ!?」


 そして、碌に喧嘩すらしてこなかったような僕が瞬時にその状況に対応出来るはずも無く、不測の事態に思わず体を硬直させ、目を閉じようとしてしまう。


 しかし――


「ギャアアァァァァァァァァ!?」


 突如として僕を守るように現れた半透明の盾に阻まれ、そこに勢いよくぶつかった飛龍は叫び声を上げると、フラフラと後退りながら地面に着地し、警戒した視線を向けながらも僕との一定の間隔を取ったのだった。


(助かった? でも・・・・・・)


 自動防御の力が有ったのは予想外、と言うよりも僕に流れ込んできた『アイギス』の性質を僕が完全には把握し切れていなかっただけなのだが、それでもなんとか九死に一生を得る事が出来た。

 だが利点ばかりでも無い。


(敵の数が増えたうえに囲まれた! それに、さっきの一撃が不意打ちを防いだせいか、僕の意思とは関係無く自動で『アイギス』が動いた影響か、予想以上に魔力の消費が激しい! ・・・・・・このままじゃ、持って後数回か)


 焦りと不安から、僕の背にスッと冷たい汗が伝うような嫌な感覚を覚える。

 果たしてこのまま、助けが来るまでに僕は耐えきる事が出来るのだろうか?

 そもそも、本当に助けなど来るのだろうか?


(今はそんな事を考えている余裕は無い! どうにかして、この危機を乗り切らないと・・・・・・)


 そんな事を考えていると、4匹の内僕の右斜め前に陣取っていた1匹が僕へ向かって口から小さな火球を吐き出す。

 それを咄嗟に僕は『アイギス』で防ぐが、予想外の攻撃に僕の心は激しく動揺していた。


(こんな攻撃も出来るのか!? そうなると、いよいよ何時までこの状況が持つか分かんないぞ!)


 内心舌打ちをしながら、僕は次に左の1匹が放つ火球を今度は『アイギス』で防ぐので無く、わざと後ろで待ち構えている飛龍の方向へ下がる事で躱す。

 すると案の定、わざわざ近くに来た獲物を捕えようと後方の飛龍が動くが、事前にそれを予想していた僕はそいつの動きを『アイギス』の壁で阻害し、怯んでいる隙を突いて包囲から脱する。

 そして、未だ視線を逸らさないまま眼前に4匹の飛龍を見据え、再び睨合いの状態まで持っていくことに成功する。


(よし、このまま数が増えなければ――)


 そうして僕の心に微かな油断が生まれた直後だった。


 突然『アイギス』が頭上に展開したと認識した瞬間、僕に降り注ぐはずだった火球が半透明の盾に阻まれて霧散する。

 そして、その攻撃を受け止めた事で僕の魔力は底を突いたらしく、まるでガラスが砕けるような甲高い音を響かせ、『アイギス』が砕け散ってしまった。


「ツッ!?」


 更に、魔力が尽きた影響か体に溢れていた力が抜け、僕は思わず膝を突きそうになるのをなんとか堪え、持てる大量を総動員しながら思いっ切り後方へと飛ぶ。


 刹那、今まで僕が立っていた場所に新たに2匹の飛龍が鋭い爪を剥き出しに降下してきたのだった。


(この状況で更に増えた!? これじゃあ――)


 既に僕には『アイギス』を再度発動するだけの魔力は無い。

 再び『アイギス』を呼び出すには、2~3時間は休憩を挟んで魔力を回復させる必要が有るだろう。

 それに、魔力が尽きたと言う事は先程まで感じていた体の奥から溢れる力も潰えたと言う事で有り、先程までの疲労も重なり今の僕では敵から逃げ切るどころか、立っていることすら厳しい状況だ。


(ダメだ、やられる!)


 恐怖と絶望から思わず目に涙が浮かぶのを止められない。

 そして、6匹に増えた飛龍の内半数が再び僕に飛びかからんと身を屈め――


「おお! シショーに言ったとおり、本当に誰かいた!」


 突然聞こえた少女の声と同時に、目の前を黒い影過ぎったかと思えば、僕に直ぐ近くにいた飛龍の1匹がまるで冗談のように吹き飛ばされ、遙か後方に生える木へと叩き付けられて動かなくなった。


「いったい、何が?」


 困惑の表情を浮かべ、掠れる声で呟いた僕の視線の先には、先程公園で見かけた黒髪の少女が立っていた。

 そしてその少女はこちらを振り返り、その金色の眼で僕を見つめた後、笑みを浮かべながら口を開く。


「少し待ってて。ボクが直ぐにこいつらを片付けるから」


 そう自信満々に少女は告げると、腰まで伸びたツインテール髪を風に靡かせながら飛龍の群れへと向かって行くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る