第2話 『アイギス』
僕は、暁斗お兄ちゃんに手を引かれながら必死で走る。
さっきまで遠くに見えていたはずの小さな黒い点は、どうやら2mを超える大きさの
「ねえ、お兄ちゃん!いったい何処に逃げるの!」
「分からない!でも、少なくともこんな開けた場所じゃ直ぐに狙われる!だったら、せめて木々が生い茂ってあいつらが自由に飛び回れない森の中にでも逃げないと!」
「それじゃあ、警察署とか消防署でも良いんじゃ無い!」
「あの
そう答えながら、暁斗お兄ちゃんは僕らの遙か後方に見えるそいつに向かって鋭い視線を向けた。
それは、最初に見えた一際大きな影の主だった。
その大きさはどれ程のものかははっきりと分からない。
分かるのは、20km近く離れている隣町に降り立ったそいつの姿がここらでもはっきり見えるほど大きいと言う事だけだ。
そしてそいつは時々その口から小さな太陽のような火球を吐き出し、その度に巨大な火柱が天高く伸びていた。
「あ、あんなのがこっちに来たら、誰も助からないよ!」
「かもね!だけど今は、少しでも可能性に賭けて賭けて逃げるしか無いだろ!」
まるで、怪獣映画の中に迷い込んだような、そんな現実感の一切湧かない状態だったが、感じる恐怖や聞こえる悲鳴からこれが決して夢では無いのだと思い知らされる。
それに、決してこれはゲームのように負ければコンテニュー出来るような生易しいものでは無く、襲い来る
「見えた!あの神社の裏に、山の中に通じる林道があったはずだ!」
暁斗お兄ちゃんに、僕は目の前の神社へと視線を向けるが、その光景を目にしたところで思わず足を止めそうになる。
神社の近くには住宅地が広がっているのだが、突然に事態に状況を把握しようとそこに住んでいる住人が家の外に一斉に出てきたのだろう。
そんな人間が多く集まるところに、餌を求めたの何匹かの
つまり、今神社の周りには無数の赤い水たまりが出来ており、あちこちに元は人間の一部であったと思われるような肉片が散らばっていた。
「足を止めるな!ここで止まればボク達もああなるぞ!」
一瞬、強烈な吐き気を催した僕は足を止めそうになるが、暁斗お兄ちゃんの言葉に歯を食いしばりながらも走り続ける。
そして走り続けて神社の鳥居を潜り、境内に続く階段を上りきり、神社の裏手にある道を目指そうて走り出したところで突然暁斗お兄ちゃんが僕の手を離し立ち止まる。
「お兄ちゃん!?」
咄嗟に僕は問い掛けるが、いったい暁斗お兄ちゃんがどうして立ち止まったのか、その理由は直ぐに判明する。
目の前に、何かを貪っていた血だらけの顔をこちらに向ける1匹の
「・・・響史。ここはボクが引きつける。先に行け。」
そう言いながら暁斗お兄ちゃんは、おそらく目の前の
「でも!」
「いいから早く!!」
暁斗お兄ちゃんはそう叫んだ瞬間、叫び声を上げながら飛龍へと向かって行く。
そして僕は、そんな暁斗お兄ちゃんから無理矢理視線を外すと無場夢中で走り出していた。
それからどれぐらいの時間を走っていたのだろうか。
気付けば辺りは薄暗い闇に包まれようとしていた。
正直、碌に山の中を歩いたことなど無い僕は何度も何度も足場の悪い地面に足を取られ、気付けばあちこち切り傷や打撲でボロボロの泥だらけになっていた。
途中、何度か僕と同じように森の中に逃げて来たと思わしき人たちとすれ違ったような気がするが、足を止めれば暁斗お兄ちゃんを見捨てて1人で逃げ出した僕の情け無さに押しつぶされそうだったため、体力が尽きるまで只管走り続けた。
その影響か、既に僕は今自分が何処にいるのかも全く分からず、今僕がいったい何処を目指しているのかも皆目見当が付かなかった。
そうしながら走り続け、再び張り出した木の根に足を取られて転んだところで僕は漸く足を止める。
そうして、歩みを止めたことで僕の心には後悔と悔しさが溢れ、気付けば瞳からは次から次に涙が溢れ出ていた。
どれだけの時間、そこで泣いていたのだろうか。
気付けばすっかり日は沈み、空には月が浮かんでいた。
もう走る体力の残されていない僕は、ただその場に仰向けに横たわり、頭上に広がる星空を呆然と眺めていた。
(おなか減ったな。それに喉も渇いた。・・・僕、どうなっちゃうのかな?このまま、
そんな思考が止めどなく溢れ、気付けば再び涙がこぼれ落ちていることに気付く。
しかし、もはや気力も体力も限界に達していた僕に、その涙を止める術は思い付かなかった。
そうしていると、不意に何処からか物音が響いてくることに気付く。
幸い、ここら辺にいる野生動物は狸などの小動物やイノシシ、シカなどで、熊のような大型の動物は生息していない。
それでも、大した力を持たないただの小学生である僕に取っては、どんな動物であろうと十分な脅威になり得るのだが。
(一番怖いのはイノシシかな。牙があるし、噛まれたら大変だってお父さんが言ってた気がする。それに、もしかしたら――)
そんな最悪の予想とは、不思議と良く当たるもので、僕の目の前に現れたのは3匹の
それぞれ、羽を畳んだ状態で二本の後ろ足で歩いており、その内2匹口には小動物の死骸と思われるものを咥えていた。
「どう、して・・・・・・・・・。」
掠れる声を漏らしながら、僕はゆっくりと後退りながらもその3匹から視線を逸らさない。
そして、その3匹、特に何も咥えていない1匹が先程から鋭い視線を僕に向けており、ここで目を逸らせば瞬時に襲いかかって来るつもりなのだと言う事を僕は本能的に悟っていた。
(ダメだ!このままじゃ、捕まる!)
焦る心とは裏腹に、疲労が溜まっている僕の体は思うように動いてくれない。
そうして、僕が一歩下がれば
そのような緊張の時間が暫く続き、焦りのせいか上手く足を動かせなくなっていた僕は、小さな段差に足を取られて尻餅をつく。
瞬間、今までゆっくりと間合いを詰めていた
「う!?わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
咄嗟に悲鳴を上げながらも、僕は心の中で只管助けを呼び続けた。
誰でも良いからこの窮地を救って欲しい。
有り得ないとは分かっていても、お父さんやお母さん、それに暁斗お兄ちゃんがここに現れて僕を助けてくれる都合の良い未来が訪れることを願わずにはいられなかった。
だけど現実は、そんな都合良くは出来ていない。
まるでスローモーションにでもなったかのようにゆっくりと進む現実の中、僕を救ってくれる都合の良いヒーローが現れる気配など皆無だった。
(せめて、せめて僕にもっと力があれば!)
そう悔しさを噛み締めながら、恐怖から思わず瞳を閉じようとしたところで僕は異変に気付く。
「あ、あれ?」
何故か瞼が動かない。
それどころか体もピクリとも動かず、気付けば景色は色を失い、あらゆるものの動きが停止していた。
「いったい、何が?」
不思議と動く口でそう呟いた瞬間、僕の目の前に突然光が生まれ、やがてその光は赤毛の男の人に姿を変える。
そしてその男の人は、金色の両目を僕に真っ直ぐ向けながら、優しい笑顔を浮かべて語りかけて来た。
『やあ、君が暁斗さんの弟、響史君だね。』
「お兄ちゃんを知ってるの!?」
思いがけない言葉に、僕が慌てて声を上げると、その男の人は優しい笑みを浮かべたまま更に僕に語り掛けてくる。
『ああ、勿論。だけど残念ながら詳しく説明をしているだけの時間は無いんだ。だから、今は黙って僕の話を聞いて欲しい。』
「・・・分かった。」
僕の返事に嬉しそうに笑顔を浮かべた後、赤毛の男は僕に再度語り掛ける。
『君の中にはこの窮地を脱する力がある。そして、その力で少しだけ時間を稼げれば、きっと師匠が君の存在に気付いてあの子と助けに来てくれるはずだから。さあ、しっかりと自分の心に中に問い掛けてごらん?きっと、その名を君は直ぐに理解出来るはずだよ。』
その言葉に、不思議と僕の体の底から力が湧き出るような不思議な感覚を覚える。
それと同時に、僕の脳裏に一つの名前が思い浮かぶ。
「あの・・・おじさんはいったい――」
そう問いかけようとしたした瞬間、突然目の前の男の人の姿がぶれる。
そして、気付けば世界に色が戻り、止まっていた時間が急に動き出したのだ。
「ツッ!!?」
瞬間、現実に引き戻された僕は叫んでいた。
「あらゆる外敵から我が身を守れ!来い、『アイギス』!」
その神器の名を。
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