エピローグ

 北新山市中央大通り商店街はクリスマスと歳末大売り出しで随分賑わっていた。


 商店街のアーケードにはサンタやトナカイなどの電飾が飾られ、中央広場には大きなクリスマスツリーが設置されている。

 チキンやケーキのお店は大わらわ。魚定うおさだのシゲさんも便乗してマグロのから揚げを店頭にどかんと山積みにしている。禿げ頭にサンタ帽が目立っていた。


 曜日周りで今年は平日のクリスマスイブ。

 透はプレゼントを片手に会社から帰宅途中だ。


 もっと早く渡すつもりだったが、その大きさゆえ結構時間が掛かってしまった。

 クリスマスプレゼントになってしまったのは偶然だ。が、今日になったものは仕方がない。


 自宅のロフトハウスの近所まで来ると、小さく声が聞こえる。防音処理を施した家なのに、それでも声が漏れてくるということは。


 あいつらまた来てるな!


 ドアを開けるや否や、轟音のように鳴り響く声、声、声。


「君らもっと静かにしろー!」


 透の声はかき消されて聞こえない。


「あっ、透さんお帰りなさい! 皆さん、声のトーンが大きすぎます! 小さく!」

「お邪魔してまーす!」

「うーっすっ」

「透おかえり!」

「よお! メリークリスマス! 透!」


 家の中にいたのは……。


 吸血鬼族の女性、ミラーカ。欧州にあるハウスからやって来た。色白、赤目の妖艶な美女。クリスマスパーティーにふさわしい真っ赤なロングドレスのスリットから見事な脚線美がはみ出ている。セクシーヴァンパイアだ。


 竜人族の女性、クレッゾディーガ。南米のハウスから来た。マイよりもちょっと小さく、マイよりは筋肉量が少ない赤い肌の女性。真冬だというのにレザーのタンクトップに短パンというスタイル。こっちはクリスマスというよりハロウィンのコスプレのようだ。野性味あふれる美女。


 兎人族の女性、ミンミピッピ。長いうさ耳がトレードマーク。キュートで幼く見えるが、実はマイより二つ上。アジア中部のハウスから来た。もこもこのフードマントに同じくもこもこのついたミニスカート。サンタガールのコスプレである。


 人魚族の女性、シンソエール。水の中では下半身が魚化するが、今は普通に二本足だ。薄青い肌の美女。アフリカ南部のハウスから来た。濃いブルーのロングドレスで、ミラーカとためを張るセクシーなマーメイドだ。


 実は、北新山市中央大通り一帯を日本政府が異邦人開放特区に定めたのだ。


 マイのおかげで異邦人の存在を世間に隠しておく意味がほとんどなくなったので、実験的に異世界との規模交流を進めることになった。

 すでに有名人であるマイの住むこの場所を『特移対』が日本に働きかけ特区として開放させたのだ。


 そのため世界各地から異邦人が集まるようになって既に数か月。


「なんで毎回うちに来るんだよ! 君ら! ちゃんとコミュニティセンターがあるだろ!」


 『特移対』が商店街のはずれに用意した専用の交流施設である。


「だって、ここの方が落ち着くもん」

「マイだって昼間一人で寂しがってるよ」

「そうそう、多種族交流って本来こういうことよね。ホームステイ、みたいな?」

「いえー! 人類みな親戚!」


 こいつら、毎回毎回そう言ってはバカ騒ぎして、ただ飯食らうだけ食らって、片付けもせずにさっさと帰っていくんだ。

 はっきり言って、邪魔! 迷惑!

 ガツンと言ってやらないといかんな! そろそろ!


「透さん」

「え? 何?」

「透さんは、私たち異邦人に普通に接してくれますよね」

「うん。当り前じゃないか。マイちゃんはマイちゃんだし。こいつらは…こいつらだ。迷惑ばっか掛けるけど。それが何か?」

「だからですよ。ここに来たがるのは」

「え?」

「やっぱり、ほかの人にとっては、私たちは人間とは違うんです。怯えや好奇心。興味本位。はっきりとそんな行動を露骨にする人はさすがにいませんが、感じます。人間ではないもの。怪物を見る目」

「え、そんな。そんな偏見をなくすための特区だろ?」

「いつかはなくなるのかもしれません。なくなってほしいと思います。いつか、本当に様々な種族がごく普通に、当たり前に一緒に暮らせる世界。それは素晴らしいと思います」

「今はそうじゃないっていうのか」

「残念ながら。だって、透さんたち人間族どうしだって、国や宗教や文化で対立し、理解しあえていないじゃないですか。ましてや異世界から来たわたしたちをすんなり受け入れられる段階には、まだまだありません」


 知らなかった。あんなに商店街の人々に馴染んでいるマイでさえ、そんな疎外感を感じていたとは。


「だからですよ。貴重なんです。異邦人も人間も全く同じに扱う人が」

「それ、僕のこと?」

「「「「「はい!」」」」」


 ミラーカが嫣然と見つめ、クレッゾディーガがにやりとし、ミンミピッピがうさ耳をピコピコさせ、シンソエールがにっこりとした。


 マイが透の頬を両手で包む。


「だから、大事なんです。大好きです、透さん」

「おいおいストレートにのろけたよ、恐ろしい娘!」

「うおっ! いきなりどピンク空間!」

「ああっ、だめだ! 目の前がハートで埋め尽くされる!」

「暑い暑い! あー暑い!」

「君らうるさいよ!」

「さて、透さんも入れてパーティー再開しましょう!」

「「「「おー!」」」」


 ケーキに、チキンに、スパークリングに。

 マイが用意していた食事が、どんどん消えていく。


 ああ、またお金が……と思う透であった。実際はマイの宝石がまだまだ、一気に出すと市場価格が暴落するのでひとつずつしか換金していないが、まあそのくらい残っているので、お金の心配は無用なのだが、一家の大黒柱を自認する透としては自分の給料で生活するのが当然であった。


 すでに家賃を賄っているのは華麗にスルー。


「プレゼント交換ターイム!」


 なぜか仕切るのはうさ耳ミンミピッピである。


「僕君らのは用意してないよ!」

「かまへんかまへん。気持ちだけで十分や。体ではろてもろてもいいけどな」

「今すぐ頭と胴をバイバイさせますよ……」


 なぜか関西弁で総意のように答えるシンソエール。見た目神秘的な美女なだけに残念度が高い。

 そしてマイの本気が怖い。


 プレゼントがどくろのペンダントだの羽飾りのついたナイフだのお餅だのほら貝の笛だの微妙なものばかりなのは、異文化交流なのでまあよしとする。

 マイが普通に色違いのブローチを渡していたのを見て、最初の凶悪なビキニアーマーを思い出し、

日本文化が随分身に着いたよなと安心する透であった。そして透にはおしゃれな柄のマフラーをプレゼントした。


「手編みだね」

「はい! 頑張りました! 小さいので!」


 会社に行ってる間にひそかに編んでいたのだろう。マイが大きな手で人間サイズのマフラーを編む姿を想像し透はほっこりした。


「さーて、最後のプレゼンターは透! フォー、マイ! どかどかどかどか」

「え、ここで渡すの?」

「ここで渡さずどこで渡す! さあ、どーんといってみよー! どかどかどかどか」


 どかどかどかどかはドラムの声まねのようだ。ミンミピッピは音痴なのかも知れない。


「では、これを。遅くなったけど。それに本当はクリスマスプレゼントじゃない。今日出来上がっただけなんだ」


 小さなケースを取り出す。


「開けてみて」

「はい。あっ……」


 ビロードが張られたケースの中にあったのは、ブレスレッドにしては少し小さいリング。

 しかしそれは、マイの左手の薬指にぴったりのサイズで。


「婚約のあかしだよ。僕ものある」


 そういって、もう一つ小さなケースを取り出す。


「ありがとう、透さん……」


 お互いの指にリングをはめる。煌めくリングに、刻印が輝く。マイのは T to M。透のには M to T。


「うっわー、またもや温度一気に上がったし」

「ここで私らが見てるの、もう意識の外みたいねえ」

「どピンク空間がうらやましい……」

「わてらも気張らんとあきまへんな! 負けとれまへんで!」

「あっ、雪……」


 ロフトハウスの天窓越しに、ちらつきはじめた雪が見えた。

 思わず、全員が見上げる。


 メリー・クリスマス。


 ハッピー・クリスマス。


 そして世はこともなし。

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